episode 28
「奈央、しっかりしろ。聞こえるか?」
遠くに聞こえる。でも全然手足に力が入らない。
そのまま深い闇に引きずりこまれた。
「ごめん、奈央連れて来なきゃ良かったな。
ちょっと看護婦呼んで来るから。」
「頼むよ。」
真っ青な奈央の顔を見ていた。
息もしてるし、呼吸もしてる。貧血だろうけど。
「おい圭司、なんだそりゃ、
奈央じゃないか、どうした。
おい、奈央。しっかりしろ、聞こえないのか?」
怪我の手当てを終えた文也が、慌てて奈央ね頬をさする。
「貧血だろうけど。
今、孝也が看護婦呼びに、来たな。」
「何したんだよ。」
「怪我した経緯話してたら倒れた。」
文也は眉に皺を寄せて、怪訝そうな顔をした。
「一体なんて話をしたら倒れるんだ?」
「いや普通に話したし、
別に過激な話はなかったよな?文也兄さん」
「お前、普段職場で過酷な労働させてないだろうな?」
看護師が来て、あらあらと言う顔をして言った。
「あ、こっちに横になれるところあるから、誰か
運んで行けますか?」
「ああ、大丈夫です。運びます。」
そう言って圭司が抱きかかえた時に、気がついた。
「おい、返事できるか?」
「うん・・・、ごめん。重いのに。」
看護士が心配そうに問いかける。
「どうする?診察してもらう?」
なんだかすごく気分が悪い。
でも、ここで、迎えに来たのに倒れるなんて恥ずかしいので。
「いえ、しばらく座れば大丈夫です。
ありがとうございます。」
そう答えると、圭司が慌てて
「おい、このまま帰れるのかよ!」
そう言ったけれど、いや大丈夫、そう大丈夫。
「大丈夫、冷たいもの飲んで座ってれば。」
孝也が言葉をはさんだ。
「本当に大丈夫か?奈央。
とりあえずもう治療は終わって帰れるから、
車で家まで連れて行くよ。」
看護師はその様子を見て、微笑みながら
「じゃ、無理そうならもう一度声かけてね。」
と言って部屋の中に消えた。
文也が心配そうに言った。
「奈央、うちに来て泊ってもいいぞ。
母さんは逆に喜ぶぞ。」
思わず即答した。
「それはやめてぇ!」
いい大人の男が3人、病院で大爆笑した。
「そんなに嫌がらなくても、くくく。」
嫌だ、叔母さまの世話を焼く様子が目に浮かぶ。
そして枕元でひっきりなしにしゃべるんだ。
思うだけでぞくっとする。
「休めないよ、絶対。」
そう言うと、またみんなで笑った。
マンションの前で圭司と2人で車を降りた。
「じゃ、圭司、奈央の事、あとは頼んだぞ。
悪そうなら嫌がっても病院に連れていくか
家につれてこいよ。」
文也兄さんは意地悪そうにそう笑う。
「兄さんも孝也も、叔母様には内緒にしてよ!」
「さあ、どうしようかな~~。」
「孝也!!」
意地悪い返事をする孝也に思わず怒鳴った。
「あ~~そんだけ元気なら大丈夫、じゃあね。」
そう言って車を発進させた。
部屋に着いて、ソファーにもたれかかると
なんだかほっとした。
まだ、立ったままの圭司をみ上げた。
圭司の目の上の絆創膏が目に付く。
「痛い?怪我したとこ。」
「いや、大げさなんだって。たいしたことないのに。」
「だってもしかしたら大きな事故になってかもしれないのに。」
そう言うと、圭司は優しい目で私を見下ろした。
「心配するな、俺は奈央と結婚するまでは絶対死なないから。」
「あのね、結婚したらもう死んじゃうの?」
そう意地悪く答えると。
「じゃ、結婚してくれるの?」
そう言われると素直にうんと言いづらいなぁ。
「結婚してくれる?」
顔を近づけてまた返事を催促された。
「うん、返事もしないまま死なれちゃったら
どうしようってそればっかり思ってた。」
圭司は表情が一気に明るくなって
「良かった、これでいつ死んでもいいや。」
そうにっこり笑った。
「だから死なれちゃ困るのよ。」
そう言うと
「たとえ話だよ。じゃちょっと着替えてくるから。
また気分悪くなったら、携帯で呼び戻して。」
そう言って部屋を出て行った。
時計を見ると、もう午後8時だった。
花火大会どころじゃないや。
近くみたいだし、部屋から見えるかな?
小さくてもいいから。
なんだか喉が渇いてしまった。
冷蔵庫にジュースを取りに行き、冷蔵庫を開けた。
「オレンジジュース、か・・・」
中を覗いたらまた具合が悪くなった。
思わずトイレに駆け込んだ。
何にもない胃袋の中身を吐き出した。
吐きながら1つの疑惑が湧いてきた。
まさか、まさかよね。
脳内でいろいろ思い出してみた。
どれも疑惑を打ち消せない。
これってもしや・・・
もしかして・・・
少し気分が良くなったところで、トイレを出た。
ドアを開けるとそこに、
ちょっと顔色の悪い圭司が立っていた。
シャワーを浴びて着替えて来たのか
髪の毛が濡れていて、シャンプーの匂いがする。
「奈央、あのさ、・・・」
そこで言葉が止まった。
声が何だかかすれている。
慎重に言葉を探しているようだった。
圭司も気がついたようだ。
締め切って空調の入った室内に、
外から花火の音が響き始めた。
不規則に響く花火の音を
ぼんやり聞きながら
何故かのんきな気持ちだった。
笑い出しそうな感情を押しとどめた。
そりゃ、具合悪いはずだわ、私。
なんでもっと早く気付かなかったのかしらね。
「ちょっと薬局行って来たいんだけれど。」
そう言って、かすかに震える私の手を差し出すと
圭司はやはり震える手で握りしめた。
外の花火はまだ鳴り続けていた。