episode 26
真っ白になった頭の中
ボーっとしていると、圭司がゆっくり手を握り締めた。
「奈央。」
はっと我に返った。
どう言ったらいいんだろう。
私のこの気持ちを、圭司にどう伝えたらいいんだろう。
「私も、夜中ひとりなのは淋しい。
もう離れたくないと思ってる。
でも、私、結婚して上手くやっていけるのかな?」
圭司はそっと私の肩を抱いた。
翌朝、圭司は出張の準備をして出た。
出張から帰ったら、また話し合うことにした。
圭司が好きなのには変わりないのに
どうして素直にうんって言えないんだろう。
一緒にいたいのに、結婚って言葉が入ると
どうして身構えるんだろう。
やっぱりはめてきちゃった、右手の薬指。
デザインリングはきらきら光る。
私はあなたの横で、光り続けていられる?
しばらくぼーっと指輪を見ていたけれど
雑念を全部捨てるように、パソコンを開いた。
お盆休みの前に片付けたい仕事がまだあるんだから。
午後3時を回って、休み前の追い込みなのか
外回りに出ている人ばかりで
気が付けば、私と奈津美ちゃんと課長だけだった。
静かなオフィスに突然、
「お疲れ様です~失礼します。」
と誰か入って来たようだったけれど
「お疲れ様です~。」
と口で返しながらも、パソコンから目を離してなかった。
誰か前に立った気配で目線を上げた。
浜本さん。
「お疲れ様です。今日で本社に戻ります。
お世話になりました。
またお会いできたらいいですね。」
そうにっこり笑う。
「あ、お疲れさまでした。
こちらこそお世話になりました。
浜本さん、お元気で。」
そう言うそばから
「高岸主任、すごい綺麗なリングですね。
彼氏からのプレゼントですか?素敵ですね。」
なんかわざとらしく大きい声で言うじゃない?
「ダイヤですか?すごい高そうですよね~。」
もう、こんなのでいちいち心乱されてる場合じゃない。
「ううん、自分で選んだのよ。いいでしょ?」
そう言うと。
「え~、センスいいんですね高岸主任。
じゃ、失礼します。」
そう言ってくるっと後ろを向いた
するとかすかに聞こえた。
「うそつき」
・・・・・・・・・・えええええ!
そのまま彼女は部屋を出て行った。
うそつきって何よ。本当の事言う必要ないじゃない?
ぞっとした。本気で怖い。
でも、もう終わりだし。
かっとならなかった部分勝ったよね、私。
別に本当の事言う義務もない。
こうやってさらっとかわしておけば良かったのよね
今までのも全部。
そのまま仕事の続きに入った。
私、負けてないよね。
就業間際、課長に呼ばれた。
「高岸君、明日ちょっと出勤してもらえるかな?
昼ぐらいまででいいから。
部長も出張で仕事しているし
まあ、数人だけ出勤にしようかと思って。」
「ええ、構いません、私も片づけたい仕事があるんで。」
そう答えたが、内心ちょっとがっかり。
疲れた、なんかすごく疲れた。
明日はゆっくり寝れるって思ったんだけれどね。
仕方がないや、うん。圭司も仕事だしね。
その代わり、今日は早めに帰って寝よう。
連休初日の予定だった土曜日の朝のオフィスは
人は少なく静かだ。
タイピングの音を響かせるのも申し訳ない感じ。
電話なんか筒抜けのようだ。
佐藤係長が電話で話をしているが
半分以上雑談に聞こえるわ。
電話を切って、こちらに寄ってきた。
「奈央ちゃん、ねぇこの間のT社向けに作った
パワポのプレゼン資料、見せて。」
「はい、見せた。」
USBメモリを振って見せてそう言うと。
「そうボケるか!お前は小学生か。それ貸して。」
「いくら出す?」
そう言うと、笑いながら
「なんだ元気じゃん。顔色悪いからどうしたかと。」
「そう?夏バテっぽい気はする。」
「そうか、指輪の彼氏が出張中だからかと思った。」
思わず睨みながら、しーっと指を立てた。
佐藤係長はくすくす笑いながら席に逃げ帰った。
まったくもう!小学生並みなのはどっちよ。
顔色悪い?
どうしようやっぱり昼で帰ろうかな。
もう時計は11時を回ってた。
でも、昼の暑い時間に帰るのもしんどい。
外の太陽はじりじりと照りつけている。
圭司はもう大阪出たかな?
こんな連休に出張なんて、新幹線身動きとれないよね。
それより乗れるのかしら?
やっぱり日差しが弱まるまで会社にいよう。
お弁当を注文する人に便乗して、お弁当を頼んだ。
お昼のニュースで、帰省ラッシュのニュースと
大阪からの飛行機が、乱気流に巻き込まれて
激しく機体が揺れてけが人が出ているニュースがあった。
「まだ着陸してないみたいね。」
隣のオフィスの同期の佐和子の机にお邪魔して
一緒にワンセグ見ながら弁当を食べた。
「満席でこれってパニックよね。そういえば
佐久田部長って大阪に行ってなかったけ。」
なんだか不意打ちを食って、慌てて
「ああ、そうね。でも新幹線って話に聞いたけれど。」
「ふ~~ん、新幹線も混んでるよね。」
ニュースが次の話題に移ると
佐和子の話題も次に移った。