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episode 24

開いたドアの中の浜本さんはもちろん

圭司もちょっと驚いた様子が見えた。

でも圭司はすっと手元の開くボタンを押した

「早く乗らないと。」

いつもの優しい目でそう言った。

「あ、はい。」

だって乗るしかないじゃない?ここは。

逃げるわけにもいかないし。


「高岸主任も、今、終わりでしたか?お疲れ様です~。」

そう言って笑みを浮かべる浜本さん。

やっぱり怖い。大人って怖い。

昼間の事とか、どうってことない事なのかしら。

圭司が口を開いた

「また一人で残業なの?」

もうなんだか疲れて首を縦に振って見せた。

「高岸主任、仕事熱心ですよね。すごい尊敬します。」

そう言ってにっこり笑う浜本さんに、返事するのも面倒だけれど。

「偉くもなんともないですよ。浜本さんこそお疲れ様です。」

そう返してエレベータの階数が下に降りて行くのを無言で待っていた。

たった3階から降りるだけなのに、すごい長い。

浜本さんは圭司にずっと仕事の話をしていた。


なんだか疲れて。顔を上げる気力もない。

やっと、そう、やっとエレベータは1階に着いた。

ドアが開いたと同時に

エレベータを降り、タイムカードをスキャンして

そそくさと出ようとした時、浜本さんが追い打ちをかけた

「もう遅いですから、

 高岸主任も駅までご一緒しませんか?

 佐久田部長と一緒に帰るんですけれど。」


私は、背筋を張って答えた。

「ありがとうございます、でも寄るところがあるので。

 失礼します、お疲れさまでした。」

そう言って振り返らずに歩いた。最寄駅と反対方向に。


*******


当てもなく反対方向に歩いた。

こっちは確かに、賑やかな町の方向

でも、8時でショップは閉まったけれどね。

まあ、ちょっと遠いけれど、

ぐるっと回って駅に戻ればいいや

ゆっくり、ぼんやり街を歩いた。


町はきれいに整備されて、ライトアップも完璧

明かりを見ながらいろいろ考えてしまう。

圭司はこの5年間、誰かと付き合ったりしてたのかな

そりゃあるよね。5年よ5年。

5年も一人でいないよね。

偶然転勤になって、私の上司になって、

再会したらお互い一人だったって事だよね。

私はこの5年を無理やりくっつけて

中を塞ごうとしてたのかしら。

お互いに過ごした五年間を無かったことにはできないんだよね。

私は自分の辛かった事を無理矢理塞いで隠そうとしてたかも。

それって臭いものに蓋をするみたい。

中身は腐って、いつかどうにかしないと

鍋ごと捨てなきゃならなくなるのにね。

だって私は5年間、圭司を忘れようとして

楽しかったことも全部、忘れようとして来たの。

不器用だな、もっと器用に思い出に出来ればよかった。

そうしたら、今頃違う誰かと出会って

お付き合いしたり、もっと違う状況に・・・


ふと足が止まった。

無理だろうな。

私は圭司が好きで好きで仕方がなかった。

私、すごいな。5年もしつこく忘れないとか、

しつこいにも程度があるって言うか。

5年前も好きで好きで、夢中で、

仕事はおろそかになってなかったけ?

今週末はどこに行こうとか

そんなんばっかり考えていなかったかな。

この5年で確かに成長できたかもな。

無駄ではなかったよね。たぶん。


今の私たちがあるのは

5年の空白があるからだ。

それもひっくるめて今の私たち。

間になにがあろうと

今の圭司が大好きだ。


空を見上げた。

ネオンで夜空が見えないんじゃない。

見ようとしていないだけ。

あの5年間、私は自分の気持ちを見ないように

見ないようにしていた。

ちゃんと自分の気持ちと向き合おう。

見えたじゃん。私の気持ち。


駅に向かって再び歩き出した。


歩きながらまたふと思った。

このまま再会しなかったらどうなってるんだろう。

ずっと一人でいるのかな?おばあちゃんになるまで。

淋しい老後を過ごすんだ、ひとり。

いろいろ考えてたら笑いが込み上げた。

急に周りの目線が気になって、考えるのを止めた。


マンションの最寄駅に着いた。

もう時間は10時を回ってた。

改札を抜けて歩き出すと、目の前に圭司が立ってた。

圭司は黙って私を見た。

もう、あんな横やりで悩まないよ。

5年経ってても圭司は帰って来たもんね。

私は圭司を見上げて、思わず微笑んだ。

「圭司、帰ろう。」

私は右手を差し出した。

圭司は左手で私の手を握り、そのまま一緒に歩き出した。

そのまま私の腕を、巻き込むように引きよせて歩いた。

「なんかすごいな、奈央。」

「え?何が?」

「一人で吹っ切ってきたな。

 俺は動揺して、やきもきして待ってたのに。」

「圭司でも動揺するんだ。」

そう言うと圭司は足を止めて前を見たまま言った。

「お前、俺の事勘違いしてる。

 俺、そんな余裕ないぞ。

 5年ぶりに会っても、

 もう許してもらえないって思ってたし。

 今日だってお前の様子見たら

 もう家に入れてもらえないかと思った。」

家に入れてもらえないって、子供じゃないんだから。

思わず噴き出して笑うと、圭司もこっちを見て笑い出した。

「どこ行ってたんだよ。」

「散歩。」

「ばっかじゃねえの、奈央。何時だよもう。」

「私には必要な散歩だったの。」

そう答えると、圭司はさらにぐっと手を引きよせた。


マンションに向かって歩きながらそっと聞いた。

「浜本さんはもう帰ったの?」

「ああ、会社近くの駅で別れて来たけれど。」

「浜本さん、圭司のこと好きなのね。」

そう言うと、圭司はちょっと困った顔で

「はぐらかし続けるのも大変なんだよ。

 仕事もあるし、はっきりそう言われたら困るな。

 なにしろ彼女は、中国語に長けてるから

 今回の契約とかに協力が必要だったんだよね。

 案外スムーズに終わったから、今週一杯で

 本社に帰ってもらうから。」

あ、いなくなるんだ。

そう思うとつい顔に出たらしい。

「奈央、何言われたの?なんか怖いなあ。」

そう聞く圭司に答えた。


「内緒、知らないほうがいい事もいっぱいあるのよ。」

そう笑って答えると、圭司も笑って。

「怖いなあ、まあ、いっか。奈央が納得してるなら。

 晩飯どうする?食ってくか?」

もう10時過ぎてるし、今から外食なんて重いなあ。

「コンビニ寄って行く?あんまり食べたくないし。」

「奈央の思うままに。今日は特にね。怖いし。」

そう答える圭司の脇腹に、反対の手でパンチを入れて

マンション近くのコンビニに向かった。

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