episode 21
なんか時間経つごとに、イラついてきた。
なんであんな喧嘩売られなきゃなんないの?
私っていつもそうだ。
時間経つと、腹が立って来るんだ。
その時に切り返すのが苦手。
感情に任せて怒るとかとても無理。
小さい頃から、感情を押し殺して育ってきた。
泣きたくても泣いてはいけない。
嫌だと思っても嫌と言ってはいけない。
そんな育ち方をしてきたせいか、
自分の感情を押し出すのが怖い。
私が佐久田さんを支えた。
そんな事は私には一生言えそうにないや。
気になって、メールをチェックすると
圭司からのメールが入ってた。
さりげなく後ろの席をチェックすると
違う席に移って打ち合わせ中の様子だった。
今のうちにとメールを開く。
題名 ただいま
無事に飛行機は着陸できたよ。
今、本社。やっぱちょっと遅くなりそう。
また連絡するから 圭司
さっきの食堂での事が蘇る。
あの人、圭司の事が好きなんだろうな。
必死なんだろうな。
私の存在を知って。
どこまで知ってるのかな?
と言うより、何で知ってるのかな?
本社の人なのに。
圭司が言ったのかな?
私の事会社でしゃべるとか、
そんなタイプじゃないけど。
まあ、あまり考えたくないし
とりあえず返信しよう。
題名 お帰りなさい
お帰りなさい。
連絡待ってるよ。
慌てないで気を付けて帰ってきてね。 奈央
ささっと送信して、別のメールを開いた。
今回は佐藤さんに気づかれないよう
平常心を心がけて。まだ3時半だ
さぁ、仕事仕事。
家に帰ってから悩めばいいことだ。
無理矢理気持ちに折り合いをつけた。
とりあえずこの時間は、
浜本さんと一緒にいるわけでもないしね。
こんな日に限って、何かは起こるんだ。
奈津美ちゃんがデータを壊しちゃったのが午後4時。
修復作業は奈津美ちゃんには無理なので、
夕方から1人で作業に入る。
奈津美ちゃんの泣きながら
「スミマセン…」
と謝る姿にイラつきより、羨ましさが沸く。
泣いて謝れるうちはいいよね。
ああ、これこそオバサンの僻みっぽい。
もういいよ、あと少しだから先に帰りなさいと
奈津美ちゃんをを帰して、1人でデータをいじっていたら、
ふと入り口から声がした。
「また1人で残ってる。」
振り向くと圭司が立っていた。スーツだけれど
ネクタイは外していた。
「あ・・・・」
ここは会社だし、どう返事しようか戸惑っていた
お帰りって言ってもいいのかな。
「そんなに詰まってる?仕事。なんかあった?」
圭司は近寄って来た。
ああ、もう8時半なのね。時間に気づかなかった。
「いえ…データ壊れて修復を。」
圭司はああという顔で
「あの子だろ、まあ、こっちが指導して
根気よく教えるしかないな。
やる気がないわけではないみたいだし。」
そうね、と頷くと、圭司は続けて話をした。
「今、専務と軽く飯食ってて、
まだこっちにチェックして欲しいのがあるって
浜本くんから電話きたから寄ったんだ。
お前まだ時間かかるの?」
なんかチクリと胸に刺さる。
「あと、30分もあれば帰れる。」
「そっか、じゃ…」
その時、入り口から女の人の声がした。
「佐久田さん、こちらでしたか?
声がした気がして、探しました。」
浜本さんが、にっこり笑って立っていた。
ああ、忘れようとしてたのに。
浜本さんは完璧な笑顔のまま。
「高岸主任もまだいらしたんですね?お疲れ様です。」
まさに、何にもなかったようににっこりと挨拶する。
この余裕、なんか圧巻かも。
「ええ、浜本さんもお疲れ様です。」
そう負けずににこやかに普通に答えた。
「浜本君、すぐ行くから先に行ってて。」
圭司がそう言うと
「じゃあ、上で待ってます。」
とにこやかに浜本さんは去った。
正直、大人の女って怖いなあ。
いや私も大人の女かもしれないけれど。
必死の応戦だったんだけれど。
「奈央、俺の部屋入ってていいから。
それとも待ってたら今日は車で一緒に帰れるけれど。
どっちでもいいけれど、どうしたい?」
そんな!いつ終わるかわからないのに。
待ってる間に頭おかしくなりそうな気がする・・・
「ううん、先に帰る。」
「じゃ、部屋入ってていいから。」
「うん。」
立ち去る後ろ姿を見ていたら、なんだか落ち込んだ。
私、なんだか精神面で負けてるかも。
恐るべし浜本ゆかり。
あれは絶対気付いてわざと来たんだろうね。
負けるもんか。早く終わらせて帰ろう。
首から下げている身分証を外して
引きだしに片づけた。肩が凝っちゃうんだよねこれ。
マウスを握り直し、パソコンの画面に没頭した。