episode 19
どこかから花火の音が聞こえる。
土曜日だし、祭りなんだろうなあ。
でも、花火はどこかわかんないや。
今日は圭司の部屋に来ている。
最上階で見晴らしはいいけれど、見えない方向があるから。
ほんの少しでいいから見えればいいのに。
「奈央、花火、見に行きたい?」
窓の外ばかり気にする私に、圭司は優しく尋ねる。
「まあね、でも、調べて計画的に行かないと、人ごみで疲れるし。」
人込みは正直苦手だし、頭痛くなるし。
数秒の間の後、圭司はちょっと肩を落としてこう言った。
「奈央ごめんね、来週水曜日から10日ほど出張で
海外だし、すぐは行けそうにないや。」
・・・・え?
「いや、いいって圭司。そんなの気にしてないから!!」
手をぶんぶん振って答えると、
「いや、せっかくの夏なのにさ、帰ってきてから計画しよう。
まだ、花火大会はあるはずだから。」
なんだか自分が若い女の子のような扱いをされたようで、
頬がちょっと赤くなってるのに気づく。
「うん、そうだね、ありがとう。」
そう答えると、圭司は優しい笑顔で
「楽しみに待ってろよ。」
子供にでも言い聞かせるように、そう言った。
でも、本当にね、30歳になったからって
花火にときめかなくなる訳じゃない。
気持ちはほとんど変わらないんだ。
きっと、みんなそうだと思うんだけれどな。
大人になったんじゃなくて、なったふりしてるだけだと思う。
そこでふと我に返った。
「来週出張なの?」
「ああ、ちょっと中国行ってくる。上手くいけば数日で戻るけれど。」
「へぇ、じゃ、週末はいないのね。」
「ああ、早くても翌週の半ばになるな。
早く片付けて戻ったら、社長は経費節約で喜ぶだろうから
さっさと片付けてこないと。」
圭司はおいで、と手招きをした。
隣に座ろうとすると、手を引いて、自分の膝に座らせる。
なんだか恥ずかしくなって
「・・・私、重いのに。」
そう言って私は目をそらしてしまった。
「早く帰ってこないと、奈央に会えないだろ?」
思わず目線を戻すと、優しい笑みを浮かべた目があった。
思わずちゃかすように
「でも5年も会ってなかったじゃない?」
そう答えると、ちょっとムッとした顔で
「どの口がそんなこと言うのかな?」
そう言って押し倒された。
圭司の顔が近付いてきて
私はそっと圭司の眼鏡を外した。
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水曜日に予定通り出張に行ってしまった。
今まで当たり前だった一人の週末。
当たり前だったんだけれどね。うん。
何して過ごそうかな。
金曜日の昼ごはん、社員食堂ではなく
近くのカフェで済ませようと外に出た。
後ろの席は、うちの会社の派遣の女性4人組だった。
話に夢中で、私がいることには気付いてない様子だった。
その中に、圭司のオフィスの派遣さんもいた。
「佐久田部長が出張で、結構暇なのよね。」
「でも、いいなあ佐久田部長、いい男だよね。しかも独身だよね。」
「うん、独身35歳。でも絶対彼女いるでしょ。」
げ、なんか私盗み聞き状態・・・・
しかも話題がそこって、なんか辛いな。
「でも、本社から出向してきてる浜本さんって社員さん。
元々向こうで一緒に仕事してて呼んでるし。
見てて、絶対浜本さんは佐久田部長のこと好きなんだって
そう確信するんだよね。」
・・・・えええ!
派遣の女の人は続けた。
「まあ、私も独身なら絶対惚れるけれどね。」
「浜本さんていくつ?まだ20代だよね。」
「27だったかなあ?28だったかな?その辺。
外回りで遅くなってもなんだかんだと待ってるし、
仕事とか言いながら怪しいと思うわ。」
「私でも、もし佐久田さん狙いならその位するわ~~。」
居心地悪い。。。でも
なんか私、席を立つに立てないよ。
「今も一緒に中国に行ってるしね。」
「そうなんだ、いいなあ~~。
ああ、そうよね。やっぱりね。
気付くと傷つきそうだから、見ないで聞かないでいたけれど
やっぱりそうか、
この仕事のために呼んだのかもね。
でもさ、私のこの状況は
ああ、本当盗み聞きだよ・・・。
でも、そうだよね
ここは大人の女の余裕を見せねば。
変な嫉妬とかしている場合じゃない。
仕事だもん。そのための出張だもん。
一人決心してこっそりカフェを出た。
彼女たちに見つかってなきゃいいけれど、
今日の夜は本でも読もう。
本屋に寄って帰ろう。
圭司の事、思い出さずに済むように
入りこめるものにしよう。
背筋を伸ばしてオフィスへの道を歩いた。
あっという間に帰ってくるよ。圭司は。