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episode 14

いつもの週初めの定例会議。

終わって席を立ったところで、いつもと違うことが起きた。

「高岸君、ちょっと。」

ドキ・・・これは・・・・圭司の声だ。

圭司に呼ばれた。まだ、会議室は人が残っている

私たちは上司と部下だもん、そりゃあるわ。そうなのよ。

極めて普通に近寄って、冷静に問いかけてみた。

「何かご用でしょうか?」

圭司も極めて普通に話した。

「この資料、これだ、高岸君の担当のこの件。

 本社に持って行って社長と専務に報告してほしいのだけれど。」

一瞬、理解するのに時間がかかった、思わず。

「えええええ!本社にですか?」

ちょっと驚きの声を出してしまった。

慌てて周りを見回す。

係長がこっちを驚いて見ていた。

でも圭司は冷静に答えた。

「今日、これから来るよう指示があって

 まあ、片道1時間で着くし。後よろしく、このメモの件もね。」

圭司はサラサラと書いてメモを一枚渡した。

そのメモにはこう書いてあった。


別にこんなのメールで済むのにわざわざご指名だ。

なんかあるぞ、気を付けろよ。


圭司はゆっくりと顔を上げて私を見ながら

「じゃ、頼んだから。その件も。」

「・・・・はい。」

そう言うと圭司は立ち上がり、会議室を出て行った。


絶対社長の実力行使だ・・・・間違いない・・・

いや、正確には叔母さまのたくらみに違いない・・・

実はこれは初めてではない。

私がどうしても会いに来ないときに

権力を使って叔母様はやってしまう。

一応仕事の用事も必ず付けてくるので

文句も言えずに行くしかないのだが・・・


私のこといったい幾つの子供だと思ってるんだか!!

っていうか権利使いすぎでしょ!!

私だって責任ある仕事があるのにい!

行き道の営業車の中で、独り言が止まらない。

対向車から見たら怪しい女だよ。

ああ、でも、これが冷静になれるか!!

ああ、でも、深呼吸深呼吸・・・・


久しぶりに本社に足を踏み入れた。

ここに来るのはあまり好きではなかった。

特にこの5年間。圭司とはち合わせてもおかしくないから。

用事の時はこそこそと来てたっけ。

チラリと見かけるときはあったんだけれど

見えてない振りをしてきた。


まっすぐ社長室の階に行って、入口で座っていた秘書主任に会釈した。

「あらあらお疲れ様。久しぶりね。」

秘書で一番長い高尾さんは、私が子供の頃からここにいるので

私の事をよく知っている人の一人だ。

若いもう一人の秘書は姿が見えない。

「お久しぶりです。社長は中に?」

そう言うと、高尾さんは私に耳を貸せと合図した。

耳を寄せると、高尾さんはそっと耳打ちした。

「今日は役員の内輪の話があるらしくて

 奥様も見えてますよ。あと、佐久田の奥様とか。」

なんですってええええ!!!

と叫びたくなるのを必死で我慢した。


圭司のお母さんじゃないのよ!

なんだか今会うのは微妙な感じがする。

まずいかも、非常にまずいかも。


「そ、そんな私なんかが入っていいのかしら・・・」

「早く来ただけだからとかおっしゃってましたよ

 それに奥様はお待ちのご様子でしたよ。」

気の毒に、と言わんばかりの表情で私を見た高尾さんは

内線を鳴らして伝えた。

「西部支社の高岸主任お見えになりました。」

そしてゆっくり受話器を置くと。

「お待ちですよ。」

と大げさにバイバイと手を振った。

ああ、そんなちゃかして見ないで・・・・高尾さん。


「奈央ちゃーん。久しぶりじゃないの~~!

 最近本当呼んでも来ないんだから!」

叔母は悪びれもせず、私に抱きついた。

「叔母様・・・・ご無沙汰でした。

 お元気でしたか?なかなか会いに行けなくてごめんなさい。」

社長もニコニコしている。私の無力さを感じる一瞬だ。

「ちょっと待ってくださいね。

 社長、はいこのディスクと資料。説明は・・・」

「ああ、後で見るからいいよ。

 圭司にだいたいは説明してもらってるし。」

やっぱりね、別に説明要らないじゃないの!!

無性に地団太踏みたくなる。

この人たちにとって私はまだ小さい子供なんだ。


その時視界の端に、中年の女性が目に入った。

「奈央ちゃん、圭司さんの母親で佐久田恵子さんよ。」

にこやかにほほ笑んでるその顔は

・・・・・・うん、本当、社長と似てるかも・・・・

「はじめまして、高岸奈央と申します。

 佐久田部長にはいつもお世話になっております。」

そう言って頭を下げると、圭司のお母さんは言った。

「まあ、綺麗になって。最後に見たのは小学校に入る前かしら?」

その言葉に驚いて顔を上げた。

「昔、夫婦喧嘩して兄さんのところに逃げ込んだとき

 ちょうど奈央ちゃんが泊りに来てたのよね。

 私には娘はいないし、可愛くてねえ。

 覚えてないかしら。一緒にままごとやったの

 本当娘が欲しくなったのよね、あの時。」

ないないないないーーーーー!!

そんな記憶はない!!!

「ももも、申し訳ありません・・・。」

「あらーまあ、忘れちゃってるのね。仕方ないけれど。

 すっかり大人になって。圭司人使い荒いでしょ?」

「そ、そんなことは・・・」

ああ、もう私パニックだ・・・

緊急事態、冷静になんかなれないよ。


圭司のお母さんは真剣な顔で続けた

「ねえ、奈央ちゃん。圭司の事どう思う?」

叔母さんも後押しするように言う。

「圭司君と、お付き合いとかどう?

 全く知らない訳じゃないし、どうかしら?」

ちょっとタイム、それってどういうこと?


蛇に睨まれた蛙ってこんな感じ?

叔母ちゃんってすごいパワー・・・・

挙句の果てに社長がこう言った。

「いや、孝也がね言いだしてさ

 奈央と圭司と結婚させるってどうだろうって。

 そういや、奈央ちゃんは圭司と血は繋がってないし

 なんで思いつかなかったのか今まで、不思議だよなあ。」

たーかーやー!!これも孝也の陰謀?

あんた絶対知っててやってるはず!!

あいつ今度会ったら本気で殴る。


「い、いや、あの佐久田部長は上司ですし・・・」

慌てて言うけれど。なんか叔母ちゃんに対抗できるパワーがない。

もう付き合ってますなんて言えないし!!

緊急事態、まさかこんな展開とは。

その時、私の携帯が鳴った。

係長からの電話だった。やった、とりあえず。

「ちょ、ちょっとすみません、電話が・・」

そう言ってドアの外に出た。

係長からの電話は客先からの午後の打ち合わせの時間の確認だったので

簡潔に終わった。私は切ってすぐに圭司に電話をかけた。


2回のコールで圭司が出た

「はい、なんだ。何かあったか?」

そうよ緊急事態でなきゃ仕事中に電話なんかしない。

でも、ここじゃ高尾さんにも聞こえてる。

どうしよう、なにかいい方法は。

私は必死で学んだイタリア語を思い出した。

圭司はわかるはずだ。

だって初めに私にイタリア語を教えたのは圭司だし。

私は別れた後、ちょっとスクールで学んだのだ。

中国語じゃ社長にわかる、英語じゃバレバレ

これだ、イタリア語しかない。

発音は定かではないが必死にイタリア語でこんなことを伝えた。

「あなたのマンマがここにいるのよ、

 あなたと結婚しないかって言ってるのよ

 どうすればいいの!!」

圭司は電話口で叫んだ

「本当かよそれ!!」

・・・・・・・・・・・

良かった、つたないイタリア語が伝わったようだ・・・・

ああ、こんなことに役立つなんてね。

いつも冷静な圭司が驚くような事態。

その慌てた声を一瞬面白がってしまった。

周りは今どんな目線で圭司を見てるんだか。

こんな声上げてるの見たことないはず。

自分の緊急事態より絶対面白いと思った。

「とりあえず・・・適当に対応しておいてくれ

 いろいろ案を練っておくから、

 帰社してから対応は話し合おう。」

ええええええ、適当に???

「高岸君なら何とか出来るから。な?」


匙は投げられた。

投げたいのは私の方だ!!!

電話を切って振り返ると、高尾さんは不思議そうに

私を見ていた。

わざとがっくり肩を落として見せて中に戻った。

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