episode 12
日曜日の夕食を一緒にとって、午後8時になった。
もう、そろそろ戻ろう。
現実に戻ろう。明日からの1週間に向けて
ちょっと切り替えが必要な気がする。
少ない皿を洗い終えて、切りだした。
「ねえ、圭司。私、家に帰るわ。
今日は家に帰って寝る。明日は仕事だし。」
パソコンに向かってた圭司が顔を上げた。
しばらく、じっと私の顔を見た。
自分はちゃっかり明日の仕事の準備に入ってるし。
「えー、帰るの?やだ。」
何その反応・・・・子供かよ!
「だってアイロンもかけないと、洗濯もしないと。掃除もしないと。」
見つめられると決心が揺らぎそう。
でも、圭司だって集中したいはず。
いささか不満げだったけれど、
「じゃ、部屋に送る。」
そう言って圭司も折れた。
「別にいいよ、一階下に降りるだけだし、まだ8時じゃない。」
「ダメー。」
そう言って付いてきた。
なんかやだな、離れづらくなる。
部屋のドアを開けて、じゃ。ありがとうと閉めようとした時
ぐっと部屋の中に押されて、圭司も一緒に入ってきた。
「ちょっと、なんで入ってるの。」
そう言うと、圭司は私の腰に手をまわして
抱き寄せたまま、私の顔を見た。
「俺はさ、いまだに仕事優先かもしれない
勝手な奴かもしれない。そこらへん全然変わってないと思う。
でも、今回こっちに戻ってきて
やっぱりお前と普通の会社の仲間には戻れないと思った。
ずっと、こうしたいって思ってた。」
胸が苦しい。胸が痛い。
ときめきすぎて苦しい。
涙があふれて来た。みっともない顔になってるはずだ。
私、泣くと鼻水出るし・・・・。
「泣くなよ。泣かせたくて言ってるんじゃないから。
それでも、お前ともう一度やり直したいと思ってる。
忙しいとほったらかしかもしれない。
でも、もうこの5年のような思いはたくさんだ。」
この5年のような思いはたくさんだ。
その言葉に思わず泣きながらうなずいてしまった。
「そんな俺でも許してくれる?」
許すも許さないもない。
それが事実だもん。これが答えだもん。
答える代りに、圭司の眼鏡をそっと外した。
そうすると、圭司がすっと顔を寄せてくる。
昔からの私たちのキスの合図。
長くゆっくりと確かめ合って、
離れると私がすっと眼鏡を戻す。
そうすると、圭司が眼鏡の位置を指で戻す。
「じゃ、お休み。」
ゆっくりドアを閉めて圭司は帰って行った。
鍵をかける気にもなれずぼーっとしていると。
またドアが開いた。圭司はにこやかに
「早く鍵かけろよ。」
そう言ってまたドアを閉めた。そして私は微笑みながら鍵をかけた。
洗濯機を乾燥までのコースにかけて、明日の服にアイロンをかけて。
掃除機をかけ、目まぐるしく家の事を片づけた。
明日の予定を見て、ため息をついた。
月曜日の定例会議、いつもの会議。
まあ、私は座ってるだけに等しいけれど、
目で追ったりしないように気をつけよう。
圭司にはもちろん、私にも今は立場ってのがある。
何しろ私たちに確かなものなんか何もないのだから。
こんなことがあってもなくても
夜は明けるんだ。それぞれに。
いつもの日常が始まる。
なかなか眠れない、そんな夜だけれど。