episode 10
そんな沈黙を、圭司が破った。
「俺の事、恨んでる?」
・・・・・・・・・・・・・・
ストレートな一発。
圭司も酔っているのかもしれない。
そうでないとそんなこと言わないよね。
私たちには欠けてる時間がある。
5年の空白をどこに感じるかって??
でも探す余裕もない
そんなのどこにもないよ。
「聞いてもいいのかな?」
前置きをして。圭司に向かった。
「なんなりと・・・」
そう答える圭司の表情は読めない。
泣きそうだ、私。泣きそうだ。
でも、このチャンスを逃したら、きっと
この5年間、聞けなかったこと、もう聞けない。
「あの時、泣いてすがれば良かったの?
捨てないでって泣いたら、ずっと一緒にいられた?」
私はあの時、わかったって言ったの。
私のプライドで、あなたを引き止めなかった。
ずっと思ってた。
あの時、普通の女のように
あなたを引き止めれば良かったのだろうか。
ずっと、引きずってた。
泣いてもわめいてもあなたを追いかければ
良かったのだろうか。。。
「いや、違う。」
その力強い返事に、思わず顔を上げた。
圭司は私の目を、見据えたまま
ゆっくり答えた。
「あの時は、そうするしかなかった・・・。」
再びゆっくり圭司は話し始めた。
「あの時、うちの親父のやっていた会社が
どうしようもない状態だった。
社長は、投資してくれて助けてくれて
おかげでなんとか持ち直して。
今は兄貴がやってるけれど。
俺は、そのために一生社長に仕える気で
お前の事まで、気が回る状態じゃなくて・・・」
どこか目線をそらすわけでなく
私の目を真剣に見ながら圭司は続けた。
「お前を待たせる自信がなかった。
待たせたってほったらかしになるのは目に見えてるし
それこそ移動になったし。
それに、今からキャリアを築ける要素があるお前を
潰すわけにはいかない。
だからあえてそうするしかなかった。」
なに勝手なこと言ってるのよ。
私の気持ちはどうなるのよ。
無性に腹が立った。
お酒の勢いもあるかもしれないけれど。
「何その相談もない勝手な話。
私の気持ちはどうなるのよ??」
この5年、どんな気持ちで生きてきた?
誰にも恋愛感情も持てず。あなたの影を押し殺して・・
「何度か彼氏を作ろうとか思って
出会いがあって、付き合おうとしたり。
でもその度、自信がなかった。
私は簡単に捨てられちゃう女なんだって。
そんなの嫌だって思うと。
心許したり出来なくて。結局ダメで。」
目の前のビールを飲み干した。
「この5年で、30歳になったのよ。
お局とか、鉄の女とか
言いたい放題言われて
合コンも誘われなくなったし
皺も増えて、年も取って
男っけのない女って言われて。
どんな気持ちで生きてきたと思ってる??」
これはただの八つあたりだ・・・・
わかってる、圭司に言うべきことでもない。
そんなのわかってる。
みんな恋愛でそれぐらいのことを経験してて
乗り越えてるはずなんだ。
でも、
でも、悲しいぐらい
本音だ。
事実なんだ。
沈黙だった。
ただ沈黙が続いた。
答えてよ。答えてよ。
もう私、泣きそうなんだから。
冗談でもなんでもいい。
この沈黙を破ってよ!
圭司はゆっくり立ちあがった。
私の隣に座り、私の頭に手を置いた。
無性に腹が立った。
「やめてよ。私、もういいオバさんなのよ!
みっともないよね私、いつになったら大人の女の対処ができるの?
全然自分じゃ変わんないのに、10年前とかからずっと。
なのに年だけは取っていくのよ。」
「奈央は奈央だ。
いくつになろうが、俺にとっての奈央は変わらない。」
そうきっぱり言った。
「俺は、お前を忘れようとか思ったことなかった。
待ってて欲しいって思ってた。
口に出すわけにはいかなかったから。」
そんなの勝手だ。
一言もそんなこと言わず、私の前を去ったじゃない。
一言でもそう言ってくれたら。
そう言ってくれたら、違ったのかもしれないのに。
「ごめん、もうダメだ、俺。」
そう言って抱きしめられた。
ダメなのは私の方だ。
のこのこ付いてきた時点でわかってた
こうなることはわかってた。
ゆっくり、唇を重ねた。
そこからは、何も考えられない。
一度、唇を離した圭司から
あの頃のように、私が圭司の眼鏡を外した。
眼鏡を畳んで、テーブルにそっと置く。
その間、圭司は私の髪を指で梳く。
昨日もずっとそうしてたみたいに。
また、ある日突然、私の前からいなくなるかもしれない
また、ボロボロになるかもしれない。
今回は立ち直れないかもしれない。
それでもいい、それでもいいって思ってる。
「奈央、愛してる。」
その言葉をずっと求めてた。
心のどこかで、ずっと探してた。
ただ、この5年間求めてたものを満たしたい。
ただ、気持ちを満たしたかった。
涙が出そう。
泣けそうなくらい、ずっとずっと
圭司が好きで、忘れられなかったんだ。
「私も、あなたを愛してる。」
後悔してもいい。
この時間を忘れない。
たとえまた明日、圭司がいなくなっても
この時間を後悔なんかしない。
心の底からそう思えた。