Episode 1
いまどきの若い子はって言葉がすんなり出るようになった。
ヤバいの使い方の差に違和感を感じる。
この店超ヤバいっすよ先輩って、ヤバいの??
アラサー通り過ぎてあっとい間にアラフォーに近くなりそうだよ。
子供の頃、30歳ってとてもおばさんだと思った。
高校出てすぐ社会人になって
30歳ってすごく年上のやはりおばさんだと思った。
この新人ちゃんには私はそう見えるのかしら・・・・
「高岸さん~、言われたところまで入力できました~~。」
短大新卒の奈津美ちゃん、あっけらかんとしていて
礼儀もまあまあなので嫌いではない。けれどね。
「じゃ、保存しておいてね。」
「保存ですか?」
「上書きでいいから。」
「うわがき?????」
ああ、こんなに若いのにパソコン苦手ってどうよ。
「ここ、上書き保存、それでOKだから。
あとは課長が仕事があるって言ってたから聞いてみて。
ありがとうね。」
「は~~~い。課長のところ行ってきます~」
課長のデスクに小走りで駆けた後ろ姿を見ていたら
無意識にため息が出たようだ。
「高岸主任、何ため息ついてるの~~?
部下がつくと大変でしょ?俺の苦労わかった?」
振り向くと3年上の佐藤係長が意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「別に~可愛くて礼儀も正しくて、いい子よ。」
「じゃ、何ため息ついてるの?」
なんでだろう・・・・・・なんで???
「なんでだろう・・・本当。」
思わず頭を抱えてしまった。
佐藤係長はぷっと吹き出すと
「奈央はイイコイイコ、いい子だね~」
とふざけて頭を撫でてきた
「もう!!私子供じゃないから!!」
と手を振り払うと、係長は大げさに痛がって見せた。
「人間、時にはただ、よしよしって慰めてほしいもんなんだよ。」
・・・・・・・あ・・・
一瞬納得してしまった。
このままではいけないと反戦に出た。
「へ、へ~~じゃ佐藤さんは奥さんにしてもらうの??」
そう切り返してみせると、さらにふざけた表情で
「もちろ~~ん、毎日撫でてもらってるよ。」
「ごちそうさま・・・」
だめだ、この人のペースにまた巻き込まれた。
私は外国人のように大げさにやれやれと手を振って見せた。
実家を出てからもう何年経ったっけ。
その実家ももうないけれど。両親は一緒に事故で逝ってしまったし。
なぜか自分の家って気持ちがしなかったし
両親も仲良くなかったのに、死ぬ時だけ一緒って皮肉。
引っ越しは3回。今の住まいは便利が良くて気に入ってる。
帰り道に買い物して、エレベータもついてて、前の住まいのように
階段をふうふういいながら登る必要もない。
2DK、全部フローリングでバストイレ別。ベランダもちゃんとある。
靴箱もクローゼットも十分、いい物件だし次も更新かな。
独身も長くやってると、女友達は減っていく
結婚している友人によると、結婚しても友人は子供つながりで
自分の友達じゃないっていうし、女は不便だ。
会社の同期の男性は独身家庭持ち問わず仲良しみたいだけれどね。
我ながら都会の女って感じで、決して細いとは言えないが
いい感じだと思うのだが、自己満足かな?
彼氏もいない、好きな人もいない
仕事してくたびれて帰って寝るだけの生活も何年目?
その日は、客先に顔を出してからの出勤だったので
会社に着いたのは11時前だった。
何やら入口を入る前からあわただしい。
オフィスに入ろうとしたら、社長秘書まで出てきた
ここ、支社なんだけれど、ただ事じゃない。
「おはようございます、珍しい、どうしたの?」
と言い終わる前に秘書の南さんは私の手を引いて端に呼んだ
「ああ、良かった高岸さん、待ってたんですよ、ちょっと会議室に来てください。」
ただ事ではない形相に、
「ちょ、ちょっと待って、かばん置かせて、ノート持って行かないと。」
「あ、そうですね・・すみませんなにしろ急用ですので。」
何事??秘書が呼びに来るってことは社長がいるのよね・・
「2分待って。」
デスク周りも何やらあわただしい
「係長は?」
周り誰ともつかず話しかけると
「あ、会議室です。」
と返事が返ってきた。
何やら起こっている予感、うなじの毛が逆立つ感じ。
背筋を伸ばして部屋を出て、待ってた南さんに笑みを向けた
「お待たせ、行こうか、ちょっと説明してくれる?」
並んで歩きながら手早く彼女は話し出した。
最悪だ
会議室のドアを開けたとたん業績の問題とかそんなん飛んだ
社長の横にいたのは、無理やり記憶から消そうと
もう何年も努力してきた奴の姿だ。
でも、ここでうろたえたら負けだ。
社長に向かって深くお辞儀をした。
「お待たせして申し訳ありません社長。」
「いや、客先が優先だから。まあ、座って高岸君。」
「で、全員揃ったし、本題に入る
先ほど説明した諸事情は、わが社にとってかなりの打撃になる
高倉部長は解任は当然のことながらこの件は刑事事件になると思われる
その後を埋めるのは一筋縄ではいかない。
なので本社から佐久田君を後任に任命することにした。
ここにいる人は当然彼を知っていると思うが
他の社員の動揺を防ぐにはここにいる管理職全員の
協力が欠かせない、一致団結でよろしく頼むよ。
そこでこれからの方針だが、佐久田くんからやってくれ」
佐久田圭司はあの頃と変わらぬ不敵な笑みを浮かべた
ちょっと私を見たような気がしたが、気づかぬふりをした
何を言ってるのがはぼんやり聞いた
こんな事じゃだめだ、手元の資料を見つめた
なんだかショックだ。
何が一番ショックって、部長が業者からワイロ貰ってたとかそんなんじゃない
佐久田圭司がまた私の前に現れたことのほうがショック極まりない。
それで、そのショックを隠せない自分にがっかりだ。
解散になったので会議室を出ようとしたら
「高岸くん、ちょっといいか?」
社長が私を呼んだ、指で小会議室をさすので付いていく。
後ろに目線を感じながら
ドアを閉めると、社長は表情を和らげた
「奈央ちゃん、元気だったか?
妻も心配してたよ、奈央ちゃんが連絡してこないって
今日支社に行くって言ったら、いつでもいいから
家に来てほしいって言ってたよ。」
実は社長の奥様は母の姉だ。つまり叔母さん。
でも、会社でその辺は言わないようにしている
名字も違うし、言わなきゃばれないし、
身内であることを隠すのは、叔父である社長も賛同してくれた。
「叔母様も忙しい方でしょうから、お電話します。」
「何言ってる、あいつは趣味だけで忙しいだけだ。」
優しい笑みに思わずつられて笑う
「奈央ちゃん、彼氏はいないのかい?」
「残念ながら報告できるような浮いた話はありませんよ。」
「そうか、楽しみにしてるんだがな、わしが花嫁の父だ。
娘はいないからぜひやりたいんだがね。」
やりたいと言われてもね
出来ることと出来ないことありますわ・・・
叔母様もどうせ、いい人がいるのよ~って話だ。
触らぬ神にたたりなし、だ。
忘れてたふりで決定だ。
廊下をオフィスへ戻ると、ミーティングルームに人影が見える
あの後ろ姿はあの男で決定だ。
さっそく打ち合わせですね、私は管理職って言っても
主任なんて部長クラスでの決定権なんかないし、事後報告で済むでしょ
そう思って通り過ぎた。
それよりやらなきゃならないことがある。
さっそく聞きつけた客先からの電話だ。
ランチを摂る暇もなく、その日は過ぎた。
いつものように7時半まで残業と思ってたら
やはりこの状況では無理だった。
気づいたら10時近くになってた。
警備のおじさんが入口から顔を出した
「あれ、高岸ちゃん、今日は随分遅いね、危ないから早く帰りなよ。」
「本当、こんな時間とは思わなかった。
もう誰もいない?」
カバンを手にしながら立ち上がると
「いや、佐久田さんがいたよ。」
その言葉に思わず
「じゃ、お疲れ様です。失礼します~~!」
と一目散に出口に向かった
なんだか嫌な予感。
逃げろ、奴と2人なんて絶対嫌だ。
ここは3階、奴の部屋は4階のはず。
エレベータなんか待ってられない、階段を駆け降りた。
そんな私の悪あがきが、全く無駄だたっと知った午後10時。
終わったはずの試合がまた始まった予感がした。