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あざとすぎる浅見さんには騙されない。〜なあ、ハニートラップのネタバラシはまだか?〜

作者: 石田灯葉
掲載日:2026/09/05

 おそろしい美少女が、目の前に立ちはだかった。


「ねーね、寺園《てらぞの》くん?」


 ホームルームが終わってカバンを持って教室の入り口に向かった俺の前に、おそろしい美少女が。(倒置法)


「……どうした、浅見《あさみ》」


『立ちはだかった』だなんていうと浅見《あさみ》花音《かのん》が長身みたいだけど、実際の浅見はどちらかというと小柄だ。


 ただ、そういう言い回しになった理由は、彼女の威圧感にこそある。彼女は間違いなく俺の前に立ちはだかっていた。


「ええ、そんな警戒しないでよ。わたし、寺園くんに何かしちゃった?」


「別に、まだ何もされてないけど」


「まだ(・・)って何かな?」


 無意識に付け足した二文字を耳ざとく拾われてしまう。


「ひどいなあ。わたし、傷ついちゃうよ?」


「……それで、何か用?」


 いじいじと指先をくっつける浅見さんの仕草を無視して、俺は質問する。


「うん……、今日、さ」


 浅見は俺を上目遣いで見上げて、尋ねてくる。


「一緒に帰ってもいい?」


「………なんで?」


「なんでって……言わないとダメ、かな?」


 軽く頬を染めて彼女は小首をかしげる。


「ダメっていうか……」


 浅見はたしかに可愛い。それは誰の目から見ても明らかだ。


 この声と視線がひとときでも自分に向けられていて、舞い上がらない男なんているもんか。


 問題は可愛すぎることにある。


 この場合の可愛すぎるは、『可愛いの最上級!』と賛美する意味ではなく、本当に、可愛すぎる(・・・)のだ。『過ぎたるは及ばざるが如し』の『過ぎる』。過剰ということだ。


 おれはこの手合を知っている。


『祐悟《ゆうご》。ちょっと折り入ってお願いがあるんだけど……』


 2年前、彼女——仲良くなったと浮かれていたあの人との関係が、俺の家柄目当てだったと思い知らされたあの時に、俺は感情のその部分(・・・・)に蓋をした。


 ……もう、あんな思いをするのはごめんだ。


 だから、騙される前になんとか避けようと思っているのに。


「ねえ、どう……かな?」


 浅見は俺の制服の袖口をきゅっとつまんで追い討ちをかけてくる。


「……分かったよ」


「やったぁっ!」


 まだ嫌なことをしてきていない浅見の誘いを断る権利は、同じくまだ俺にはないのだ。


「すぐに準備するね、ちょっと待ってて!」


 本当に嬉しいような顔をして自分のカバンを取りに自分の机に戻る浅見に、早速俺は気を引き締め直さないといけなかった。


 



 そして帰り道に、雑貨屋の前を通りがかった時。


「ねね、ここ寄ってもいい? 寺園くんに見て欲しいものがあるんだ」


「俺に……?」


「うん」


 そう言いながら、お店の中に彼女は入っていく。……寄ってもいいとは言っていないのだが。


「ほら、これっ! 寺園くんに似合いそうだなあって思って」


 浅見は靴下を一足《いっそく》、俺に見せてくる。


 制服に合わせても違和感のないデザインだが、ワンポイント入っているペンギンのキャラクターが印象的な一品だ。


「これ、いいな……」


 俺はペンギンが好きだ。


 ペンギンは良い。


 何が良いって、鳥なのに飛べないのが良い。それの何が良いのかは知らん。


 ……もしかして浅見は、俺がペンギン大好き人間だって知ってるのか?


「どうして……?」


「んー? 何が?」


「ああ、いや……」


 恥ずかしいことを口走りそうになった。


 値札を見ると、1足で500円、2足で700円。


 と、その時、


「わたしもおそろい欲しいなあ……」


 浅見が唇に指をあてて呟いた。


 そこで火照《ほて》りかけていた頭が冷静さを取り戻すのを感じる。


 ……ついに尻尾《しっぽ》を見せたな。


 ここできっと浅見は俺にたかってくるのだ。


 想定される問答はこうだ。


『ねえ……ダメかな?』

『ダメっていうか……別に何を買おうと勝手だけど』

『わたしね、寺園くんからプレゼントされたい』

『え?』

『自分で買うんじゃ意味がないんだよ。寺園くんからのプレゼントで、寺園くんとおそろいのが持ちたいの。それに、ほら、2足なら700円でお得だよ?』

『いや、俺が払う金額は200円増えるんだけど……』

『ダメ……かな?』


 そしてウブな俺はまんまと騙されて絆《ほだ》されて買ってしまうというわけだ。


 ……2年前(あの日)までの俺なら、な。




 目の前の浅見は俺の想定通り、


「ねえ……ダメかな?」


 そう呟いた。完全一致だ。


「ああ、自分で買えよ」


 よし、きっぱり断れたぞ。


「え? いいってこと?」


「……え?」


 想定と違う問答にふいをつかれる。


「もちろん、自分で買うよ? おそろい、わたしが持っててもいいの?って」


「も、持っててもっていうか……別に、浅見が何を買おうが俺に拒否権はないっていうか……」


 想定外の返答にしどろもどろになる俺を横目で見て、頬をあからめて、


「でも……みんなに『おそろいだね』って、からかわれちゃうかもよ?」


 そう言った。


「それは浅見も一緒っていうか……浅見こそ、それでいいのか?」


 ……いや、なんでそんなこと訊いてるんだ、おれは? その質問、意味なくない?


「わたしは……」


 自分の発言に狼狽する俺をよそめに、照れくさそうに、伏せ目がちになる浅見花音。




「……からかわれたい、かも」




「っ……!」


 なんだ、この気持ちは……!


「う、うん。じゃ、買っちゃお? ここでやっぱりやめるとかナシだよ?」


「あ、うん……」


 一足だけ持ってレジに向かって2、3歩進んでから、頬を膨らませて振り返ってくる。


「早く来てよ、一緒に買うんでしょ? 350円ずつで。せっかく安くなるんだから」


「あ、うん……」


『あ、うん……』botになってしまった俺は、レジで微笑ましそうにされながらお会計を済ます。


 外に出ると、


「はい、お代」


 と、俺の手のひらを下から握って、しっかり350円をつかませてくる。ていうか、『お代』って。


「んへへ、おそろい、買っちゃった……」


 心底嬉しそうに微笑む浅見をみて思う。


 ……いや、これはまだ信用作りだ。


 そりゃ、350円の靴下が欲しいくらいで俺とわざわざ一緒に帰るだなんて、ギブとテイクがマッチしなさすぎるもんな。


 俺が心を許してしまったその時に、きっともっと大きな交換条件が提示されるに決まってる。


「ねね、明日履いてきてね?」


 ……なあ、このハニートラップのネタバラシはまだか?


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