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彼のたいせつな、…。  作者: あぐり りょう


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プロローグ

新連載、朝比奈玲は恋を知らないに登場する景とユリ(瑠璃)の恋愛模様です。よろしくお願いします

 見ていて飽きない。

 少し、熱を帯びている目。

 黒、いや。

——違う。


 揺れる。

 深い、青。


 話の内容はどうでも良い。

ゆらゆらと変わる色に目が離せない。

 コレはただの石でもガラスでもない。


 もっと深い感情ならば、もっと違う色になるのだろうか。

 澄んだ声はどんな音色に…。


 見てみたい。

 もっと。


【数ヶ月前】


 この石はもう駄目だな。

飽きた。


 少し繁華街から奥に入った、古臭く人の来ない喫茶店。

 年季の入ったテーブルを挟んで座っている人物を見る。

 先程から何か喚いているが、黙って欲しい。


 気難しいマスターが煎れた香り高い、最高のコーヒーが台無しだ。


 磨くまでもなく、クズ石だった。

 いや、見た目が良いからガラスか。


 予想外の変化もなく、ここで終わらせる。

 無駄だ。


 コーヒーをテーブルに戻して、窓から外を見る。

人の往来を眺めて、やり過ごしている。

 何かに目が止まった筈が、どれかわからなかった。

 気には留めずに、コーヒーに視線を戻す。


 いつの間にか向かいの席が空いていた。


 駅前の大型書店。

探し物は、ネットにはない。

 実物の中にしか、残らないものがある。


 それが、いい。


 目当ての棚の前に女がいる。


 背伸びをしている。

不安定な体勢で、手を伸ばすが届かない。


 どうやら掴もうとしている本は、俺の探していたものだ。

 そのまま、近づく。

迷いは、ない。

 手を伸ばし、抜き取る。

 女の指先が、わずかに、空を掴む。

「……っ」

 何か、言いかける。

 視線が、一瞬残る。


 女は首を、振る。

それで、終わりだ。

 お互いその場から去っていく。

そんな、日常的な事などすぐに忘れる。


 ある日舞い込んできた、『懇親会』という名の接待。


 箱根で、ゴルフ。

 朝が、早い。

 宿泊する。

予定は、すでに決まっている。


 先方の希望で、宴席に何人か花を呼んだ。

必要な範囲だ。


 宴会の開始に花が揃う。

 口上。

 一斉に笑顔で散らばる花々。


 上座には、一番人気の——カオリ。

ジルコン。


 食指は、動かない。


「こんばんは、ユリです。どこからいらしたの?」

甘い声。

 いつの間に席についたのか、気配がしなかった。


 ——石か。

暗い。

判別が、つかない。

 ガラスかもしれない。


 宴も、回る。

席は崩れ、群れができる。


「さゆりちゃん、ちょっとその顔はダメよ」

オロオロした声と笑いが、重なる。


 自社の若手達の席だ。

ちょうどいい。


 ビール瓶を手に、向かう。

「アップ〜!」

 ユリと向かい合うのは部下の朝比奈か。


「ユリさん、顔変わってないから」

朝比奈が吹き出す。

「あっ、ごめんなさい」


 首を、傾げる。

 ずれている。


「ウチの姉さんは、コレでいいんですぅ」

 花の中ではかなり若い、『さゆり』だったかが庇う。

その様子にまた笑い声が響く。


「盛り上がってるな」

「部長!」

若手達を相手に酌をする。

「睨めっこか?」


 輪に、入る。

その時——


「キミ達、この後カラオケに行こう!」

 上座から先方の声がした。

 横に寄り添う、カオリが勝ち誇るように薄く笑う。


「手配しなきゃ」

「姉さん、私が…」

「大丈夫。ちょっと失礼します」

 ユリが、音もなく消える。


 男達は、品評を始める。

「俺は、一番人気のかおりん。相手にされてないのが良いでーす!」

「俺はさゆりちゃん!キミでーす!」

「イェイ!うれしぃ!」

「部長は?」

「俺は、いい」

 一応、婚約者がいる身だ。

「あっ、ですよね」

「俺さ、マジでユリさん気になる」

 朝比奈の声。

「さっき、睨めっこしてたんだけど、目がさ多色っていうか——。アレは泣かしたくなるなぁ。今日の俺のおかず」

「エッチー!ウチらの姉さんが、穢れる!」

 瞬時にさゆりが抗議して笑いが起きる。


——多色。


 朝比奈が言った、多色。

さっきからずっと引っ掛かる。


 二次会はホテルのバーのカラオケ。

先ずは確かめるために…

「部長!久しぶり歌聴いたいです!」

 若手達の調子がいい囃子に乗ってユリに、

「キミ、デュエットできる?」

「はい。一応…」

素早く、目当てのナンバーを入力する。


 小さな声で、返事をするので、音程の悪さを覚悟する。

 確認したいのは、声ではない。


 ユリと寄り添う。

始まる、偶然居酒屋で出会った歌。

 かなり昔の歌だが、接待用に覚えた。


 彼女もそうなのだろう。

澄んだ声、歌詞も見ずに歌詞通りの仕草で動く。

 こちらを見る。

 見つめる。


 バーにある時代遅れのミラーボールの光が反射して、煌めく。

 色が、決まらない。

 目が、離せない。


 自然と腰を引き寄せる。

 真上から覗き込む。


 彼女は目を伏せる。

 身長差を使い上から、覗く。


 伏せる。

 逃げる。

その一瞬。

——惜しい。


 触れそうで、届かない。

思わず口付けてしまいそうなユリの表情。


 なるほど、これは気になる。

いつの間にか曲が終わっていた。


「部長!抱いて!!」

無礼講と言う事もあり、酔いと一緒に自社の若手達が野次ってくる。


 彼女は自然に離れ、違う席に座る。

隣りに座る相手に曲を勧めている。


 どうしてか、目で追いかけてしまう。


 隣りに座る朝比奈が

「俺もデュエットしてもらお」

と呟く声が聞こえた。


少し不快だ。


 暫くして、

「部長、俺達三次会行こうかって話してるんですが」

そう言って営業部の若手、高橋が誘ってきた。

「いや、楽しんできなさい」

と、財布から札を握らせる。


「っス。ありがとうございます」


 ユリとさゆりのいる集団に戻って行く若手の姿を自然と目が追う。


 ユリが首を振る。

さゆりと顔を見合わし、朝比奈に顔を近づけて何事か話す。

 笑う。


 何か面白くない。

目線を外し、ロックのウィスキーを飲み干す。


 席を立つ。


 外に出ると、話し声が聞こえる。

「ママ、お席空いてるかしら4人で、そう…」

「ほんと?困ったなぁ…」


 ユリだった。

いつあの輪から抜けて出てきたのだろう。


 しばらく見ていると、

「ありがとう、考えます」

通話を終えて、画面を見つめている。

「……場所、ないの?」

はっとした様子で振り返る。

「聞こえましたか。すみません……」


 一瞬目が合い、伏せられる。


「俺の部屋、続き間あるから。よかったら部屋飲みにしないか?」

 少し間があり、迷うように首を傾ける。

「ご迷惑じゃなければ…」

「あぁ」

「ありがとうございます。電話します」

 

くるりと背を向け通話する

「ママ、ユリとさゆり。二十三時——」


 急遽飲み部屋になった所を手際よく整えていく。

内線で酒とツマミを注文する姿をただ見ている。


 結局、内輪の人間とユリとさゆりが来た。

花の追加を聞かれたが断った。


 若手達はさゆりとゲームしている。

よくある、ゲーム。

騒がしい。


 ユリはこちらに来て、静かに隣りに座っている。

会話がなくても、成立する静寂に満足する。

 しかし、何か違和感を覚える。

——視線が、止まる。

 ユリの胸元の帯から出ているものが気になった。

「失礼」

 そう言って、触れる。

「ひゃっ」

小さく、跳ねる。

「いや、これが気になって」


 手の中にある栓抜き。

繋がれた、小さな歪んだマスコット。

「あぁ。チャッピー」

「チャッピー?」

「栓抜きを無くさないように目印を付けているんです、これは手作りで…」

 不器用なのか、不揃いで歪。

「近所にいる猫さんで…」

 猫。…なのか。

わからなかった。

 彼女は饒舌に語る。

こちらをしっかり見て。

近い。


 少し、熱を帯びている目。

黒か、いや何か——違う。


 揺れる。

 深い、青。


 話の内容はどうでも良い。

 コレはただの石でもガラスでもない。


俺の原石。


 もっと深い感情ならば、もっと違う色になるのだろうか。

 先程聴いた、澄んだ声はどんな音色に…。


 見てみたい、できれば今すぐ。


 隣りの喧騒が意識を戻す。

内心舌打ちする。


 軽い足音が近づく

「あ!お兄さんダメダメ!ウチの姉さんは皆んなのモノです。独り占め、ダメ!絶対!」

 さゆりが来て、ユリを連れ出す。


 手の中の栓抜きを見つめる。

猫。

……かわいいのか?

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