カゾクと最後の晩餐
第4回、カゾクと最後の晩餐です。
どうぞ!
※6月30日に細かい文章修正を行いました。話の筋は変わっていないので読みなおさなくても話は繋がります。
執事が二人を呼びに来たのは日が完全に落ちるかどうかという時間、夕食の誘いだった。
部屋でそれぞれの事をしていた竜胆と紅井は、並ぶ食事に期待しながら客室を後にした。
「おぉ、これはこれは……今日も豪華ですね」
二人の前に並び広がるのは色鮮やかな中華の数々。
思わず竜胆は口笛を一吹き、隣にいた紅井も開いた口が塞がらないようだった。その様子に招いた円条寺家の面々も満足したように微笑んでいた。
「ほっほ、二人とも座りなさい。旨い料理は温かいうちに食べねばな!」
辰巳は二人を招き入れる様に大きく手を広げて着席を促す。二人は嬉々としてその言葉に従い椅子に座った。
「竜胆探偵、今日は日和を連れて林の方へと行ったと聞いていますが、何か収穫はありましたかな?」
「いやはやこのエビチリがなんとも……え? あ、今日ですかっ! そうですね、今日の調査で盗人ではなく愉快犯である可能性が出てきましたね」
ほぅ、と訓行は商品を見定めるかのように竜胆を眺める。紅井と皐月は竜胆の言葉に疑いの眼差しを向けるが、視線だけで言葉を発する事はなかった。
「因みに、後何日程度で解明できそうですかのぉ?」
一番の上座に居た辰巳が顎髭を指で梳きながら問いかける。目を細め、口角を吊り上げた表情からは竜胆に対する期待と懐疑の念が込められていた。
竜胆は老人を一瞥すると、鉄鍋で焼かれた餃子を一つ口に放り込み、飲み込む。
「後……三日以内には、必ず」
老人をしっかりと見据え、言い放った。
「竜胆さん、あんなこと言ってしまってよかったのですか?」
風呂上りの紅井はドライヤーを髪に当てながら竜胆に語りかけていた。
あんな事、とは当然『三日以内に』と言い放った食卓での一言。
「なぁ、紅井……この家族を見て、どう思う?」
「それよりも私の質問に……」
「いいから……どう思う?」
竜胆の答えになっていない返答に紅井は声を少し荒げるが、いつになく真剣な表情の竜胆に押されてしまった。
「この家族、ですか……そうですね、強いて言うならこの家族には皐月嬢が存在していませんね」
「よく分かっているじゃないか。そう、この家族、厳密には日和ちゃんを除いてだが、皐月がいないモノとして回っている。邪魔者扱いじゃない、折角あるのに……無くしているんだ」
竜胆は一言一言をしっかりと、区切る様にして言葉を放つ。
言い終わった竜胆は親指の爪をガリッと強めに噛んだ。竜胆のイラついた時特有の行動に、紅井はある事を思い出して息を飲んだ。
「竜胆さん、落ちついてください」
竜胆の手を両手で包みこみ、優しく語りかける。紅井の言葉に気を取り戻した竜胆は、頭を下げて謝っていた。
「あぁ、事件に関してだったな。そっちの方は既に九割方解決しているさ」
「……昨晩も同じ事をした気がしますが、驚いた方がいいですか?」
呆れ返る紅井を放置して竜胆はカメラを取り出した。紅井と竜胆は二人してカメラを覗き込む。
「庭から撮った林の写真ですか……これがどうかしたんですか?」
「落ちている枝や、折れている枝に注目して欲しい。殆どが手前に向かって落ちているだろう?」
竜胆の指し示す枝はその殆どが写真の手前、つまり屋敷側に落ちていた。竜胆が林で落ちている枝を調べていたのはこれを見る為だったのだと説明する。
「通常、外部からの犯行なら行きは見つからないように慎重に、帰りは急いで帰るはずだ」
「成程……だったら枝が折れる向きは壁側、つまり外に向かっていなければおかしいと言う訳ですね」
紅井は得心したように何度も頷いていた。
「そうだ、そこから内部の人間の犯行である線が濃厚になって来る。ガラスの件に関してもあの場で言ったが……防犯ガラスを狙うメリットが少なすぎる」
竜胆はカメラをベッドへと放り投げて、自分も一緒にダイブした。
「あぁ、そういえば……林を探索していた時も皐月はやたらと外部の人間の犯行だと強調していたな。それに、事件当時日和ちゃんは自室に、皐月は事件近くの部屋に居た……」
「では、やはり犯人は……」
「でもやっぱり、一つ……」
竜胆が言いかけた、その時。
ガッシャァアアアアアン!!
庭の方から何かが砕け散る音が響いた!
「何だっ!」
竜胆と紅井はベッドから跳ね起き、勢いよく扉を開け放つ。
若干のまどろみの中に居た二人の意識は一瞬にして覚醒し、二人は裸足のまま誰もいない廊下を疾走していた。
月明かりが差し込む長い廊下を二つの影が駆け抜ける。
「くそっ……! どうしたってんだ!」
「また……襲撃でしょうかっ、はっ」
次の角を曲がれば通れば庭への廊下にたどり着く、と言ったところで別の角から現れた人影に竜胆は激突した。
二人は別方向へと飛ばされ、紅井は咄嗟に人影の方を抱え込んだ。激しい音を立てて廊下を滑る三人。
「ぐっ……!」
「きゃぁ!」
「大丈夫ですか?」
紅井が咄嗟に抱え込んでいたのは皐月。彼女も急いで来たのか寝間着姿だった。
「くそっ、紅井……そっちは任せた!」
「分かりました、竜胆さんは先に!」
激しく打った膝頭を擦りながら、竜胆は現場へと駆けつける事を優先した。背中にまるで粘土の様なドロっとした汗が流れおちるのを感じ、ひたすらに手と足を振る。
曲がり角を曲がったところで竜胆が見たのは、開け放たれた辰巳の部屋の扉と、その前で座り込んでいる日和の姿。
「日和ちゃんっ!」
半ば放心している日和が返事をする事は無く、ただただ震えていた。
部屋の前へと辿り着き、竜胆は日和の視線の先に目を移したが……、
そこにあったのは
床に倒れ込み動かなくなった
円条寺辰巳の、まだ少し暖かさの残る、体だった。
辰巳老がお亡くなりになってしまいました……。
そして次回は少しばかり暗めの回になりそうです。
では次回もよろしくお願いします。
あ、次話更新は6月26日0時か27日0時を予定しています。




