侵入経路、円条寺辰巳
竜胆達は現場検証へと足を向けます。そこで得た情報はどのような意味を持つのでしょうか。
では第3回です。
※6月30日に細かい文章修正を行いました。話の筋は変わっていないので読みなおさなくても話は繋がります。
竜胆達が円条寺家に来てから4日目の朝……。
「今日は何をするつもり?」
「ん~、そうだなぁ……。今日は以前皐月の言っていた屋敷侵入の事で、現場を見ようかなと」
「普通なら最初にする事だと思いますが……」
紅井の冷たい口調に再び冷や汗を流す竜胆だったが、聞かなかった事にして先に進んでいく。
円条寺家の庭は広い。家の周りは軽い林に覆われており、事件当時のままの様相を示していた。
「さて、まずは林を見て回るか」
四人は犯人が逃げ込んだと言う林へと、足を踏み入れて行ったのだった。
林に入ってすぐ、竜胆は紅井からカメラを受け取り、現場写真を撮り出した。
「やはりカメラの一台くらい欲しいな……機材を依頼主から借りるってのは何か違う気がするぞ」
「では竜胆さんの自腹で払いますか?」
「やめとく……」
竜胆は小さな溜息を何度も吐きながら林を写真に収めていく。
「な、なんでそんなに撮っているんですか?」
日和の勇気を振り絞った小さな声に、竜胆は一旦カメラを下ろした。
「今から俺達がここに入るんだ。もしこの状況が証拠になるのなら、俺たちは今から証拠を壊しながら進む事になる。そこでカメラに収めておくって寸法さ」
口を開けたまま頷く日和を尻目に竜胆は先へと進んでいく。
暫く進んだところで、今度は皐月が何かに気付いた様に「あれ?」と呟いた。
「なんだ?」
「えっと、大したことじゃないんだけど……枝が色んな方向に折れているのはなんでだろう、って」
確かに、皐月の言うとおり枝は一方向のみではなく多方向へと折れ曲がっていた。竜胆は一旦止まり、顎に手を当てる。
「ふむ……侵入者が同じ道を行き帰りで使ったんだろう。なんでここまで一緒なのかは理解できないが、そう考えるのが妥当だろう」
「つまり、侵入者はこの先にある壁から入って出て行ったのね」
「ま、まぁ……そうだな」
答えを探りだして感動しているのか、皐月は口調が少し強くなっていた。
その後も竜胆は折れている枝や壁を調べてから元の場所へと戻っていった。
木陰に入ると竜胆は林に背を向け、三人へと口を開く。
「ひとまず、事件当時の状況を確認しておこうか。不審者の襲撃があったのは五日前の深夜零時過ぎ。不審者はこの林から侵入し、二人の祖父である円条寺辰巳の部屋付近の窓を割って侵入したものの何も奪わずに逃走。警備会社のメンツに関わるのか警察には連絡せず、これでいいな」
「はい、第一発見者は円条寺皐月。更に玄関からの正面突破はセキュリティ上不可能だと考えられます」
竜胆の言葉に紅井が付け足し、皐月達が頷いた。
「因みにその時皐月は何をしていたんだ?」
「私はお爺様と一緒にお爺様の部屋にいたわ。毎晩のお薬を届けるのは私の役目だから。一番近い部屋に居たから着くのも早かったの」
「そうか……因みに日和ちゃんは皐月と一緒の部屋にいたかい? それとも自室で休んでいた?」
「私は、皐月ちゃんと一緒の部屋には……いませんでした。あの夜は、あまり……その、体調が優れなかったのを覚えています」
二人の証言を竜胆は頭の中にしっかりとしまうと一度右手の親指と中指を打ち鳴らした。
「さてここで問題だ。なぜ、泥棒サンは何もせずに帰ったのでしょうか……二人はなんでだと思う?」
「時間が足りなかったんじゃない?」
「え、えっと、盗む事が目的では……なかった、なんて事ないですよね……」
言ってから後悔したのか日和は自分のスカートを弄りながら俯く。皐月は竜胆を睨みつけるが、当の竜胆は驚きを隠せないようだった。
「いや驚いたな……俺もその考えなんだ。一応時間が足りなくて逃げ出した、という考えもなくはないんだが。恐らくそれはないだろう」
「なんでよ……」
今度は皐月の方が膨れっ面を竜胆へと向ける。自分の意見が一蹴された事が気に入らないようだ。
竜胆は軽くため息をつくと皐月へと一本指を立てて突き出した。
「まず一つ、円条寺と言えば警備会社として有名だ、そんな家を狙うやつがいるか? 俺なら狙わないな」
皐月が指に怯んだ隙に口早に語りかけ、二本目の指を立ててブイサインを作る。
「仮に狙うとしたら余程金に困っていてどこでもいいからと侵入した奴か、実力を試したい奴のどちらかだろう。前者ならとっくに捕まっているか何かを手にするまでは逃げないだろう。だが後者に関しては技術が稚拙すぎる」
ブイサインを引っ込めると、紅井から受け取ったファイルから写真を一枚抜き出した。
そこには割られた窓ガラスとその周囲の写真がある。
「まず、割られたガラスについてだが……これは防犯ガラスと言う特別なガラスでな、強化ガラスとは物が違う」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる二人に苦笑を浮かべる竜胆。説明する為に四人は現場へと向かった。
「これが、防犯ガラスだ」
ガラスを軽く叩きながら竜胆は紅井に視線を送る。
「防犯ガラスとは強度が高く、貫通しにくい加工をされたガラスの事です。大体十発以上ハンマーで強打しなければ割る事が出来ません」
紅井はそらで言い切ると、資料をめくり一枚の紙を取り出す。
「記録を見ますと最近この辺りのガラスのみ、強化ガラスから防犯ガラスに変えたとの記録がありました。モニターを兼ねてなのか枚数自体は少ないですね」
資料を閉じ、これでいいですかと言わんばかりに竜胆に視線を返した。
「加えて言うと防犯ガラスは他のガラスと見分けがつくようにマークが付いている事が多い。今回のガラスもそうだな」
竜胆は一度右手の指を打ち鳴らし、目の前の二人に語りかけた。
「つまりだ、プロの泥棒サンならまず侵入し易い強化ガラスを狙うんだよ。わざわざ防犯ガラスを狙う奴なんて、いない」
「ほぅ、探偵を呼んだと聞いたが……なかなかどうして、頭は回るようじゃの」
「お、お爺様! お体は大丈夫なのですか?」
突然窓が音を立てて開いたと思うと、四人の頭上からしわがれた声が響く。顔を出した老人は顎髭を触りながら竜胆達を見下ろしていた。
日和の慌てたような声に微笑みながら、老人は頷きを返す。
「おぉ、儂の可愛い孫娘ではないか。ほっほ、部屋の前に出てくる位は訳ないわい」
「貴方が、円条寺家の長……円条寺辰巳さんですか」
「ほっ、そうかしこまる必要はないぞ、竜胆秋生殿。先程の様に推理を続けてくだされ」
竜胆のこめかみがピクリと動いた。
「竜胆さん……落ちついてください」
紅井の言葉で竜胆は自分が目の前の老人を必要以上に警戒している事に気がついた。無意識に口へと持っていきかけていた右手をゆっくりと降ろす。
「あぁ……すまない。では続きだが、先程言った事から盗人の線は限りなく薄い。そこで可能性として浮上してくるのが……」
「愉快犯、もしくは恨みをもった人間の犯行ってところ?」
竜胆に被せる様に皐月が口を開いた。竜胆は一瞬眉をひそめるが、気を取り直して口を開く。
「まぁそんなところだ。何か恨みを持たれるような事はありますかね?」
開いた窓へと言葉を投げかけ、反応を待つ。老人は髭を一撫で、思案するような表情を見せるとゆっくりと口を開いた。
「……儂も一企業の長じゃ。恨まれる可能性等、あり過ぎて困るのぉ。最近では儂を退かせようとする動きも多いようじゃ」
何が多い『よう』じゃ、だと呟きながら竜胆は頭を回転させる。
「と、なるとやはり何かしら恨みを持った人間が忍びこんで、何かしようとしたが時間が足りずに逃げ出した」
「もしくは分からないだけで目的を達成しているか、ね」
再び被せてきた皐月は誇らしげに、竜胆はまたお前かといった表情で口を歪める。だが竜胆自身の考えと同じだったのか、文句は言わずに話を続けた。
「その線で考えていこうと思っている。今日はこの辺で終わりかな」
右手の指を打ち鳴らして解散を告げた。それぞれがそれぞれの場所へと帰ろうと向きを変えていく。皐月と日和が去った後に竜胆は辰巳を呼びとめた。
「なんじゃ?」
「一つお聞きしたい事があるのですが……事件のあった晩、貴方は一人で部屋にいましたか?」
「……いや、部屋には居ったが、一人ではなかったのぉ。孫娘と二人でいたわい」
「となると皐月が部屋にいた事は正しいのか……」
「ん? 何か言ったかの?」
「いえ、何でもありません。それでは失礼します」
竜胆と紅井は庭を後に、客室へと戻っていった。
『侵入経路、円条寺辰巳』でした。
今回は状況説明が多い回だったので面白みは薄かったかもしれません。
次回、遂に事件は動きだします。
竜胆達に降りかかる事件、円条寺家はどう変わっていくのでしょうか。
更新は23日0時か24日0時を予定しています。




