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円条寺家のセカイ

 円条寺家の生活、家族に竜胆達は何を見るのでしょうか……?

 それでは第二回どうぞ。


※6月30日に細かい文章修正を行いました。話の筋は変わっていないので読みなおさなくても話は繋がります。




「嘘つきを、見つけ出して欲しいんです」


 それが、少女の依頼だった。



 奇妙と言えば奇妙な依頼。しかし皐月の瞳は真剣な光を湛えている。

 竜胆は改めて皐月の依頼に耳を傾けた。


 皐月の話が終わり、お茶で一息ついた竜胆はゆったりと背中をソファーへと預け、天井へと視線を上げた。

 ここで煙草でもふかしていれば探偵っぽいのだろうかなどと、どうでもいい事を考えながら情報を一つにまとめていく。


「つまりだ、円条寺さんは自分の身の回りの人たちの中に嘘つきが一人紛れている、それが誰かを見つけて欲しい……そういう事かい?」

「はい、事情を今話す事はできませんが……いずれお話できると思います」



 皐月の話すところによると、身の回りの人間というのは皐月自身を含め六人。

 まずは皐月自身。そして皐月の妹、両親、祖父、最後に円条寺家に仕える執事。

 この六人の中に嘘つきが紛れている。



「しかし嘘つきを探すと言っても、隠れて観察するだけでは流石に難しいんだが」

「その事ですが、竜胆さんには私の家へと住み込んでもらうつもりです」

「……はっ?」


 皐月の当然、とでも言いたげな表情に思わず竜胆はお茶菓子を取りこぼす。以前、依頼人から礼にもらった和菓子が小さな音を立てて机の上に落ちた。


「先日、円条寺家に何者かが侵入する事件がありました。幸いにして何かが盗まれる事はなかったのですが……」

「警備会社を営む家が外部の人間の侵入を許した事自体が問題だと」


 無言で、皐月は静かに首を縦に振った。


「その調査、という名目で竜胆さんには来ていただこうかと思います」


 少しの逡巡の後、竜胆は紅井と顔を見合わせてお茶を一口。


「竜胆探偵事務所、喜んで力をお貸ししましょう」


 手を繋ぐ二人の顔には、笑みが浮かんでいた。

 その笑みが違う意味を持つ事に気がついたのは……紅井だけだったが。




「ふかふかの布団、広い部屋……そして、旨い料理っ! 何もかもがあの事務所とは違うな」

「では戻ったら竜胆さんが食事を作ってくださいね」

「紅井、いたのか……」


 竜胆達が円条寺家に住み始めて三日が経ち、二人は上流階級の生活を満喫していた。

 円条寺家があるのは、彼らの住む町の西部に広がる富裕層が多い住宅街。ジメジメとした裏路地とは違い、爽やかな空気が二人を包み込んでいた。


「で、竜胆さん……念の為聞いておきますが、調査の方は進んでいるのでしょうか?」

「嘘つきの方か?」

「えぇ、私の眼には何もしていないようにしか見えないのですが」


 紅井の攻めるような視線に竜胆は髪を一掻きすると布団から起き上がる。


「ま、八割方だが……嘘つきは依頼人本人、つまり円条寺皐月だろうな」

「えっ……!」

「紅井、嘘をついた事がバレた時にはじめて、そいつは嘘つきになるんだよ」


 やれやれ、という様に手を左右に広げ首を振る。


「依頼主は嘘つきがいる、と断言した。つまり、少なくとも依頼人には分かっているんだよ、嘘つきが誰なのか」

「だからと言って……」

「だから八割って言っただろうが。それにまぁ、嘘つきが誰か分かっているのなら自分でどうにかするか、最初から俺に言ってくるだろうさ。それが無いって事は……そういう事だ」


 いそいそと布団にもぐりこむ竜胆を無言で見つめ続ける紅井だが、当の紅井もしっかりとバスローブに身を包み、パックをしている。

 しっかりと、生活を堪能している二人だった。


「何かに、気が付いて欲しい……って事なんだろうな」


 竜胆の呟きが、紅井に届く事はなかった。




「おはようございます、竜胆様」


 円条寺家に仕える執事の挨拶で起きるのも三回目、二人は大した抵抗もなく起き上った。

 今日が土曜日であろうと普段と同じ時間に起こされる。二人は普段よりも遥かに健康的な生活を送っていた。


「食事を一緒に取りませんか、と訓行様から伝言を預かっておりますが、如何しましょう」

「あぁ、俺もすぐに行くから伝えておいてくれ」

「了解しました」


 執事は恭しく一礼した後、部屋を後にする。紅井はいつの間にか着替える為にバスルームへと行ったようだ。

 竜胆自身着替える為に、若干の名残惜しさを残しつつベッドから離れた。


「さて、今日も一日……頑張りますかね」




 その日の朝食の席。竜胆は円条寺家の面々と食事を取っていた。


「竜胆探偵、調査の具合はどうですかな?」


 他愛ない談笑も少ない中、口を開いたのは父親の訓行のりゆきだ。 四十代後半にも関わらず、警備会社に務めているからかその肉体は程良く引き締まっている。


「えぇ、大分見えてきましたよ。まだ憶測ばかりなのでお伝えする事はできませんがね。……訓行さんこそどこか嬉しそうですが、何かあったのですか?」


 コーヒーをすすりながら竜胆は不敵な笑みを浮かべる。よく見ると首筋に冷や汗をかいている事が分かるのだが、それに気が付く者は幸いにもいなかった。


「お、分かってしまうかね? いやぁ昆虫の標本が趣味でね、今日は珍しい標本を知人から譲ってもらえるのだよ。それが楽しみなんだ」


訓行は口にしたカップを机に置くと、嬉しそうに語る。


「でも、まさか本当に来て下さるとは思いませんでしたわ。わたくし、在間さんが竜胆さんにお世話になったという話を聞くまでは都市伝説だと思っていましたから」


 訓行の後を継ぐように別の角度から声がかかる。訓行の妻、和美かずみだ。 貴婦人、とまではいかないものの、一目で上流階級と分かる佇まいをしている。


「はははっ、都市伝説ですか。私共ももっと頑張らねばなりませんね。ところでお二人は事件当時、どちらに居らっしゃいましたか? 参考程度に聞いておきたいのですが」


 乾いた笑いを浮かべながら、竜胆は隣の紅井を肘でつついた。その行為の意味するところに気がついた紅井は少しだけ体を竜胆へと傾ける。


「在間さんは、以前猫を探してあげたザマス婦人の事です」


 周りの人間には聞こえないように紅井のフォローが入る。いつもの事なので、紅井も慣れたものだった。


「私達はあの時、二人で食事に出かけていましたわ。ねぇ訓行さん」

「あぁ、そうだったな。家に帰ってきてからびっくりしたものだ」


 それから暫くは他愛ない会話が続いていたが、和美はふと思いついたように娘の方を向いた。


「ほら、日和ちゃんも竜胆さんに聞く事はないの? 探偵さんと話す事なんて滅多にないわよ」

「え、えぇっと……」



 和美はそれまでずっと聞き手に回っていた娘の日和ひよりに話を振った。

 普段から病弱で人と接する機会の少ない日和は未だに竜胆達に慣れていないようだ。以前竜胆と日和が二人っきりになった時は、あまりの重々しい空気に紅井が入るのを五分ほど躊躇った事もある。

 決して自分から話しかける事はなかったし、話したとしても返ってくる情報は曖昧で当たり障りのないものばかりだった。

 竜胆が皐月に聞いたところ「金持ちの娘なんて、家の重圧で高飛車になるか極度の人見知りになるのよ」と返ってきた。じゃあ皐月は高飛車な方か、と竜胆が返すと拳が返ってきたのはまた別のお話。



 それでも最初に比べれば大分慣れてきたようで、人に促されれば喋るようになっていた。


「竜胆さんは、皐月ちゃんの事を……どう思いますか?」


 だが口を開いたと思えば突拍子もない事を突然口にするから困ったものである。日和の言葉に一番驚いたのは竜胆ではなく皐月だった。


「なっ! いきなり何言ってるのよ!」

「ご、ごめんなさいっ!」


 今の今まで日和同様、全く言葉を発していなかった皐月は思わず立ち上がっていた。

 立ち上がってから自分のした事に気が付き、うつむきながら静かに席に着く。


「皐月ちゃんは……そうだね、元気でとても優しい子だと思うよ。でも、そんな事は家族の日和ちゃんの方が分かっているんじゃないかな?」


 竜胆は当たり障りのない台詞で日和の言葉をかわすが、日和はそれで満足したようだった。


「えぇ、皐月ちゃんは……大事な、家族の一員ですから。ね、お父様」

「……ん? なんだ日和、聞いていなかったよ」

「訓行様、そろそろ……」


 訓行は日和の言葉を聞いていなかったのか、読んでいた新聞から顔を上げ、時計を見てから立ち上がる。その返事はどこか台本を読んでいるかのようであった。

 竜胆は、静かにその様子を観察していた。


「訓行さん、お仕事頑張ってくださいね」

「あぁ、母さん、日和、行ってくるよ」


 訓行と執事は部屋から出て行き、食卓を囲むのは竜胆と女性四人だけになる。


「さて、私共もそろそろ調査にかかろうと思いますので失礼します」

「あ、あたしも付いていく。日和はどうする? 来たら?」

「え、えっと……い、行ってもよろしいでしょうか」

「遊びじゃないんだがな……まぁいいんじゃないか?」


 竜胆は困った様に頭を一掻きするが、二人の同行を許可した。


「日和ちゃん、体には気をつけるのよ」

「はい、お母様」


 和美に三人は送り出され、食卓を後にする。

 円条寺家に来て四日目の朝はこうして始まった。

 『円条寺家のセカイ』でした。


 更新遅れてすみません……、これが恐らくほぼ遅れないの『ほぼ』の部分です……(泣)

 次回からようやく推理らしい、と言うか事件に関わっていきます。

 次こそは予定通りにっ。と言う訳で、次回更新は6月21日か22日の0時~1時となります。


 それではまた次話でお会いしましょう。

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