第二十三話 終話
宿屋のベッドで木葉が寝転んでいる。彼女のことを見張るようにリリヤスは近くの椅子に座っていた。
木葉の心境は少し落ち着かない。耳や尻尾を忙しなく動かしている。
「稲荷寿司食べないの?」
言われ体を起こした。一個もらおうと立ち上がったところで、いつもと違う臭いが鼻腔をくすぐった。
漂ってくるのは街のほうから、それも貧民街の方向。何かが焼ける臭いだ。思わず身を乗り出して、外を確認する。
遠くに黒煙が上がっているのが見えて、嫌な予感が体中を駆け巡る。
窓枠を超えて、そのまま外に飛び出した。
「ちょ、ちょっと!」
リリヤスの声も聞かずに、ただ走る。屋根から屋根へと渡り、最短距離で目指す。
五分はかからなかった。貧民街を隔てる壁を乗り越える。
黒煙が立ち上る方向を見ると、それは孤児院の場所だった。悲鳴が聞こえ泣き声が聞こえる。周囲の貧民層の人たちが逃げ惑っている。
向かうとそこには甲冑を着た国の兵士たちがいる。彼らは孤児院に松明を投げ込んでいた。
その近くで男が一人高笑いをしている。
飛び出したい気持ちを抑えてシンディを探す。彼女の姿はすぐに見つかった。孤児院と一緒に燃やされていたのだ。
牙が立つ。歯ぎしりする。全身の毛が逆立つ。そんな木葉の背後から服を引っ張られた。
振り返ると、孤児院の子どもたちがそこにいる。
「シスターが皆を逃がしてくれたの……でもでも……」
泣くのを我慢しているその子たちが何を言いたいのかわかった。
彼女の理性はもう限界である。
飛び出し、近くの兵士に刃を突きつける。首筋を狙い、一突きで命を刈り取る。
ナイフを抜くと、血が周囲に巻き散った。
「なんだこの獣人!?」
兵士たちが気づき、一斉に襲いかかってくる。一対一や二対一なら負けない自信はあるが、複数となると多勢に無勢だ。すぐに地面に抑えつけられて、そのまま拘束される。
「小狐、私が誰だとわかって突っ込んできたかわかってるのであるな?」
ねっとりと耳につくような声に、思わず顔を上げる。そこに見えるのは、小男の見下すような視線だった。
「そんなの知らない! なんで孤児院を、シンディさんを!」
「ここが魔族の巣窟だったから、私が代わりに始末しておいたのである。この街には感謝してもらわねばな」
その言葉に歯ぎしりする。しかし、体を拘束されていて動かすことができない。暴れようにも、暴れられない。
悔しさで地面を握る。爪の跡が土についた。
「コノハ……さん……」
リリヤスの声が聞こえた。何とか見える範囲で顔を動かすと、リリヤスとルディが並んでいた。
リリヤスは驚いた表情を浮かべている。一方のルディは無表情だ。
「おお、ルディ。お主の代わりに私がしっかりと治安を守ってやったぞ、感謝するのである」
尊大な態度で大きな笑い声を響かせる。ルディは真顔で近づいた。
「そうですね……感謝します」
剣が閃く。何が起こったのか、木葉には分からなかった。
兵士たちが、一斉に血を流して倒れる。
「おかげで踏ん切りがつきました」
拘束が解かれた木葉が立ち上がる。代わりに男は尻もちをついた。
「お、おまえ……何をしてるかわかるのか!?」
「ええ、ここにはあなたたち以外の目撃者は僕たちしかいません。貧民街の人間たちもこんな仕打ちを受けて口を開かないでしょう」
「……んな! んな!」
迫ってくるルディから逃げるように、男は後ずさる。
「あなたは孤児院を焼いた。それだけで、裁かれる理由として十分です。王家の権威は、罪の免罪符にはならない」
「わ、私を殺すのか!? この、私を!?」
「ええ、それがルディ……ルディリックの勇者としての務めですから。世界の敵は滅ぼすだけです」
彼は剣を上げて、躊躇なく振り下ろした。
※※※※※※※※※※
木葉は燃える孤児院を見つめる。シンディも燃やされて灰しか残らない。
リリヤスが彼女の肩に手を置いた。その手も震えている。
「これが人間の求めてた正義?」
木葉の問いに考え、リリヤスが答える。
「そうね、残念だけど」
その言葉に反応するように、祈りを捧げていたルディが振り返る。
「でも、僕たちの正義は違う。それに世界を混乱に導く行為は、どれほど言い訳しても正義にはならないよ」
一拍置いてから。
「戦争に勝ったことは、正義の免罪符にはならない」
それだけ言うと、彼は立ち去る。その背中はどこか寂しげであった。
木葉は手を伸ばしかけて、やめた。焼かれた孤児院跡を見つめ、立ち上る煙を見上げる。
世界はこれを小さな事件として処理するだろう。木葉がどれだけ叫ぼうとも、回り続けるのだから。




