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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
4章 砂漠の玄関口ギナハラ〜ウカンド砂漠
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51話 情報収集

 その晩サミューは久々に姉の悪夢を見た。この頃は悪夢を見なくなっていたため、気を抜いていたのかより心に堪えた。目が覚めると案の定ノルとチラが心配そうに覗き込んでいる。


「お前達……気にするな、先ほどの女性達を夢で見てしまっただけだ」


「そうなの? 確かに押しが強かったものね」


「ああそうだな、正直怖いくらいの迫力だった。さあお前達は寝てしまえ」


 なかなか寝ようとしない2人をどうにか寝かしつけたサミューは、2人の寝息を聞きながらこれから眠る度、またあの悪夢を見るかもしれない不安を思い出し、恐怖に苛まれていた。


 幸いストンリッツではゆっくりと休めたので、このまま寝なくても何日か持つだろう。そのまま日の出を迎えたサミューは、まだ眠っている2人を起こさないよう書き置きを残し、朝食を買いに部屋を出た。


 ロビーを通り抜ける際に目が合った女将さんは、つけていた帳簿を腕で隠すようにもぞりと動いた。だがニンマリとした笑みを浮かべてこちらを見つめるその視線に、サミューはぞわりとしながら急ぎ足で宿屋を出る。


 大通りへ向かうためには避けては通れない歓楽街の辺りへ差しかかると、垂直にぶつかった横の路地から「あれっ? アニキじゃぁないれすかぁ〜」と声が聞こえた。サミューが声がした方を見るとジョンソンがぽりぽりと顎を掻いている。


「どうしたんれす、こんな場所でぇ? あっ言わないで俺当てちゃいますからぁ〜。ほほぉ〜アニキも男なんれすねぇ、だけど残念ながら夜のお店はもう閉まっちゃいましたよ」


 赤ら顔でへにゃりと笑うジョンソンをサミューは冷ややかな目で見る。


「お前ものすごく酒臭いぞ、どれだけ飲んだんだ?」


「え〜? いっぱいれすよ〜、ジョッキ1杯か沢山のいっぱいかアニキ当てて下さ〜い」


「はぁー、そこの水道で頭を冷やして来い」


 ため息をついてサミューが指をさしたのは住民が共同で使う水道だ。


「あ〜アニキ答えがわからないんっすね、ヒック……。それならそう言ってくださいよ〜、意地張っちゃってぇもうお子ちゃまなんだから」


「……そうかそうか、俺はお子ちゃまだからそんな事を言われては黙ってられないな。自分で頭を冷やせないのならば俺がやってやろう!」


 サミューはニコニコと笑うジョンソンをズルズルと引きずりながら水道の方へ歩いて行った。



 ♢♦︎♢



 その頃、目が覚めたノルは置き手紙を読んでいた。


「おはようチラちゃん。サミューさんが朝食を買いに行ってくれている間に、私達で今日の買い物先について情報収集をしましょう」


 チラは目をこすりながら手紙を見た。


「でもこれには宿屋から出ちゃダメだって書いてあるよ」


「だったらここで働いている人に聞けばいいわ。宿屋から出ないで済むしこの街に詳しいはずよね」


「そっかノル頭いいー! それに情報収集ってサミューみたいな言葉遣いだね」


「ふふふ、そうかしらー? オホンッ、どの街にも市場はあるはずだ、食べ物はそこでいいとして私たちは古着屋さんについての情報収集をしてみよう、なーんてね!」


 サミューの口調を真似るノルと大笑いをするチラは、部屋から出るとロビーへ向かった。



 ♢♦︎♢



「どうだ、頭は冷えたか?」


「ええ、おかげさまでバッチリと……」


 びしょ濡れでバツが悪そうなジョンソンは大きな手を叩いた。


「そうそう昨日の夜、街中でムーアのやつと会いましたよ。アニキも知ってると思いますが、今はこの町で極力目立たないように潜入を続けているって言ってました」


「そうか、それならば俺達も街中でバッタリとなんてことは無さそうだ。まぁムーアだけはあの2人に顔を見られてないし杞憂か」


 そんな話をしていると白い布がどこからともなくふわりと落ちてきた。2人は上を見上げたが何も見えないサミューは不思議に思いながらも白い布を手に取り、まじまじと見つめ仰天した。


「こっ! こっ!」


「どうしたんすか、そんなニワトリみたいな声出して」


「こっ、これは"ミエラの羽衣"だ! 間違いない、しかも特大サイズじゃないか」


 仕事上、美術品や貴重品に詳しいサミューが思わず興奮する"ミエラの羽衣"とは、とろけるような肌触りの白く透ける薄い布の事だ。日に透かすと、角度によりぼんやりと薄緑色に光る不規則な模様が大変美しく人気の高い品だが、この布の最大の特徴はその美しさでは無く出所不明な点だ。


 この布の入手方法は偶然落ちているものを拾う他なく大きさもまちまちなため、何度も再現を試みたがとても真似できない品だった。嘘か誠か持つと幸せが訪れるとも言われるその布は、いつしか敬愛の念を込めて女神"ミエラの羽衣"と呼ばれるようになっていった。


 それでも世間では似ても似つかない模造品が出回ってはいるが、価格は天と地ほど差がある。そのため"ミエラの羽衣"の出所を突き止めた者はひと財産築けると言われるほどだ。


「えっ? それがあの"ミエラの羽衣"?!」


 サミューは思わずジョンソンの脇腹を膝で小突く。


「声を潜めろ。こんな街中で持ち歩いているなど知られたら、間違い無く悪党に鵜の目鷹の目で付き纏われるような代物だぞ」


 サミューとジョンソンはとりあえず、ただの白い布と呼ぶことにして周辺の住宅に聞いて周ったが、迷惑そうな顔をされるだけで持ち主は見つからなかった。


「どうします? 俺はそんな布持ちたくないんでアニキが持っていてくださいよ」


 ジョンソンは困り顔で大きな体を縮こまらせ"ミエラの羽衣"から後ずさる。見た目に似合わず小心者のジョンソンにサミューはため息をついた。


「まったく、俺が持つからそんなにビクビクするな」


「へへへ……。君子危うきに近寄らずですよ、前にアニキが言っていたじゃないですか」


「まぁそういうことにしておいてやろう。お前には引き続き星祭りについての情報収集を頼んだ。それから……くれぐれも飲みすぎるなよ」


 サミューはジョンソンと別れると朝食を買いに大通りへ向かった。



 ♢♦︎♢



 ノルとチラは薄汚く静まり返ったロビーに着いた。宿屋の女将さんがタバコを吸いながら新聞を読んでいる他には誰もいない。あまりの静けさに居づらさを感じるくらいだったが、勇気を振り絞りノルは尋ねた。


「あの〜、どこかおすすめの古着屋さんってある?」


「中古の服ぅ?」


 タバコの煙を口から吐き出し気だるそうな宿屋の女将さんに、ノルはたじろぎながらも返した。


「え、ええ私たち旅をしているんですけどあまりお金の余裕が無くて。できるだけお安く砂漠越えに合った服を揃えたいのです」


 宿屋の女将さんは2人を値踏みするように見つめると、店の名前と宿屋からの地図を書いたメモを渡した。


「それならあたしの知り合いの店を特別に紹介してあげる。大通り沿いの自警団立ち寄り店の立て看板がある店だから行けばすぐに分かるはずだよ。この紙を見せてあたしの紹介だって言えば安くしてもらえるはずさ」


「お安く? わぁ、どうもありがとう」

「おばさんありがとう!」


「おばっ? お姉さんよー!」


 お礼を言って部屋へ戻る2人を宿屋の女将さんはヒクヒクとした笑顔で見送る。


 部屋に帰るとノルとチラは情報収集の結果を早く話したくてうずうずしながらサミューを待った。


 それからしばらくして朝食を持って帰って来たサミューに飛びつく。


「おかえりなさいサミューさん! 聞いて、私たち情報収集をしたのよ!」


 サミューはそれをスッと避けると床に敷いたマットの上に朝食を置く。


「お前達、落ち着け。朝食を食べながら聞こうじゃないか」


 サミューは2人にパンを渡すとジャムの蓋を開けた。


「でね、昨日サミューさんが中古の服を買いたいって言っていたじゃない? 宿屋の女将さんに聞いたらいいお店を紹介してくれたのよ」


 ノルはジャムをたっぷりつけたパンを頬張りながら、先ほど書いてもらったメモを得意気にサミューに手渡した。


「女将の紹介? ……ふむふむ大通り沿いの店か、それならまともな店だろう。 朝食を食ったら行ってみるか」


「うん、自警団立ち寄り店の立て看板があるからすぐに分かるはずだって言ってたわ」


「じ、自警団? ゲフン、ゲフン。 ……そ、それならば安心だな」


 サミューは自警団という言葉に思わず反応してしまったがどうにか平静を装った。お世辞にも治安が良いとは言えないこの街の自警団では、その取り締まりのため優秀な人材を多く雇っていることで有名だ。


「(花吹雪のスカーフ団はそこまで有名では無く、俺の顔も割れていないはず……)」


 二重の意味で警戒を怠る事が出来なくなったサミューは、荷物をまとめると2人を連れて大通り沿いの古着屋へ向かうため宿屋を出た。

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