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49話 展望室で

『ご乗船の皆様、間も無く夕日が沈むお時間となりました。 さて、本船最後部にございます展望室ではオレンジ色に染まる景色を一望する事が出来ます。 短い時間の絶景ですので、ご興味のある方はお早めに展望室へお誘い合わせのうえおいでください』


「上空から見る夕日だってさ、見にいこうぜ!」


「うんっ行く、行く!」


「それじゃあ、機関士のじっちゃんありがとな!」


「こらー、船内は走るなー!」


「はーい」


2人は機関室を出ると展望室へ向かった。


やはり上空からの夕日は魅力的なのだろう、展望室へ向かう人が多い。


途中の廊下でサミューとでくわしたので、エアはぷいっとそっぽを向いて横を通り抜けようとした。


「調子はどうだ、もう起きて大丈夫なのか?」


だが呼び止められたためエアはしぶしぶ振り返った。


サミューが心配そうにする顔は本当に歳の離れた兄のように思えたが、それが気にくわず思わず冷たく返した。


「へぇ〜意外、おま……あなたでも綺麗なものに興味があるのねぇ」


サミューは眉をぴくりと動かすと声をひそめた。


「もしかして先程食い過ぎを責めたことを気にしているのか? 悪かった、何もお前が苦しんでいるときに言うことでは無かったな…… まそれはさておき、元気なようで良かった」


エアが冷たくあしらってもサミューはノルの身体の事を気遣ってくれる。


サミューからお兄ちゃんとしての余裕を感じて無性に腹が立っていた。


『なんなんだよ、兄ちゃんぶりやがって!』


エアは生まれてからずっと自分の事をひとりっ子だと思っていたが、周りもほとんどがひとりっ子だったため気にしていなかったし、普通のことだと思っていた。


だがある日ノルという姉と、弟のようなチラができた。


初めは突然現れた姉と弟に戸惑ったが、エアにとって2人と兄弟でいられることは譲れない大切な事になっていった。


それは同年代の友達がいなかったからであり、2人がなんの抵抗も無く自分を受け入れ一緒にいてくれたからでもある。


妖精王の息子という周りからの目や縛りからひと時でも離れられるからでもあった。


ただ、それだけではなく2人といる事が何よりも楽しかったし、家族同然に愛している。


だがそこへまたしても突然兄弟が現れた。


今度はお兄ちゃんサミューだ。


今までは少し抜けていて頼りないノルとチラを助けることは、自分の役目だったはずだ。


しかも自分が力を失い眠っている間にずいぶんと2人はサミューに懐いたようだ。


ノルの記憶からサミューがどれだけ強くて大人で優しくて頼り甲斐があるかは分かっていた。


それと比べ自分は大きな魔法を1つ使っただけで力を失い情けない事このうえない。


エアは2人をサミューに取られたような気がして気に入らなかった。


「ああっもう、兄ちゃん気取りで心配したふりすんな! この身体の事なんて分からないくせに、ほっといてくれよ!」


「なっ…… 人が本気で心配しているというのに、お前こそ綺麗な夕日より食い気なんじゃないのか!」


サミューはそう言い残すと肩を怒らせながら展望室へ歩いて行ってしまった。


あっかんべーをするエアの服の裾をチラが引っ張る。


「謝った方が良いと思うよ。 今のでサミューに嫌われちゃったら、きっとノルが怒こると思うなー」


エアは頭に上っていた血がサァーっと引いていくのを感じた。


『あいつに謝るのは絶対に嫌だけど、ノルに怒られるのはもっと嫌だ! はぁ、やっぱりあいつに謝んなきゃいけないのかぁ……』


チラはエアの百面相を見て必死に笑いを堪えていた。





エアとチラが展望室へ着いたのは、地平線に金色の太陽が半分ほど隠れている頃だった。


地上の黒っぽいオレンジ色、地平線のごく僅かな赤からオレンジ色と黄色、まだうっすら明るい灰色がかった水色の空のグラデーションが素晴らしい。


上空にポツポツと見える雲は濃い灰色だ。


それから夕日はどんどん小さくなりながら地平線へ隠れて見えなくなった。


しばらく明るかったが、地上の色は濃い紫色へ、地平線は赤に、空の色が少しづつ薄い紺色へ変わっていく頃には部屋に灯りが点いた。


乗客がほとんど居なくなった展望室の端でサミューは物思いにふけったように外を見つめている。


夕日に少し勇気をもらったエアは、謝るなら今しか無いと意を決しサミューの方へトボトボと歩いた。


『ノルの旅が安全に続けられるように謝んなきゃな、それに……』


サミューの顔はちょうど影になっていて、表情が見えない。


いつもより足が重たく感じる。


自分が言い過ぎた事は自覚していたため、サミューの顔を見る事がいや、謝っても許してもらえないかもしれない事が怖かった。


サミューの事は大嫌いだが、一方すごい人だとも思っている。


認めたくはなかったが心の片隅ではお兄ちゃんとして気を許してしまっているのかもしれない。


『いやっ、そんな事ない!』


エアは頭を振ってその考えを振り払い、苦虫を噛み潰したような顔で俯きながらサミューをつついた。


「あのさ、さっきは言い過ぎたよ……」


サミューが振り返る気配を感じエアは恐る恐る顔を上げた。


「ああ、俺もお前に心無い事を言ってしまってすまなかったな」


困ったような表情で頭をぽりぽりと掻くサミューにエアは口を尖らせた。


「ずるいよ! お、私より先に謝るなんてさ、私にもきちんと謝らせて。 さっきはひどい事を言ってごめんなさい」


「気にするな、まあお互い様という事でこの件はこれで終わりにしよう。 ど、どうした……大丈夫か?」


サミューはギョッとした顔でエアを見ている。


「あーっ、涙が出てるよー!」


チラにそう言われてエアは慌てて目を擦った。


「えっ? 何のこと…… えっ?!」


エアも自分が鼻声になっている事に驚いた。


それまで自分が涙ぐんでいる事に気がついていなかったのだ。


サミューが許してくれた事で安心したのかもしれない。


「いやっ違っ、泣いてないよ。 チラ、これは汗だから」


「えー? でもそれは涙だって前にノルは言ってたよ」


「だから汗なの! 分かった?」


「ふぅん、分かったよー」


そうだ、きっと涙ぐんでしまったのはノルの体だからに違いない。


エアはそう思う事にして、目をゴシゴシと拭いて顔を上げた。


「や、やはり疲れているのではないか? さっきから調子がおかしいのはきっとそのせいに違いない」


オロオロするサミューを見てエアは笑いが込み上げて来た。


「大丈夫、大丈夫!」


『なーんだ、こいつも完璧人間じゃないんだな』


エアはサミューの人間らしい一面を見てどこかホッとした。


「あー、でも疲れたから客室に戻ろうかな」


「そうだな、ギナハラに着いたら起こしてやるからお前たちは少し休め」


「あーっ、子供扱いしないでくれ……ちょうだいよー」


「サミューありがとう! でもチラは立派なお兄ちゃんだよ?」


「ああ分かった、分かった」


そんな話をしながら3人は客室へ向かった。

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