5話 思い
それから3日後、朝日に照らされた村の大通りをノルとチラは歩いていた。2人はロエルの墓参りへ行く途中だ。
ノルの住むスカベル村はフィッツボール王国の外れにある。スカベル村は決して大きな村では無いが、雄大な自然に囲まれた人情味と活気のあるいい場所だ。隣国と近いこの村は昔から冒険者や旅の商人なども多く通っていた。
そのため村の大通りの市場は自然と発展していき、少数だが宿屋もある。昼間は賑やかな市場だが、この時間はまだ開店していない店が多く静かだ。
「ノルちゃん、これ持ってお行き」
いつもノルが森で採った物を卸している店のおばちゃんに花束を渡された。
「うちの庭で取れたやつで悪いけど、それと坊やにはこれさね」
チラはクッキーの入った袋を持って大はしゃぎしている。
「おばちゃん、ありがとう」
お礼を言うと「お母さんによろしくね」と手を振りながらおばちゃんは店の中へ戻って行った。
「はいっ、ノルも食べてー!」
チラにドライフルーツがたっぷり入ったクッキーを差し出される。母が慕われていることを改めて実感できたノルは誇らしく嬉しかった。
その後も色んな人からお花を渡され、母の墓に着いたときにはノルがどうにか抱えられるくらいの、大きな花束が出来上がっていた。
母の墓にエアが花冠をかけている。
一昨日来たときには何もなかったお墓には、既にたくさんのお供物が置いてあった。
「おはよう。俺達の母さん慕われてたんだな」
エアはたくさんのお供物とノルの抱える花束を見ながら言った。
「ええ、自慢のお母さんよね」
ノルは3日前に伝え忘れた母の言葉をエアに伝える。
「いつでも私たちを近くで見守っていてくれるって言っていたわ。それからお母さんは私達の母親になれてとても幸せだったそうよ」
それから3人で他愛もない話をして笑っていると、この時期としては暖かい風がふわっと3人の頬を撫でた。
♢♦︎♢
ロエルの墓参りを終え、3人で賑やかな大通りへ来ると、エアが物珍しげにキョロキョロと露店を見回し始めた。
「おっ! お兄さんこの串焼き食ってかないか? ノルちゃんの知り合いなら400ルドに負けてあげるよ!」
目を輝かせるエアにノルはコインを渡し「これ4枚で買えるはずよ」と言ってエアの背中を押した。
エアが串焼きを手に帰って来ると「あっ! アイツ……」とノルの後ろを指差す。ノルが振り向くとチラがルリベナの実を薄い飴で包んだお菓子、ルリベナ飴の入った袋を開けていた。
慌ててノルは売り子さんに代金の4000ルドを支払おうとする。
「小さな子供のした事ですし3000ルドでいいですよ」
そう言ってくれた親切な売り子さんにお礼を言いノルは3000ルドを支払うと、すぐにチラの手を引いて人気の無い場所まで行った。
ノルはチラの目線に合わせてしゃがみチラの目を見る。
「いい? チラちゃん。お店の売り物はお金を払わないとチラちゃんの物にはならないのよ。チラちゃんも自分の物を勝手にめちゃくちゃにされたら困るだろうし、イヤよね?」
ノルが説明するとチラはプルプル震えながら謝る。
「うん、ごめんなちゃ……さい。でもノルはあの実がちゅ……すきだって仲間が言っていたから食べてほちかったの」
チラがぎゅっと握った袋の中身はルリベナ飴だ。ノルはチラの頭を撫でる。
「そうね、チラちゃんの気持ちはとっても嬉しいわ。でも、今度からは気をつけようね」
チラはコクコクと何度も頷くとルリベナ飴をノルに1個手渡した。
ノルがルリベナ飴を口に入れるとパリッという食感と共にルリベナの実が弾ける。甘みのあるルリベナの実を邪魔しないよう、飴は甘さ控えめだ。薄くコーティングされていた飴は瞬く間にルリベナの果汁に溶けていった。
「俺も欲しいな……」
エアは黙って見守っていたが痺れを切らしたようだ。
「……はい」
チラは口を尖らせながらエアにルリベナ飴を手渡す。それから3人は食べ歩きを楽しんだ後、ノルの家へ帰った。
♢♦︎♢
「どうして妖精族のあなたがそのゴーグルを持っているの?」
ふと気になってノルは聞いてみた。それは初めて会った日からエアがずっと身に着けている物だが、人間の飛行機の操縦士が着ける物だ。どうしてエアが持っているのか興味が湧いた。
「ああこれか? 親父が若い頃に武者修行の旅先で手に入れた物らしいんだ。カッコイイだろ?」
「え、ええ……」
「(男の子の好みは良く分からないわ……)」
そんなノルの様子には気づかずにエアが続けた。
「それに、このペンダントはさ──」
出窓の方をチラリと見ると慌てた様子でエアが話を切る。
「あっ! 親父に昼前までに帰るように言われてたんだ! それじゃ、また来るからな」
かなり慌てた様子で帰って行くエアを、なんてせっかちな子なんだろうと冷めた目で見送るノルとチラだった。
♢♦︎♢
エアは息を切らして妖精の里の片隅に向かう。そこでは妖精王ラミウが小さな石碑を前に手を合わせていた。石碑の前からは青緑色の煙が立ち登り辺りに薄く広がっている。その煙は甘く、微かに青臭く香ばしい不思議な香りがした。
妖精族の間では大切な者が亡くなってから3日後の太陽が1番高いときに、お香を焚きながら石碑の前で手を合わせるという風習がある。死者を思って祈ることでその魂は、その地から解き放たれ自由になれるという。また、お香の香りには遺族の心を穏やかにする効果があるといわれていた。
「エア、待ちくたびれたぞ」
「間に合ったからいいだろ」
「──そうだな」
しばらくするとラミウは無意識に呟いた。
「ロエルはどこへいくのだろう?」
「俺たちの側にいてくれたらいいな」
エアはノルから聞いた母の言葉を思い出すと希望を込めたようにそう返した。
【次回、妖精王暗殺未遂事件勃発!】