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33話 それぞれの夜

それからエマが英雄広場へ帰ってきたのは、空が半分暗くなり夕焼け空のオレンジ色が薄れた頃だった。


薄暗い中で目をキラキラと輝かせ、息を切らして走っている。


ハアハアと息を整えるエマのもとへカオさんが小走りで近づいた。


「こんな時間までどこをほっつき歩ってたんだ! お前はスイーツフェスティバルを中止にするつもりなのか?」


カオさんの大声に周りの職人達が集まって来た。


目を吊り上げるカオさんに、エマはまあまあとするように手を前に出す。


「違うよ、カオさんに言われて考えたんだ。 このバラバラになっちゃった壁や窓をどう直すかさ。 それで本物の家を作る職人に協力を取り付けてきたよ、明日の朝から来てくれるってさ」


「……そうか、お前にしてはよく考えたじゃないか。 よーく聞けお前たち、スイーツフェスティバルまで今日を入れてあと2日! 何がなんでも当日までに間に合わせるぞ! お前ら寝てる暇なんて無いからな?」


カオさんの掛け声に職人達は「応!」と答えると、やる気に満ち溢れた顔でお菓子の教会へ向かった。


すっかり暗くなったなか、作業用の明かりを職人達と周りの店の人がかき集めている。


ペンションへ帰ろうとするノルの服をチラが引っ張った。


「エマに声を掛けて行かないの?」


「ええ、せっかくの雰囲気に水を差してはいけないわ」


「そうだね!」


ノルとチラはニコニコしながらペンションへ向かった。


だが英雄広場を出て坂道へ差し掛かる手前で目を三角にしたサミューが待っていた。


「お前たち、こんな時間までどこにいたんだ?」


その雰囲気に反して、静かな話し方をするサミューにノルはホッと胸を撫で下ろし答える。


「えっ? 英雄広場で壊れてしまったお菓子の教会を見ていたのよ。 スイーツフェスティバルが中止になるって聞いて」


「うん! エマを待っていたの」


あっけらかんとそう答えたノルとチラを見つめるサミューは、やはり怒っていたようだ。


「それで何も言わずに出かけ、こんな真っ暗になるまで連絡もせずに帰って来なかったと?」


チラが必死に弁明する。


「でもね、でもね…… いじめられてたエマお姉さんを励ますために待ってたの」


「それは立派な事だと思うが、そのエマという人は、お前たちがこんな遅くまで2人だけで、しかも自分のため外で待っている事を望むと思うか?」


ノルとチラはサァッと寒くなったような気がした。


「ううん、思わないわ…… サミューさん、ごめんなさい」


「ごめんなさい……」


ノルとチラが謝るとサミューはため息をつく。


「俺ではなくシダー夫妻に謝れ。 お前たちの事を心配しているぞ」


それからしばらくサミューは口をつぐんだ。


何も言わないサミューに付いて、ドキドキしながら2人はペンションへ帰った。


「帰りが遅いから心配してたのよ」


「サミューくんから連絡を受けたが、何も無かったみたいで良かった」


ホッと胸を撫で下ろすシダー夫人と、ノルとチラを見て頷くシダーさん。


2人の様子を見て、本当に自分たちを心配してくれていたという実感を感じ、ノルは嬉しい反面、胸が痛んだ。


ノルとチラの背中をサミューがポンと叩く。


「心配してくれてありがとう。 それから遅くなってごめんなさい」


「ありがとう、これからは気をつけるの……」


ノルとチラが謝るとシダー夫人は、2人の頭を優しく撫でた。


「そうね、これからは気をつけて。 さあ今夜の夕食はキノコのシチューよ。 冷めてしまわないうちに食べましょう」


それからサミューをチラッと見ると小声で続けた。


「彼、あなた達のことを心配して探し回ってくれたのよ」


ノルとチラは気が付かなかったが、2人を英雄広場で発見したサミューは、スミスと共に影から見守っていたのだ。


シダー夫人の話が聞こえたのか、寒さで元々赤かったサミューの耳がさらに赤くなっている。


サミューのぶっきらぼうな思いやりに、ノルはくすぐったくなった。


ダイニングへ行くとシダー夫妻は人数分のキノコのシチューとパン、サラダをテーブルへ置く。


サミューとシダー夫妻は夕食を食べずに待っていてくれたようだ。


ノルはシダー夫人の温かい手料理をいつも以上に美味しく感じた。


それから入浴を済ませると、ノルとチラは布団に潜り込んだ。


チラが寝息を立てはじめた横でノルは、自分たちを心から心配してくれたシダー夫妻の姿を思い出していた。


それと同時に母ロエルも生きていたら、こんなふうに心配してくれたのかもしれないと想像する。


嬉しく思う反面、もうそんなふうに声を掛けてもらえることは無いと思うと寂しく感じ、目頭がじわじわと熱くなってきた。


このままでは泣いてしまうと思い、その考えを忘れようとした。


だがそんなことはできず、ついに熱い涙がポロリと溢れこめかみの辺りへ流れ落ちて行く。


チラを起こしてはいけないと思い、しばらくじっとしていたが涙は収まることなくポロポロと溢れ続ける。


次第にこめかみが濡れ耳の穴へ涙が入りそうになると、ノルは起き上がり袖口で涙を拭いた。


「ノル大丈夫?目から汗が出てるよ」


いつのまに目を覚ましたのか、チラが心配そうに言った。


「ふふっ、これは汗じゃなくって涙って言うのよ」


声が震えることは無く、鼻声でも無い。


ノルは普通に話せたことに驚き、ホッとした。


気がつけば涙も止まっている。


しばらくノルとチラは声を殺して笑うと眠りに落ちていった。


ノルとチラが笑い合っていた頃、隣の部屋でサミューは昔の事を思い出していた。


幼い頃から姉ナーシャと2人暮らしだったサミューは、姉に育ててもらっていたが、10歳になると冒険者の道へ進んだ。


体の弱いナーシャに少しでも楽をしてもらうためだ。


初めは近場で簡単な依頼をこなしていたが、剣の師匠と出会うとメキメキと実力を発揮し、依頼のため遠出をするようになっていった。


ある日依頼でしばらく家を空ける事を伝えると、ナーシャにスカーフを手渡された。


そのスカーフはピンク色でどう見ても女物だ。


「ええー、姉さん俺にこれをつけろって言うの?」


サミューが口を尖らすとナーシャは頷く。


「だってそれしか無いんだもの。 首元は常に隠しておきなさい。 もしも蛇に噛まれたり、枝で引っ掛けて怪我をしたら大変でしょ? それにスカーフを首に巻いていれば温かいわよ〜 あんたは可愛らしい顔をしているから大丈夫、ピンクのスカーフも似合うわよ」


ナーシャはグッと親指を立てた。


「可愛くなんかない!」


中性的な顔立ちのサミューは、気にしていた事を言われブスッとする。


「俺はこんなの無くても平気だよ。 姉さんが着ければいいじゃないか」


「いいからあんたが着けなさい!」


「でもさ、恥ずかしいよ」


再び口を尖らせるサミューにナーシャは諭すように言った。


「……サミュー、物心ついたときから私と2人だったあんたは、知らないのもしょうがないと思うわ。 でもね、いい? 子供っていうのはあんたが思っている以上に大切に思われているの。 あんたに降りかかる悪いもしもの事を少しでも減らしたいのよ。 お姉ちゃんを悲しませないためだと思って着けて……ね?」


殊勝な様子で俯くナーシャを見て、渋々サミューはスカーフを首に巻いた。


それを見たナーシャはパッと顔をあげニコッと笑う。


「うん! やっぱり似合ってる。 お姉ちゃんの見立てに間違いは無かったわね」


その姉の得意気な顔を思い出しサミューはフッと笑った。


そういえば、姉のありのままの姿を思い出したのは久しぶりだ。


最近よく眠れるからだろうか?


姉との思い出で目が冴えてしまったサミューは、キッチンへコーヒーを貰いに行くことにした。



サミューが階段を降りると、ダイニングに明かりが点いた。


話し声も聞こえる。


キッチンへ行くにはダイニングを通らなくてはならない。


サミューがそぉーとダイニングを覗くと、椅子に座ったシダー夫人の肩をシダーさんが揉んでいる。


「こんな肩が凝るまで放っておいて、ガチガチじゃないか……」


「あら、私は肩を揉んで欲しいなんて頼んでませんよ〜」


すっとぼけたようにシダー夫人が言う。


「いやー目の前で肩に手を当てて、首をコキコキされたら誰でも肩を揉んでやりたくなるだろう。 それにしても岩のように硬いなぁ」


「そりゃ毎日老骨に鞭打ってバターライスのオムライスやら、ビーフカツレツやら、キノコたっぷりのシチューやら作っているからねぇ」


シダー夫人の言葉にシダーさんはぽっと赤くなる。


「考えてみればわしの好物ばっかりじゃないか。 まあばあさんの料理はどれもうまいからな」


そう言われてシダー夫人も照れたように赤くなった。


『ここの料理に不思議なアレンジが加えられていた理由はシダーさんの好みだったのか』


サミューはシダー夫妻の邪魔をしないよう、そぉーっと階段を上り部屋へ戻った。

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