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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
3章 湖畔に佇む街ストンリッツ
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31話 お菓子の教会

 ノルはペンションから階段を下り、街を一望できる広場を抜けた先にある迷路のような小道で迷子になっていた。なぜそのような事になっているかといえば、1人でペンションを出たからだろう。


 その日は家事が早く済み、午後から自由な時間ができた。空いた時間をどうしようか考えていたときに、毎日買い物へ出かけるサミューとシダーさんが話していた事を思い出した。


 英雄広場でお菓子の家がだいぶ出来てきていると言う話だ。しかも今年のお菓子の家は尖塔がついた立派な教会だそうで、ノルはその見物に行こうと決めたのだが、サミューもチラもシダーさんも居ない。


 足の調子が悪くあまり長距離が歩けないシダー夫人に、無理に付き合ってもらうことも気が引けた。それでもお菓子の教会がどうしても見たかったノルは、深く考えずに1人でペンションを飛び出したのだった。


「(きっとここを右に行けば抜けられるはず)」


 右に曲がると石造りの手洗い場がある建物の前へ出た。


「またここなの? もう5回見たわ……。い、いいえ、決して迷子ではない……はず」


 思わず独り言を呟き頭を振るが、誰がどう見ても明らかな迷子だという実感から来る独り言かも知れない。さっきまでは迷わず分かれ道を進んでいたが、さすがに自分の判断に自信を無くす。


「さっきすれ違った人に道を聞いておけばよかった……。だけど迷っていても先には進めないわ」


 どこかで聞いた名言のような事を呟き、再び歩みを進めたノルの前を小さな影が横切った。


「……ロポ?」


「ワン!」


 ノルの声にぽてぽてと歩いていたロポは立ち止まり振り返った。見知った姿を見て安心したノルは、ロポの前でしゃがみ込み思わず話しかける。


「私は迷子になっちゃったのかもしれないわ。英雄広場へ行ってお菓子の教会が見たいの、道を知らないかしら? ……なんてあなたに言ってもしょうがないわね」


 ノルの言葉を聞いたロポはちょこんとおすわりの姿勢になると首を傾げた。ハアハアと口を開け、舌を見せる姿はまるで笑っているようで愛らしい。


「ふふっ、それじゃあね」


 ロポの可愛らしい姿に少し元気をもらったノルは、立ち上がると再び歩き始めた。だが──。


「ワン、ワン!」


 呼び止めるかのようなロポの鳴き声でノルが振り返るとロポが立ち上がった。そして背中を向けてぽてぽてと少し歩き、こちらを振り返る。


 ふわふわの尻尾をぷりぷりと振るその様子はやはり愛らしいが、その表情はまるで付いて来いとでも言わんばかりだ。


「(まさかね)」


 ノルはそう思いながらも縋る思いでロポへ付いて行く事にした。


 ぽてぽてと歩いては振り返るロポに付いて歩くと、ノルが小1時間かけて探検した迷路のような小道を、5分もしないうちに抜けた。


「ロ、ロポありがとう!」


「ワン!」


 普段可愛く思っていたロポがとても頼もしく見えた。まさか子犬に助けられるとは、人生何があるか分からない。ノルはロポに感謝しながら英雄広場へ向かった。



 ♢♦︎♢



 スイーツフェスティバル3日前の英雄広場では、ノルが中に入れる大きさのお菓子でできた教会が作られていた。目の前の大きな教会の壁、屋根、窓枠、扉、全てがお菓子で出来ている。


 香ばしく焼き上げられたクッキーで出来た外壁、ツヤツヤとした板状のチョコレートで出来た屋根からは甘い香りが漂っている。尖塔にはちょこんと小人の帽子のような、三角のチョコレートが乗っかっていてどこかユーモラスだ。教会の扉はサクサクとしていそうなチョコレートウエハースで出来ていた。だが窓の部分にはぽっかりと穴が開いている。


 甘い香りに思わず道行く人々は足を止めて見ていた。


 圧巻のお菓子の家にノルが見惚れていると、その横を赤毛の女性が忙しそうに走り抜けて行った。その女性はお菓子職人だろうか、設計図を見ながら他の職人と話している。


 赤毛のお菓子職人が指示を出すと、他のお菓子職人達は掛け声をかけながら滑車のロープを引き始めた。滑車から伸びたロープは板状の物に結び付けられている。その板状の物が持ち上がると、ワッと周りの観衆から声が上がった。


 赤、ピンク、オレンジ、黄色、緑、青、紫──。


 色とりどりの板状の飴をチョコレートで繋ぎ合わせ、ステンドグラスに見立てた飴細工だ。日の光に照らされて、地面にうっすらと色の光を映し出している。ノルもそのステンドグラスに釘付けになっていた。


 慎重に、慎重に引き上げられるなか、時折風でステンドグラスが揺らされると観衆から声援が起こり、見ているノルもハラハラしながら応援した。


 お菓子の教会に空いていた穴の高さへ飴細工を持ち上げると、外と中にいる職人が息を合わせながら素早く窓枠へ嵌めていく。


 やっと飴細工の窓が嵌ると観衆からは大きな歓声が上がり拍手の渦が巻き起こる。ノルも大きな拍手をしながらあのお菓子の教会へ入ってみたいと思った。


 飴細工が窓枠に嵌るのを見届けた観衆は散って行ったが、緊張冷めやらぬノルはまだその場で立ち尽くしていた。


「スイーツフェスティバルの間は一般の人も中へ入れるから、あなたもぜひ見に来てね! それからスイーツフェスティバルが終わったら取り壊して皆に振る舞われる予定だから良かったら食べに来て」


 ハッとしてノルは声のした方を見ると、先ほど横を通り過ぎて行った赤毛の女性がニカッと笑っていた。


「ええっ? スイーツフェスティバルが終わったら、あのお菓子の教会壊しちゃうの? もったいない……」


「そりゃあ形のある物はいつかは壊れるでしょ? それに美味しいお菓子は美味しいうちに食べないと。不味くなっちゃったらその方がもったいないじゃん?」


「言われてみれば確かにそうね! 美味しい物は美味しいうちに食べる。そんな事を忘れていたなんて、私ったら食いしん坊の風上にも置けないわ……」


「えっ、あなた食いしん坊だったの?」


 赤毛のお菓子職人にそう言われ、ノルは恥ずかしさで体が熱くなった。


「じ・つ・わぁ、あたしもなのよ!」


 大笑いする赤毛のお菓子職人に誘われたようにノルも笑い出す。赤毛のお菓子職人と意気投合したノルは聞いてみた。


「お姉さんはどんなお菓子を作っているの?」


「あたし? あたしは飴細工だよ。スイーツフェスティバル当日はここの広場で出店も出すから寄ってって」


「じゃあ、もしかしてあのステンドグラスはお姉さんが作ったの?」


「ふふん、そうよ! 繊細で美しいあの飴細工は自信作なの!」


 得意気に胸を張る彼女の1つに結った赤い髪が、風でたなびいている。


「おーいエマ、そろそろ休憩時間が終わるよー!」


「おっといけない、父さんが呼んでる。それじゃあね、スイーツフェスティバル当日に会いましょー!」


 エマと呼ばれた赤毛のお菓子職人はノルに手を振りながら、お菓子の教会の方へ駆けてゆく。


 その後ノルは夕方の散歩をするロポに運良く出会い、無事にペンションへ帰った。

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