26話 半日の英雄
4人は昼前にストンリッツに到着した。
オレンジを卸に行くおじさんと別れノル、チラ、サミューの3人は宿屋を探すことにした。
ストンリッツはルカミ山脈の西側の麓に位置する小さな街で、周辺には森と湖が点在しており風光明媚な場所だ。
山麓に佇む木造の家々、雄大なルカミ山脈、周辺の自然と絶景の揃ったこの街に一度は訪れてみたいと言う人も多い。
また、ルカミ山脈を挟んだ先にはイータル共和国があるため、国境に近い街でもある。
標高の高い山々が連なり形成されたルカミ山脈は、山頂付近は常に雪に覆われているため山越えは過酷だ。
そのためストンリッツのすぐ近くにイータル共和国へ渡る飛行船乗り場がある。
その飛行船は移動の手段でもあるが、周辺の景色を楽しむアクティビティとしても人気だ。
3人は宿屋を探して歩いていると街の広場に出た。
大勢の人で賑わう広場の1番奥には、台座に乗った像がある。
その像が気になったノルと、それに付き合ってチラとサミューも見に行くことにした。
ノルの肩と同じくらいの高さの台座に乗った銅像は、等身大の人物よりも少し大きい。
その像は目と鼻を隠すようなお面を着け、腰から剣を下げていた。
ゆったりとしたローブや服にできた皺、お面の装飾、剣の細かい細工まで緻密に表現されている。
像の台座には"半日の英雄"と彫られていた。
ノルはなぜこの像が気になったのかが分かった。
この像が着ている物と、ファディック村の街灯を点ける仕事をしているおじさんのローブがよく似ているからだ。
だが気になる理由はそれだけでは無い気がする。
3人がその像を見上げていると台座の下で休憩していたおじいさんに声をかけられた。
「おや、お前さんたちこの像が気になるのかい?」
「ええ、以前この像が着ている物と似た服を着ている人に会ったの。 でも気になった理由は他にもある気がするわ」
ノルが答えるとおじいさんは嬉しそうに言った。
「そうかい、そうかい。 最近ではこの像を見てくれる旅の人は少ないけれど、お嬢さんのような未来ある若者に興味を持ってもらえると嬉しいね。 この像についての話を聞いてくれるかい?」
「ええ、喜んで」
ノルの言葉におじさんは頷くと話し始めた。
「この像は昔この街を災いから救ってくれた英雄様を模しているのだよ。 昔この地ではちょっとした小競り合いが原因で戦争が起こったんだ。 だが戦う事への恐怖心がまるで無い人々が少しづつ増えていったことで、戦争に歯止めが効かなくなったそうだよ。 それにより大勢の人が亡くなったが、その事を悲しむ人もまるでいなかったそうだ。 無意味に血が流され続け、美しかったこの地は荒れ果てていった。 そこに現れた英雄様の神秘的な力で皆、我に返ったことで戦争は終結したのだよ。 英雄様は僅か半日で戦争を終わらせると足早に立ち去ったため、感謝を伝える事も出来なかったという。 その感謝を込めて先人が石像を作ったそうだ。 この像は確か3代目だったかな」
話し終えたおじさんは息を整える。
「戦争って怖い、起こってはいけない事ね……」
想像して身震いするノルにサミューは頷く。
「本来感じるべき恐怖を感じることができないとは恐ろしいものだな……」
「だけどこの人えらいねー!」
像を見上げるチラの言葉におじいさんは深く頷くと再び話し始めた。
「そうそう、こちらの英雄様は甘い物が好きだったそうでね、それにちなんで毎年終戦の時期にスイーツフェスティバルが開催される……」
「えっ?! スイーツフェスティバル? いつ? 私絶対参加するわ!」
食い気味に聞くノルに周りの皆が驚いたようだった。
キョロキョロと周りを見渡しノルは赤くなる。
「1週間後だよ。 当日はこの像の前にある、あの区画に大きなお菓子の家が作られ、広場はお菓子の出店でいっぱいになる。 ほらこの広場でも準備が始まっているよ」
おじいさんの視線の先には、木で作られた大きな舞台のような場所があった。
さらに広場の至る所に出店用だろうか、木の柱や折り畳まれた布が沢山置いてある。
スイーツフェスティバルの気配を感じたノルは、ソワソワしながらサミューに聞いた。
「急ぐ旅では無いし、しばらくこの街にいてもいいわよね?」
サミューはフッと笑いながら言った。
「いいんじゃないか? ただし予定外の宿代とスイーツフェスティバルで食べ歩く代金は稼がなくてはな」
そんな話をするノルとサミューをおじいさんが見つめている。
サミューの言葉にノルは意気込んで言った。
「もちろんよ! そうと決まれば早速宿屋を探して作戦会議ね!」
それを聞いたおじいさんは目をキラリと光らせた。
「1週間後に開催されるスイーツフェスティバルのため、どこの宿屋も今の時期は予約でいっぱいだと思うよ。 そこで提案なのだが、わしはペンションを営んでいるんだ、よければうちに泊まらないか?」
おじいさんの提案に3人は顔を見合わせ頷いた。
「ええ、よろしくお願いします」
「いやーよかった。 うちはちょーっと分かりにくい場所にあって、そのせいでお客さんに見つけてもらえないんだ。 今日も婆さんに『広場で客引きでもしてきな!』って追い出されてここにいたのさ」
そう明かしたおじいさんにサミューは「案外性根逞しいんだな」と苦笑する。
おじいさんはサミューの言葉を軽く躱し、自己紹介した。
「わしはシダー、ばあさんと共に"ペンションシダー"を営んでいるよ」
「私はノルです、シダーさんよろしくお願いします」
「サミューだ、しばらくよろしく頼む」
「ボクはチラだよ!」
それぞれ自己紹介を終えるとシダーさんはニコリと笑う。
「それじゃあうちに行く前に街の見物でもして行くかい? 荷物は……そこのパン屋にでも預ければいいさこの辺、英雄広場の店は大体わしの顔見知りだからね」
「案内していただけるの? 嬉しい」
シダーさんに付いてパン屋へ行くと、快く荷物を預かってくれた。
「シダーの旦那の頼みじゃぁ断れないよ」
人の良さそうな店主は眉毛を八の字にしながら笑った。
パン屋を出るとシダーさんに付いて雪に半分埋もれた石畳の道を進む。
シダーさんは見た目より若いのか、石畳の道でも難なくスタスタと歩いて行く。
この街の建物は木で出来ていて3階建の大きな建物が多い。
赤、ピンク色、オレンジ色、クリーム色、白、茶色、ミントグリーン……色とりどりで落ち着いた色味の外壁の家々が密集するように立ち並んでいる。
外壁と同じように色とりどりの窓枠には木の雨戸が付いていた。
屋根と窓辺の植物には少し雪が積もっている。
山が近く雪が降るこの辺りの建物は屋根の角度が急だ。
街中を歩いているとバルコニーが迫り出した建物や、1軒で屋根を2つ乗せた少し変わった建物もあった。
ノルは街並みに夢中になって上を向いたり、キョロキョロと見渡したり忙しい。
そうして歩いていると、食事処が多く立ち並ぶ通りに出た。
やはり昼時のためか賑わっている。
そのためなのか、はたまた美しい街並みを一瞬たりとも見逃すまいと思ってなのかは分からないが、雪の中テラス席に座る人も多い。
「君たちお昼ご飯は食べたかい?」
シダーさんに聞かれ、3人は首を横に振る。
「それではわしのおすすめの店を紹介するとしようか。 もちろん婆さんの料理には敵わんがな」
笑いながらそう言うとシダーさんは歩き始めた。