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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 石造りの家が立ち並ぶ村ファディック
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19話 初パフォーマンス

 翌日早朝にサミューの部屋へスミスが来た。


「昨夜ノルさんを襲った男達の監視はジョーンズに任せて来たっス」


「ああ引き続き頼む。そのジョーンズはいいとして、ウィリアムズとジョンソン、ムーアはどうした?」


「ウィリアムズとジョンソンは村の外で待機していて、ムーアの奴は単独で調査に出るからしばらく不在の予定だそうっス」


「そうか。ところで"仔羊の蹄亭"であいつを攫おうとした奴らのことは何か分かったか?」


「ウィリアムズが調べていた件っスね。どうやら奴らはファッツ男爵と繋がりがあるようっスね。まったくあの男爵様は無理矢理オレたちに依頼しといて何を考えているんスかねぇ?」


 サミューは拳を握りしめる。その拳は力んで震えていた。


「だが俺は奴に逆らうことができない。それがあいつ……ノルを捕まえてアブラガシワの在処を吐かせた挙句、採取権のためだけに男爵の息子と結婚させるという、ヘドの出るような依頼でもな」


「……アニキぃ」


 だがサミューはフッとほくそ笑む。


「こんな俺にも希望が見えたかもしれない。俄には信じられないがそれに賭けてみることにしたんだ」


 しばらくするとサミューは顎に手を当て呟く。


「それにしても少し豊かになったからってよくスカベル村に目をつけたもんだ。そこからあいつのことを見つけ出すなんてな。普段は本当に愚鈍な男だが金が絡むと途端にやる気を見せる」


「確かに……。もう少しヤツの周りを念入りに探ったほうが良さそうっスね。他の団員にも伝えておきます」


「おっと、忘れるところだった。これはブラウンへの差し入れだ」


 サミューはそう言うと、懐から昨日ブラウンがかじったオレンジ入りのパンを出した。


「……アニキぃ」


 スミスはなんとも言えない目でサミューを見るとパンを持って部屋を後にした。



 ♢♦︎♢



 その後サミューは朝食を買うとノルの部屋へ行った。


「おはよう、お前たちその後調子はどうだ?」


「うん! ……コホンッ、ええ元気よ!」


「チラも元気ー!」


「そうか良かった。朝食を買って来たんだ、またパンになってしまうのだが食べるか?」


「いただくわ!」

「チラも、チラも!」


 ノルとチラは元気に手を上げるとサミューが机の上にパンを並べる。ノルはまず昨日食べ損ねたオレンジが入ったパンを食べる事にした。


 パンをちぎって口に入れると爽やかな香りが鼻を抜けた。オレンジの果汁が入っているであろう黄色い生地はふんわりと柔らかくほのかに甘みがある。そのパン生地にはオレンジの皮を蜜漬けにしたものが練り込まれていて、噛むと広がるオレンジの爽やかな香りと、ほろ苦い味がアクセントになっている。気づけばノルはちぎって食べることをやめ、かぶりついていた。


 机の上には他にもパンが何個かあり、ノルが見たことのない物もあった。どうせならとノルは初めて見る不思議な形のパンを手に取る。ツヤツヤと表面が光るそのパンはチラの手のような形をしている。ノルはパクッとかぶりつく。確かに生地にはほのかな甘みがあって美味しかった。だが先ほどのオレンジが入ったパンの美味しさを知ったノルには少し物足りなく感じられる。


「(見た目を楽しむパンなのね)」


 そう思いながらもうひと口食べると口の中にしっかりしていながら優しい甘みが広がった。パンを見るとクリームが顔を覗かせている。


「(あっまぁ〜い、なんって幸せな味なのかしら)」


 これはいい意味で期待を裏切られた。まったりとしながらも口に残らない薄黄色のこのクリームからは、卵とミルクのコクが感じられる。


 目の前を見ると同じパンを手にチラも至福の表情を浮かべていた。そんなチラを見るサミューも、優しい表情をしていることにノルは気が付いた。美味しい食事はみんなを幸せにすると実感したノルだった。



 ♢♦︎♢



 朝食を食べ終わるとサミューは宿屋の自分の部屋へ戻り、ドアを閉めると後ろ手で鍵を掛けた。こっそりと自分の荷物の中からある物を取り出すと、誰かいるわけでも無いのに周りをキョロキョロと見渡す。


 サミューが持っている物は"ファディックの雲"だ。ノルとチラと自分の分の朝食を買いに行った際に見つけて思わず買ってしまった。あのときブラウンが食べている様子を見てもただのマシュマロにしか見えなかった。


 だがわざわざ"ファディックの雲"と銘打っているくらいなので普通のマシュマロとはなにかが違うのかもしれない。目の前にあったものを食べることができなかったサミューは実はとても"ファディックの雲"が気になっていたのだ。


 だがノルやチラはもちろん、スミスにも自分がそんなくだらない事を気にしてるとは言えなかった。サミューは震える手で"ファディックの雲"の袋を開けると白い菓子を指でつまみじっくりと眺めた。手触りも匂いも普通のマシュマロのように感じる。


「(いや、見た目や匂いだけで判断してはならない)」


 サミューは意を決して"ファディックの雲"を口に入れた。


 ──普通のマシュマロだ。


 念の為もう一つ食べてみたが、やはり普通のマシュマロだった。大方そうである事は予想していたが、やはり落胆は大きかった。


「ぐっ、やはりそうなのか……」


 思わず声に出てしまい、再び周りを見渡すサミューだった。



 ♢♦︎♢



 昼過ぎサミューのギターに合わせて踊る練習をするために宿屋の前を借り、部屋を出るとチラが尋ねた。


「チラのお仕事は?」


「そうね……。チラちゃんは帽子を逆さまにして持つ係よ。その帽子にお客さんはお金を入れてくれるから、笑顔でしっかりお礼を言うの。すごく重要なお仕事だけどやってくれるかな?」


「うん! チラは立派なお兄ちゃんだからね」


 3人は宿屋の前へ出ると準備を始める。


「そうだな……。この曲なら知っているか?」


 サミューは椅子に座り足を組むとギターを弾き始めた。


「ええ! この辺りで有名な民謡ね。初めはもう少しゆっくり弾いてもらえない?」


「これくらいか?」


 サミューがそう言って再びギターを弾くと、髪を下ろしたノルは踊り始めた。ノルの動きに合わせてスカートがふわりと広がる。リズムに合わせてステップを踏みながら、スカートの裾を掴みひらひらと動かした。微笑みながら回転し、手拍子を打つと道ゆく人々が集まりだす。


 リズムに合わせ栗色の髪が揺れると陽の光を浴びて淡く煌めく。ノルの踊りは見ていると楽しくなってきて、身体の奥から力が湧いてくる。そして自然と他の人も踊りたくなってくる不思議な魅力を持っていた。ノルの踊りが魅力的に感じる理由は、ノルが踊ることが好きなため、とても楽しそうに踊っているからだろう。


 サミューの弾くギターの音色は音の泡が弾けるような可愛らしく楽しいイメージだ。ギターの音色は辺りに波のように広がっていく。


 2人はいつしか練習だということを忘れてすっかり夢中になっていた。ノルが踊り終わると、いつの間にか周りには人だかりができている。呆気に取られるノルとサミューを拍手の音が包み込む。気がつけばチラが逆さまに持った帽子には小銭が入っていた。お客のおじさんは口笛を吹くとノリよく叫ぶ。


「いいぞ、嬢ちゃんに兄ちゃん! もう1曲やってくれー!」


 その声にサミューは違う曲を弾き始めた。もう合わせる練習は必要ない。サミューのギターのアレンジは独特だが、それがいい味を出している。サミューの出す音色は踊っていて心地よい。夢中で踊っていると気がつけば再び拍手に包まれていた。


 こうしてサミューの思いついたパフォーマンスは、大好評に終わったのだった。

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