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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 石造りの家が立ち並ぶ村ファディック
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18話 お手柄ブラウン

 ノルはパン屋で買ったパンの袋を持って宿屋に帰る道を歩いていた。この時間は人通りもまばらだ。お腹が空いたノルは手に持ったほの温かい袋の中身を思い浮かべて、にへら〜っと笑う。頭の中は先程買ったパンのことで占められていた。


「この村の特産のオレンジをふんだんに使ったパンと、チーズを挟んだパン、チラちゃんの好きなドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキ、ああどれも美味しそう。今から食べるのが楽しみ〜」


 思わず独り言が漏れ、足取りも自然と軽くなる。周囲から見ると足が少し地面から浮いているように見えるかもしれない。そのため、すれ違う人たちが気づかないふりをしてくれている事はおろか、後ろからノルをつけてくる男たちがいることにも気が付かなかった。


 道を進むごとにその男たちはジリジリとノルに近付いてきている。ノルが宿屋へ続く通りを曲がろうとしたとき、後をつけて来た男たちは一足飛びにノルヘ近づいた。その気配でノルは振り返ったが、すでに逃げられないほどに距離を詰められている。ノルは悲鳴をあげる暇もなく、男たちに手刀を決められると気を失った。抱えていた袋がドサッと落ちてパンが何個か転がってゆく。


 男たちはノルを宿屋のある通りより一本手前の細い路地に引き摺り込むと、人が1人が入る大きさの袋を取り出しロープを手に、その場に倒れているノルに近づいた。


 だが驚いたように動きを止める。先ほど気絶させたはずの少女がモゾっと動いた気がしたからだ。気のせいだと再び歩みを進める男たちだったが、やはり気のせいではなかった。


 目の前で少女が首筋を押さえながら、ゆらりと立ち上がったのだ──。


 夜の闇の中で少女は金色の瞳から鋭い眼光を放ち、威嚇するように男たちを睨みつける。


「──痛ぇじゃねぇか。お前らノルを殴ったな?」


 目の前に立つ少女は先ほどまでとは全く別人のような表情を浮かべていた。そのあまりの豹変っぷりに男たちが仰天していると、少女がスッとかんざしを髪から引き抜き、髪を靡かせながら近付いてくる。男たちは目の前の少女の放つ気迫に己が慄いていることに気づいた。


「お、お嬢ちゃんそのかんざしで俺たちと戦おうって言うのかい? 舐めてもらっちゃ困るよ」


 そんな自分達を奮い立たせるかのように少女を挑発し剣を向けた。だが少女の武器はかんざしではない。かんざしは少女の手の中でゆっくり剣へと形を変えてゆく。少女はその剣に電気を纏わせると、犬歯を見せて不敵に笑いながら言った。


「俺は真剣勝負の相手を舐めたことは無い。お前らもノルを殴って剣を向けたと言うことは、それなりの傷を負う覚悟ができているんだろ?」


 その言葉にキレた男たちは少女目がけて斬り込んだ。



 ♢♦︎♢



 その頃近くの宿屋ではサミューとスミスが話していた。


「それにしてもアニキ、俺たちを木に縛って置いていくなんてひどいっス……。あの後大変だったんスよ。早く目が覚めたブラウンが起こしてくれたのはいいけど、往復ビンタで顔が腫れて……。縄を解いてくれたスカベル村の人への言い訳も大変だったんっスから。その後ファディックまで馬で追いかけるのもギリギリだったっス!」


 頬をなでながらそう言うスミスの膝の上でブラウンがスヤスヤと寝息をたてている。


「いやあれはあいつ……ノルがしたことだ。やはりお前たちは見られないほうが良かった」


「そう言われてもあれは不可抗力っス……。ブラウンの好きな物アニキも知っているでしょ?」


 サミューは頭を掻きながら言った。


「ああ、菓子とりんごにオレンジ、それから小銭だったな……。それもそうか、そそっかしいあいつが転んで落としたサイフからコインが転がって行ったことがそもそもの原因だ。ブラウンは好きな物の気配なら離れていても察知するからな」


 そのとき突然寝ていたブラウンがむくりと起き上がった。そして部屋の窓から外に飛び出して行く。サミューとスミスは立ち上がったが、サミューが制止する。


「あいつ……ノルは夕食を買うと言っていたから外にいるかもしれない、俺たちは一緒にいないほうが良いだろう。お前は目立たないようについて来てくれ」


 そう言うとサミューはスミスの部屋を出た。



 ♢♦︎♢



 その頃宿屋通りから一本奥の細い路地では、少女が転がる男2人を見つめていた。手にした剣は燃え上がり、刀身が灰となると風に飛ばされてゆく。少女は服についた灰を払い落としながらぼやいた。


「まったく、弱いくせにノルを殴るからこんなことになるんだぞ。って言っても、もう寝てるし聞こえないか」


 少女は地面に転がった男どもをどうしようかと思案していると、物音が聞こえた。物音のした方をこっそりと覗くと、尻尾にピンクのリボンを結んだ猿がパンを手に目を輝かせている。少女は慌てて手にしたかんざしで髪を結おうとしたが上手くできない。


「(うわっ、いっつもノルはどうやってかんざしで髪を結ってるんだ?)」


 そうこうしている間にもう一つ足音が近づいて来る。少女は慌てて座り、壁にもたれ掛かると意識を手放した。



 ♢♦︎♢



 サミューはブラウンの走って行ったであろう方向を探した。この時間は人通りが少ないため、ブラウンの目撃情報は得られそうに無い。


「キキ〜ッ」


 少し遠くからブラウンの声が聞こえた。サミューが駆け寄ると、ブラウンは地面に落ちていたパンを食べている。違う種類のパンも数個、転がっていた。


「お前が好きなオレンジとドライフルーツが入ったパンか」


 サミューはそう口にすると他のパンも拾う。だが拾い上げたパンを見てふと気になった。なぜパンが地面に落ちていたのかと──。


 嫌な予感がしたサミューはブラウンを頭にのせると警戒しながら周辺を捜索した。角を曲がるとパンがいくつか入った袋が落ちている。ブラウンが拾い食いをしたパンや、地面に転がっていたパンはこの袋から溢れたに違いない。


 ──それならこの袋の持ち主はどこへ行ったのか?


サミューはその袋を拾うとさらに先に進んだ。それから一本奥の路地に視線をやると、夜の闇に紛れるようにぼんやりと何人分かの人影が見えた。


「(酔っ払いか?)」


 サミューは路地を曲がる。その人影の1人はノルだ。建物にもたれて座り髪は乱れぐったりと俯いているように見える。その周りには男2人が倒れていた。辺りには煤けたような匂いが漂っている。


「──ノルっ!」


 血相を変えてサミューが駆け寄り確認すると、ノルは眠っているだけのようだった。ノルの周りに転がった男たちには、顔に青あざとたんこぶがあり服は焼け焦げている。サミューの声と足音で気が付いたのか男たちは目を覚ました。


「ヒィィーッ! バ、バケモノ!! 二重人格!」


 寝息をたてて眠るノルを見てそう叫ぶと脱兎の如く逃げて行った。


「……スミス、今の奴らを追ってくれ」


 サミューはブラウンを地面に降ろすと指示を出した。


「承知したっス。おいでブラウン」


 スミスの足音が遠ざかってゆく。


「今回はブラウンのお手柄だな……」


 サミューはそう呟くとノルを揺すり起こした。


「あれ、サミューさん? どうしたの?」


「『どうしたの?』だと? それはこちらのセリフだ。お前は道で寝ているし、男たちは地面に伸びているし……。あいつらはお前が倒したのか?」


「えっ? えっ?! 私? 私はパンを買った帰りに道を曲がろうとして……。あれっ? 思い出せないわ」


 混乱するノルの様子を見てサミューは言う。


「まあ、相手は十中八九まともな連中では無いだろうな」


 先ほどまで男たちが倒れていた場所には大きな袋とロープが落ちていた。ノルはお尻についた土を叩き、立ち上がるとサミューからパンの入った袋を受け取ると眉間に皺を寄せ口を尖らせる。


「えー、何で? それって私を攫おうとしたっていうこと? 許せないわ、あいつらのせいでパンが何個か無駄になっちゃったじゃない!」


 ノルの的外れな怒りにサミューは苦笑した。


「夜道にお前を1人で歩かせた俺にも問題はあったが、お前は本当に狙われやすいな」


 そう言うとサミューは男たちの残していった袋とロープを持って宿屋へと歩き始めた。


「待って、置いてかないで〜」

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