17話 ファディックの雲
3人は宿屋でノルとチラ用とサミューの用の2部屋取って素泊まりすることにした。3人はそれぞれの部屋へ一旦荷物を置きに行く事にして別れる。ノルは初めて泊まる宿屋というものにワクワクしながら扉を開けた。
石で出来ているためひんやりとする部屋に灯りをつける。蝋燭の明かりが冷気を入れないよう工夫された室内を照らした。暖炉があり壁にタペストリーが掛かっていて、床には絨毯が敷いてあった。マッチで暖炉に火をつけ、しゃがんでしばらく体を温める。
「おじちゃんの火のほうがキレイだったねー」
そう言うとチラは暖炉から離れた。机の上には白くて丸いお菓子が何個か入った袋が置いてあり、その袋には"ファディックの雲"と書かれている。ノルはお菓子を手に取ると、ベッドに腰掛け1つ口に入れた。甘くてふわふわ、もちもちした食感だ。初めて食べた食感を噛み締めていると、口の中で少しづつ溶けて消えていった。
「うわぁ、ベッドもお菓子もすごいふかふかだわ」
その言葉を聞いてチラはもう1つあったベッドに飛び込んだ。
──ゴッツンッ!
大きな音を立ててチラはベッドの淵に頭をぶつけた。目から星を散らしていたチラは頭を押さえ涙ぐむ。木の精霊であるチラは打たれ強いため、ケガはしなかったが驚きと痛みで泣き出した。
「そっか、初めて見るお部屋とふかふかなベッドで盛り上がっちゃったのね」
チラの頭を撫でながら幼い頃転んで泣いていた自分に母ロエルがかけてくれたおまじないを思い出したノルは、チラの頭に手をかざしおまじないの言葉を唱える。
「では私が魔法をかけてあげましょう。痛いの痛いの飛んで行け〜! さあ、あとはこのお菓子を食べればチラちゃんは元気になれるはずよ」
白いお菓子を1つ手渡した。
「グスッ……ほんとだね、ぷにぷにしてる」
そして少しづつお菓子を食べると、泣き疲れたチラは眠ってしまった。ノルはチラを起こさないようにそっとサミューの部屋へ向かった。
♢♦︎♢
一方サミューは宿屋の受付で手続きを済ますと自分の部屋に向かった。自分の部屋の扉を開けると、暗い部屋の中に小さく光るものが2つ見えた。サミューは一瞬驚き身構えたが、すぐにその光の正体が明らかになる。
「ウキッ?」
「なっ、ブラウン? どうしたんだ?」
"花吹雪のスカーフ団"のスミスが連れている猿のブラウンが机の上でマシュマロを食べていた。サミューに気づくとブラウンはもう1つマシュマロを口に入れ手紙を手渡した。
「何々? スミスからか。ほう、お前のご主人は斜め前の宿屋にいるんだな」
ブラウンはサミューが手紙を読んだことを確認するとマシュマロの空き袋を残して窓から去って行った。マシュマロの空き袋には"ファディックの雲"と書かれている。
「(ただのマシュマロに見えたが……)」
それからサミューが荷解きをしていると、隣の部屋から大きな音とチラの泣き声が聞こえてきた。
「……まったく、あいつらは何をやっているのだか」
暫くすると扉を叩く音が聞こえた。
「サミューさん、ノルよ。明日の予定を一緒に考えたいから入ってもいいかしら?」
「ああ、鍵は開いている。入ってくれ」
「お邪魔します」
そう言うとノルはサミューの部屋に入った。
「私たちの部屋と間取りは同じだけど、タペストリーと絨毯は色違いなのね」
「そうなのか? それより先ほどチラの泣き声が聞こえたがどうした?」
「チラちゃん興奮してベッドに突っ込んで頭をぶつけちゃったの、それで泣いてたのよ。でも今は落ち着いて寝ているわ」
「……チラに怪我は無さそうか?」
「ええ、平気よ」
「そうか、それなら良かった。話は変わるが相談したいことがある。これからは今朝の事故のような不測の事態に備え、路銀を稼ぎつつ旅を進めようと考えている。金銭に余裕があれば旅先での楽しみも増えるはずた、どうだろう?」
サミューの提案にノルは頷いた。
「そうね急ぐ旅では無いんだから観光してお土産を買ったり、食べ歩きを楽しんだり、行った先の街のグルメを堪能したり──」
ヨダレを垂らしながら、にへら〜っと笑うノルをサミューは現実に引き戻すように言った。
「現在俺たちの路銀には余裕が無い。 そこで考えたのだが、お前踊れると言っていたな?」
「なるほど、私の踊りを見てもらうのね?」
「ああ、だがもちろんお前だけを働かせるつもりは無い。俺のギターの演奏に合わせて踊ることはできそうか?」
「たぶんできると思う。念の為明日曲に合わせる練習をさせてもらえないかしら?」
「分かった、それではこの話は終わりだ。俺はこれから用事があるので失礼する、悪いが今日の夕食は各自で済ませてくれ」
「ええ、パンでも買いに行くわ」
♢♦︎♢
ノルが部屋を出て夕食の買い出しへ向かったことを確認するとサミューも部屋を後にした。宿泊している宿屋を出ると斜め前の宿屋に入る。そのままスミスの手紙にあった部屋へ向かうと、ノックをし扉の下から先ほどブラウンから受け取った手紙を差し込む。手紙を確認したスミスが扉を開けると、サミューは部屋へ入った。すぐに鍵をかけると2人は話を始めた。
「ブラウンから手紙を受け取れたようで良かったっス」
「ああ、最近は別行動も多いからかブラウンも手紙の運搬に慣れてきたようだ。ついでにブラウンは部屋にあったマシュマロを食い尽くして行ったぞ」
サミューがジトっとした目で見ると、慌ててスミスはガバッと頭を下げる。
「えっ! マシュマロって"ファディックの雲"の事っスよね? それは申し訳ありませんでした……。それにしてもアニキの方から来るなんて珍しいっスね?」
サミューは内心"ファディックの雲"が気になったが話を続けた。
「ちょっと話があってな、それにしてもこんなに近くに泊まる必要があるのか? お前顔を見られているんだぞ」
「アニキもよく言うでしよ? 灯台下暗しって」
仲間の指摘にサミューは言葉に詰まる。
「それで話っていうのはだな、スカベル村でも言ったようにこの件にお前たちは手を出さないで欲しい。──これはボスとしての命令だ」
「アニキがボスとしての命令って言うなんて珍しいっスね」
「確かめたいことができたんだ」
「もちろんアニキの命令は絶対っス! でもオレもスカベル村で言ったように、いつでも支援できるよう近くに控えているんで、何かあったら呼んでくださいね」
「ああ、頼りにしている頼んだぞ」
「アニキぃ!」
目を輝かせ、肩を振るわせるスミスに言葉の選択を間違えたと思うサミューだった。