16話 またたき
寒さで色褪せた黄土色の葉が一面を覆う丘を3人はザクザクと下っていた。丘の上からは意外と近くに見えたがなかなかファディック村へ着かない。ノルは先程遭遇した魔物についてサミューに尋ねた。
「前にサミューさんも言っていたけど、魔物って夜にしか出ない印象だったわ」
「ああ、俺も日中に見るのは初めてだった。そもそも魔物については判っていない事が多いからな、黒いモヤが浄化されたのも初めて見たくらいだ」
「そ、そうなのね」
ノルは明後日の方向を向いてサミューの言葉をかわす。横笛の音色にはシャーマンの力に加え、妖精の力も混じっているかも知れないと気付かれてはいけない。なにしろ自分でもよく解っていないのだ。
「サミューさんの剣って珍しい形をしているわね」
ノルは自ら振った話題を必死に逸らそうと、サミューが腰から下げた剣に目を向ける。
「これか? これは俺の剣の師匠から譲り受けた物でな、師匠はこれを刀と呼んでいたな」
「へえ、刀って初めて聞いたわ。剣にも色々な名前があるのね。当たり前だけど世の中には私の知らないことがたくさんあるわ。だから私にとって世界はキラキラとまたたいて見えるの。──この旅でどれくらいの新しいことに出会えるのかしら? 想像しただけでワクワクしてきた!」
「チラもたくさん知りたーい!」
ノルは若葉色の瞳をキラキラと輝かせながら意気揚々と歩き始めた。チラもそれに続く。その後ろでサミューはハッとした──。
かつて確かに自分にもそんな時期があった事を思い出したのだ。今では旅慣れてすっかり忘れていたが、自分も初めて旅に出たときには新しい世界に目を輝かせていた事を。サミューは2人を追いかけ日の光に照らされ黄金色に輝く丘を下る。本人は気付いていないが、その顔にはうっすらと柔らかな微笑みを浮かべていた。
♢♦︎♢
それからファディック村に到着したのはサミューの見立て通り夕方近くだった。村に入り宿屋を探していると、細長い棒を持ったふっくらとしたおじさんに声をかけられた。
「君たち、もしかして旅行者かい?」
ふっくらおじさんはカッチリとした帽子を被り、ローブを着ていた。その紺色のローブには、キラキラした金色の糸で刺繍が入っている。
「(もしかしてこの人がトニーおじちゃんの言っていた自警団?)」
そう思うとノルは何も悪いことはしていないはずなのにソワソワした。
「ええ、何故そうだとわかったの?」
「ハハッ、そりゃこの時間に来る行商の人は滅多にいないからね。それに君たち見慣れない顔だし」
「おじちゃんは、この村の人たちと仲良しなのね。……ところでその棒って何?」
「(もしかしてあの棒で私たちを捕まえるつもりなのかしら)」
顔では平静を装いつつも内心ドキドキしながら尋ねる。ふっくらおじさんは『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりに帽子をクイッと被り直す。
「これは僕の商売道具だよ。僕はこの村の街灯をつける仕事をしているのさ! 僕の家系は代々火の魔法を使うことができるんだ。この道具は僕の魔力を一晩中燃え続ける火に変換することができるのさ。他の街では普通の火を使っているみたいだけど、魔法を使ったこの街灯はこの村の自慢のひとつだと僕は思っているよ」
ふっくらおじさんは少し得意気だ。
「おじちゃんが火をつけているところ見ていたい!」
「おっ! もちろんさ、付いてきなよ」
ふっくらおじさんは細長い棒を肩に担ぐと住宅地へ歩いて行く。小さな庭のついた家々がデコボコとした石畳を挟んで所狭しと立ち並んでいた。
この村の家は石で出来ている。クリーム色の石壁が夕日に照らされてオレンジ色に輝いていた。
壁際に木を植えている家も多く、枝を上手く壁に沿わせるように手入れしてある。今は枝ばかりだが春になれば葉が茂り、その中に花が咲いて美しいであろう様子が想像できた。それぞれの庭には花壇があり、色とりどりの花がひっそりと咲いていて、住民が思い思いに園芸を楽しんでいる様子が伺えた。
屋根は茶色を主にしてピンクやグレー、青の薄い石を葺いてある。2階建ての屋根からは出窓の見える家が多い。少しづつ暗くなってきているため、レースのカーテンの掛かった窓からは灯りが漏れ始めていた。夕食の準備をする家庭が多いのか、煙突からは煙が上がっている。どこからともなく料理を作る匂いがした。
「この村の街灯は街灯って言っても、それぞれの家の前にあるんだ」
そう言うとふっくらおじさんは一軒一軒の住民と、今日あったことや夕飯のことなど軽く話しながら火をつけて行った。ノルはチラにこっそり尋ねる。
「チラちゃん、火怖くない? 大丈夫?」
「うん! 平気だよ。あのおじちゃんの火はとても優しくって気持ちいいの」
チラの答えを聞いて安心したノルは火を見つめながら言った。
「魔法の火って時々はぜて、それがキラキラって光るのがとても綺麗。なんだか火が楽しそうに見えるわ」
「そう見えるかい? 嬉しいな。この夜の景色の一部を僕が支えているのさ」
得意気に頷くふっくらおじさんにサミューが尋ねた。
「ですが一軒一軒声を掛けていたら非効率ではないですか?」
「この村はお年寄りも多いんだ。だから1日1回だけでも僕が行けば何かあったときに分かるだろ? それに僕みたいに話好きの人が多いからね」
「おじちゃんの気遣いでこの村は明るくなっているのね」
ふっくらおじさんは弾けるような笑顔を浮かべる。
「そう思ってもらえるなら僕もこの仕事をしている甲斐があるよ」
「ふふふ。ところでおじちゃんの着てる服って夜空みたいで素敵ね」
ふっくらおじさんは自慢げに着ているローブをバサっと翻すと話しはじめた。
「この服は我が家に代々受け継がれてきた物なんだ。まあ、この仕事の制服だね。それとね、こんな言い伝えも残っているらしい。昔この地に綺麗な流星を降らせた人物がいたんだって。流星が見られたのはごく僅かな時間だけだったけど、とても美しくて暖かな光景だったらしい。流星は魔法の火がはぜる様子に少し似ていたんだって。これはその人が身につけていたものを僕のご先祖様が再現した物らしいよ。あっ、でもこの帽子は僕が勝手に被っているだけなんだけどね」
その話を聞いたノルはしみじみと返す。
「この村にはそんな話があったのね。私もその流星を見てみたかったな」
「チラも!」
チラが無邪気に言うと、ふっくらおじさんも頷く。
「そうだね、僕も見れるものならば見てみたいよ。おっと、すっかり空が暗くなった、君たち宿屋の場所はわかるかい?」
「はい、先ほど歩いた通りにありましたね」
サミューがそう返すとふっくらおじさんは照れくさそうに笑った。
「君たちとの話が楽しくて思わず連れ回してしまったよ。この村は暖かくなるとさらに色々な花が咲き誇って美しいんだ。またその頃にぜひ来ておくれ」
「「「ありがとうございました」」」
ふっくらおじさんと別れると3人は宿屋へ向かった。