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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第1部 1章 旅立ち
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15話 決意

 ノルとチラとトニーおじちゃんは壊れた馬車の中で身を寄せ合って震えていた。


 外からは何かが激しくぶつかり合う音、サミューの気迫のこもった声、魔物の悲鳴や唸り声、吠える声が聞こえる。トニーおじちゃんの馬はやっと落ち着いたようだが、いつ再び驚いて嘶きをあげ、魔物を刺激するか気が気ではなかった。


 害意を剥き出しにする魔物のギラついた目や、唸り声を思い出すと身体が竦む。時折馬車に何かがぶつかり車体が揺れると、その度にノルは身体をビクッと震わせた。だが10頭を超える魔物の群れの中へ1人で飛び込んで行ったサミューの事を考えると、心配で気が気ではなかった。


「(──もう私の目の前で誰かがいなくなってしまうのは嫌だ! エア、お姉ちゃんに力を貸して!)」


 ノルは頬を叩きエアのゴーグルを被ると、制止するトニーおじちゃんの声も聞かずに馬車の外へ飛び出した。


 そこでノルが見た光景は、血で濡れた細長い剣の切先をピタリと魔物に向けるサミューと4頭の魔物の姿だ。


 魔物の半数近くはサミューによって倒され地面に転がっていたが、それと同時にサミューも傷を多く負っていた。魔物を睨み付け、間合いを取るサミューの服は引き裂かれたような箇所が目立ち、自身の血と魔物の血でベッタリと汚れている。


 サミューから流れる血の匂いに、魔物は更に興奮した様子を見せていた。仲間を傷つけられても引くことをしないこの魔物という生き物はやはり何かがおかしい。そして魔物は再び大きく吠えるとサミューに襲いかかる。


 その様子を見たノルは無意識に横笛を吹いていた。ノルの想いのこもった優しい音色が、サミューと唸り声をあげる魔物をふわりと包み込んでいく。


 すると魔物を覆っていた黒いモヤは浄化され、雲ひとつない青空へ消えていった。


 魔物の正体は黒いモヤによっておかしくなった動物だったのだ。正気を取り戻した狼は林の中へ逃げていった。だがサミューが倒した魔物を覆っていた黒いモヤは地面にゆっくりと吸い込まれてゆく。


 ノルは不思議そうに自分の体を眺めるサミューを目掛け、栗色の髪を靡かせて一目散に駆け寄った。


「──サミュー! こんなに危ない所に1人で突っ込まないで! あなたまでいなくなってしまうと思ったら私……」


 サミューは涙ぐむノルの頭を撫でようと手を伸ばしかけ気がついた。短い付き合いだがノルのことを妹のように感じ始めていることに──。


 だがそれとは別に、目の前で涙ぐむ少女への気持ちと、依頼達成との間で揺れる自分を思い出すと手が止まる。そんな自分に嫌悪感を抱きながら言った。


「俺のことは気にするな」


 ノルが落ち着きを取り戻すと申し訳なさそうな顔をしながら、トニーおじちゃんがチラの手を引き近付いて来た。


「ごめんね、ノルちゃん。馬車がこんなふうになってしまっては、おじさんはスカベル村へ戻るしかなさそうなんだ。君たちはこのままファディックへ向かうのかい?」


 ノルとサミューは軽く相談すると頷いた。


「そうかい。それじゃあここからは道なりに進めば着くはずだよ。大変だろうけど頑張ってね」


「「「ありがとうございます」」」


 トニーおじちゃんは馬を撫でながら首を横に張った。


「いやいや、君たちがいなければおじさんもこの子も死んでたかもしれないし、お礼を言うのはこっちだよ」


 スカベル村へ帰るトニーおじちゃんを見送ると、3人はファディックへの道を歩き始めた。


「俺はさきほどの戦いで確かに傷を負ったはずだが治っている。 もしかしてお前は傷を治す力があるのか?」


「……サミューさんって鋭そうだし、隠していてもいずれわかってしまいそうね。そうよ私の横笛の音には私の思いが効果として反映されるの。私のお母さんはシャーマンでね、お母さんも似たような力を持っていたわ」


 今がチャンスとノルはずっと気になっていた事をサミューに尋ねた。


「私の秘密を話したんだから、サミューさんの事も聞かせて欲しいわ。さっきも言ったように私のお母さんはシャーマンでね、亡くなった人を見ることができたの。その血を引いた私も亡くなった人がなんとなくだけど見えるのよ」


 ノルはサミューをちらっと見ると衝撃を受けたような顔をしてこちらを見ていた。だが無言のサミューに促されている、そんな気がしたノルは話を続けた。


「それでねあなたのそばにも誰かいるのだけど、その人はあなたのことをすごく心配しているみたい。さっきもすごく心配そうにしていたのよ」


 サミューは信じられないと言いたげな表情をしている。その表情にムキになってノルは続けた。


「あのオルゴールには不思議な力があってね、音に合わせて私が踊ると普通の人でも亡くなった人とお話しできるはずよ。前にあのオルゴールを直したいのは弟に音色を聴かせてあげたいからって言ったけど、本当は弟とお母さんを合わせてあげたいからなの。直ったらその人とも会わせてあげるわ!」


 サミューに「ほぉ」と言われ我に返ったノルは、母からその手の話を信じない人は多いと聞いていた事を思い出した。自分がムキになっていた事に気が付き、恥ずかしさでソワソワしつつサミューの方を見たが、何かを考え込んでいるかのようで、話しかけてもしばらくは曖昧な返事しか返って来なかった。



 ♢♦︎♢



 それからしばらく3人は歩き続け、気がつけば昼過ぎになっていた。道沿いの林が切れると丘が広がっている。その下を指差しながらサミューが言った。


「あそこがファディック村だ。暗くなる前には着くだろう」


 サミューが指した方を見ると石積みの屏の中に石造りの家々が見える。その周辺にはオレンジ畑が広がっていた。


「ここら辺でお昼ご飯にしない? お腹すいちゃった」


 ノルはそう言うと周りの返事も待たずにテキパキと昼食の準備を始める。とは言っても昼頃にはファディックに着いている予定だったため、硬いパンに干し肉を乗せたものとデザートに干し葡萄だけだった。


 贅沢を言うなと言いたげなサミューを横目にノルは「(夕食は豪華な物を食べたい)」と思いながら寂しいメインディッシュにかぶりついた。


 だが思ったよりも美味しい。干し肉は少し濃いめの味付けだが柔らかく、噛んでいると甘辛い味と肉の旨みがじわじわと出てくる。


 パンは最初はただ硬いだけのパンかと思いきや、外側はパリッと香ばしく、中はモチっとしていて食感の違いが楽しめた。このパンは味付けされていない分、素材の小麦粉の香りを強く感じられる。干し肉の濃い味がパンによってマイルドになっていた。朝食べたサンドイッチも、もちろん美味しかったがこれもまた違った美味しさだ。


「("仔羊の蹄亭"の女将さんが干し肉はおつまみって言っていたし、もしかしてこれが大人にしかわからない美味しさってものなのかしら)」


 大人の階段を一段上ったと思うノルだった。

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