13話 旅の計画
サミューがノルの家に到着すると、旅の計画を練る事になった。サミューはリュックの中から折り畳まれた紙を取り出しテーブルに広げる。
「これ世界地図ね! この辺りのものは見たことあったけど、こんなに大きいの初めて見たわ」
サミューは地図を指す。
「そうなのか? ここがスカベル村だ。ルカミ山脈で国境を超えて……ここがイルーグラスだ」
「ええっ、こんなに遠いの?!」
「……やはりお前は目的地がどれだけ遠いか分かっていなかったのか」
「で、でもお母さんの形見は何があっても直しに行くつもりよ。それにサミューさんも一緒に来てくれるんでしょ? 心強いわ」
サミューは少し照れた様子で話を続けた。
「楽器店の店主も言っていたように、山越えのルートが最短だろう。確かルカミ山脈を越える飛行船が山麓の街、ストンリッツの近くから出ていたはずだ」
「えっ! 飛行船に乗れるの? 楽しみだな」
ノルは再び地図に目を落とし続ける。
「そうそう、スカベル村の東隣のこの村にご近所のおじちゃんが行商に行っていたはずよ。頼めば馬車の荷台に乗せてもらえるかも」
「ほう、ファディック村へか。ではその方に頼んでおいてもらえるか?」
「わかったわ。それと、このウカンド砂漠を越えるために何か用意したほうがいいものってあるの?」
「いや、ルカミ山脈のイータル共和国側にギナハラという小さな町がある。そこで砂漠越えに必要な物は全て揃うはずだ」
「サミューさんって色々詳しいのね」
「ああ、依頼で世界中飛び回ったからな」
それから3人は荷造りの準備を始めた。
サミューは村の市場へ食料の買い出しへ、ノルは近所のトニーおじちゃんに馬車のお願いをしに、チラはお留守番をする事になった。
♢♦︎♢
「ええっ! ノルちゃんイルーグラスに行くのかい?」
「うん、お母さんの形見のオルゴールを直しにね」
ノルがそう言うと、トニーおじちゃんは心配そうに尋ねた。
「遠いけど大丈夫なのかい? おじさんは歳をとってしまって長旅は無理だけど、誰かついて来てくれる人はいるのかい?」
「うん。サミューさんって言ってね、色々なところに行ったことのあるお兄さんが一緒に来てくれるって」
「そうかい。それならひとまずは安心だね。何あったらそれぞれの街には自警団がいるはずだから遠慮なく頼るんだよ」
「えっ? 自警団、自警団……うん、覚えたわ」
「ああ、それからファディックへの話だったね。おじさん近々行こうと思ってたから、明日か明後日くらいの出発でどうだい?」
「明日の出発でよろしくお願いします」
「じゃあ明日の朝、ここから少し遠いけどおじさんの畑の前で待ってるよ」
次にノルはお隣のおばちゃんの家へ向かった。直してもらった母のケープを受け取る約束をしていたからだ。
「ええっ! ノルちゃんイルーグラスに行くのかい?」
「(私ってそんなに頼りなく見えるのかな)」と思いながらノルは頷く。
「うん。お母さんの形見のオルゴールを直しにね。でも安心して、サミューさんっていう旅慣れた人が一緒だから」
「それなら安心だね。長旅になるのならチラちゃん預ろうか?」
「ううん、連れて行くつもりよ。たぶん、ついて来たがると思うの」
「うん、うん、ノルちゃんもすっかりお姉ちゃんね。ああそうだ、頼まれてたロエルさんのケープだったね、できてるよ。破れたところを直しただけで、丈は変えてないから。ノルちゃんもすぐに大きくなるだろうしね」
「わぁ、ありがとう」
ノルにロエルのケープを渡すとお隣のおばちゃんは微笑んだ。
「長旅はあまり経験できることじゃ無いから、めいいっぱい楽しんでおいで」
「うん! ありがとう。行って来ます」
♢♦︎♢
ノルが家へ戻り荷造りを続けていると、サミューが帰って来た。
「食料は日持ちする物を買った。"仔羊の蹄亭"でもらった干し肉もあるしな。途中でいくつか街があるし、足りなくなったら現地調達でどうにかなるだろう。あまり荷物が多くても身動き取れないからな。だがこの日持ちする食料はいざという時のために取っておくぞ」
干し葡萄に手を伸ばすノルをちらりと見ながらサミューは注意する。
「え、ええもちろん分かっているわよ。そうだ、トニーおじちゃんと相談して出発は明日の朝になったわ」
「そうか、ありがとう。それならば今夜は村の宿屋に泊まることにする」
「うちに泊まればいいのに。うちならお金がかからないわよ」
「そ、そうはいかない」
サミューは少し狼狽えたがノルは気が付かなかった。
「それでは明日の朝迎えに来る」
「(宿屋さんの空室まだあるかしら?)」
そんなノルの心配をよそにサミューはそう言い残すと家を出た。
♢♦︎♢
その夜ノルはチラに旅に出ることを話した。
「チラちゃん、私お母さんのオルゴールを直すために旅に出ることにしたの。ちょっと大変な旅になると思うけど、ついて来てくれる?」
「うんっ! ノルのことはボクが守るよ。ボクはノルとエアの立派なお兄ちゃんだから!」
ノルとエアは知らないが、チラは2人が生まれたときに苗木の状態で植えられているため、双子より2歳上なのだ。だが精霊と妖精や人間とは成長の速度が違う。そのためチラが双子よりも幼く感じられるのはしょうがないことだった。
「ありがとう。それからね、チラちゃんが精霊だったり、私が妖精の血を引いているって知られない方がいいと思うの」
「うんわかった、気をつける!」
それからノルはエアのゴーグルを手に取り「お姉ちゃん旅に出るからエアも見守っていてね」と呟きそっとカバンの中にしまう。そして2人は明日の出発に備えて早めに寝たのだった。
その晩ノルは夢を見た。夢の中でエアが「俺も付いて行くからな」と言ってくれた気がしたが、目が覚めたときにはもう覚えてはいなかった──。