12話 花吹雪とピンクのスカーフ
ひと通り買い物を終えた2人は噴水のある広場に来ていた。
「馬車が来るまで多少時間があるな」
「それなら"仔羊の蹄亭"のご夫婦にお礼を言いに行きたいわ」
「そうだな。俺もしばらくこの街を抜けることになるし挨拶に行くか」
2人は"仔羊の蹄亭"へ向かい店へ入ると、丁度お昼時を過ぎた空いている時間のようだった。
「そうかい、2人でイルーグラスに。そうだアンタ、アレ持って来ておくれよ」
2人から旅立に出ると聞いた女将さんは厨房の奥にいる店主に声を掛ける。この"仔羊の蹄亭"の店主は強面でガタイが良く、とても料理人には見えなかったが女将さんの尻に敷かれている事で有名らしい。人は見た目によらないものだ。
「干し肉だよ」
店主がノルに干し肉を渡すのを見ながら女将さんがニカッと笑う。
「夜に来るのんべぇなお客たちのために作ってあるのさ。沢山あるから持ってお行き」
「女将さん、店長さん、ありがとう」
ノルにお礼を言われはにかんだ笑顔を浮かべる店主の横で、女将さんがサミューの肩をバシバシ叩く。
「サミュー、お嬢ちゃんをしっかり守ってやるんだよ」
「心得てる」
サミューがそう返すと2人は店を後にしたのだった。
♢♦︎♢
2人はスカベル村へ向かう馬車に乗っていた。
「サミューさん、改めてお礼を言わせてちょうだい。私の旅に同行してくれてありがとう」
「ああ、気にするな。そういえば自己紹介していなかった。俺はサミュー、歳は17だ。ウローヒルでまぁ……何でも屋みたいなことをしていると思ってくれ」
「そう言われてみると私たち、お互いに名乗っていなかったのね。私はノル、11歳よ。スカベル村で今は小さな弟と2人暮らしをしているわ。これからよろしくお願いします」
チラのことは精霊だと知られないほうがいいだろう。とりあえず弟として紹介することにした。
「ああ、よろしく」
馬車はガタガタと揺れながらスカベル村への道を進んだ。
♢♦︎♢
「ノ〜ル〜」
スカベル村で2人が馬車を降りるとチラが走り寄って来た。それに続いてお隣のおばちゃんも息を切らせて走って来る。
「ごめんね、いい子で待っていたんだけど『ノルが帰って来た〜』って突然出て行っちゃってさ」
チラはノルの影からサミューを見ている。サミューはそれに気付き尋ねた。
「お前があいつの弟か? 留守番できて偉いじゃないか、いくつだ?」
「ええっとね、13!」
背伸びをしながらチラは答えたが、とても13歳には見えない。
「ん? ……そうか、それじゃあ立派なお兄ちゃんだな」
サミューのその言葉に、チラは目を輝かせながら立派なお兄ちゃんについて考えるのだった。
お隣のおばちゃんと別れて3人で歩いていると、村人以外はあまり立ち寄らないような場所で商人が村人と話している光景に出くわした。その商人は何故かピンクのスカーフをこれみよがしに着けている。
「(仕事熱心だけど少し変わった人ね)」
ノルはそう思っていると、急にサミューが思い出したかのように言う。
「市場が見たいから先に戻っていてくれ」
「別に市場を見るのは良いけど、家に寄ってからにしない? 案内するわよ」
「い、いや、お前は疲れているだろうから先に家に戻れ。それに無性に1人で市場を見たい気分なんだ」
「そうなのね、分かったわ」
ノルは市場と自宅の場所を教え一旦別れるとチラを連れて先に家へ帰った。
♢♦︎♢
ノルとチラが見えなくなったことを確認すると、サミューはさきほどの商人を引きずりながら人気の無い場所まで来た。
「さすがっス、アニキ! すでに対象と接触してるとは」
「──何? そうか、よりによってあいつなのか……。それよりもスミス、そのスカーフは目立つから外せといつも言っているだろう!」
サミューのことをアニキと呼ぶ、どう見ても30過ぎのこの男スミスは義賊"花吹雪のスカーフ団"の団員だ。"花吹雪のスカーフ団"はウローヒルの街を根城に義賊活動をしている。
その活動とは周辺地域の不正に私腹を肥やした貴族や、悪どい活動をしている組織から金品を盗み、恵まれない人々や孤児院などに寄付することだ。これでもウローヒルの街では密かな人気がある。
そんな彼らがなぜサミューをアニキと呼ぶのかと言うと、実はサミューは"花吹雪のスカーフ団"のボスをしているからだ。
サミューは元々名の知れた腕利きの冒険者だった。だが3年前唐突に冒険者を辞め、1人で義賊活動を始めた。そんなサミューを慕って集まった者たちが、勝手に義賊の集団を立ち上げていたのだ。
初めは面倒に思って放っておいたが、グループの名前が決まったと知ったときには頭を抱えた。サミューの冒険者時代の二つ名"花吹雪"から取っていたのだ。
その二つ名の由来は、新人の頃に姉から押し付けられた女物のピンクのスカーフを身につけていた事から始まる。サミューの素早い身のこなしと、剣捌きは相対した者の目にピンクの残像を焼き付けた。
その事から"花吹雪"と呼ばれ恐れられるようになったのだ。
そんなサミューにとっては恥ずかしい名前を誇示する集団のボスとして、あれよあれよと言う間に担ぎ上げられていった。その結果、面倒見がいい性格のサミューは断り切れず仕方なく"花吹雪のスカーフ団"を率いることとなったのだ。
そんなわけでサミューがどんなにキツく言っても彼らがスカーフを外すことは無い。ピンクのスカーフさえ着けていなければ、変装は完璧なのだが……。
サミュー=“花吹雪”=“花吹雪のスカーフ団”と結び付けられる事は無く、とても目立つ団体名だが何故か間違った名前で覚えられる事が多い。その事はサミューを除いた団体名に誇りを持つ団員達の不満だった。
「それにしてもあんな子供を攫って来いだなんて、あまり気乗りしないんっスよね。……あ、もちろんアニキの事情は分かってるっスよ!」
「ああ、偶然だが俺はあいつの旅に同行することになった。この件はしばらく俺に任せてくれないか?」
「承ったっス! でもオレ達はアニキあっての"花吹雪のスカーフ団"なんでいつでも影から支援するっスよ。何かあった場合はこのブラウンに連絡させますので」
いつのまに来たのだろうか、スミスの肩にはちょこんと猿が乗っていた。ブラウンと呼ばれた猿の尻尾にもピンクの小さい布が結んである。それを見たサミューはため息をつく。
「お前、ブラウンにもスカーフをつけたのか……」
「いいえ、これはムーアのやつがつけてくれたんっスよ。ちなみにリボンだそうっス」
スミスは得意気だ。相変わらず仲間のノリには付いていけないサミューだった。