11話 ランタン屋敷
翌朝ノルが1階にある店に下りて行くとサミューが待っていた。
「おはよう。昨日は助けてもらったうえに、こんなにいい泊まる場所まで紹介してくれてありがとう」
「ああ、気にするな。それから……山や砂漠越えは子供のお前には過酷な旅路だ、俺が護衛として付いて行ってやろう」
「えっ? それってサミューさんが私の旅について来てくれるってこと? とても嬉しいけど、なんだか申し訳ないわ」
「お前、危なっかしくて見てられないんだ。それにこれを貰ってしまったからには、礼くらいはしないとな」
サミューはギターを見ながら言う。
「サミューさんって義理堅い人なのね。だけどこれは私がサミューさんに渡したお礼のはずよ。こんがらがっているわ」
「だから、あれはお前を助けたわけじゃ無い」
そんな2人を遮るように女将さんが咳払いをする。
「ここは店の中だよ、外で仲良くケンカするか、朝ごはんを食べるかとっとと選んでおくれ!」
2人はハッとして店内を見るると客たちはサッと視線を各々の料理に戻した。
「……ありがとう。これからよろしくね、サミューさん」
とりあえずノルはサミューの言葉に甘えることにした。そして2人は周りからの視線を感じながら朝食を食べ始めたのだった。
♢♦︎♢
朝食を食べながらこれからどうするか相談した結果、ノルが旅に必要な物を買い出ししている間にサミューは自宅へ荷物を取りに戻る手筈となった。
サミューと別れるとノルは市場へ買い出しに向かった。ウローヒルの市場はスカベル村の大通りとはまた違う雰囲気の店が並んでいる。スカベル村の市場は村人や旅の商人が開いている露店が多いがウローヒルは専門の店も多い。
旅をしたことの無いノルは何を買えば良いのか判らなかったが、まあなんとかなるはずだ。
キョロキョロと周りを見渡しながら歩いていると、市場の通りから一本横に入る道の石畳を、色とりどりな光が照らしている光景が見えた。好奇心旺盛なノルが道を曲がると1件の店があり、店の入り口の奥には様々な形をした色とりどりのランタンがぶら下がっていた。
古ぼけた看板には"ランタン屋敷"と書いてある。変わった名前の店だ。
店内には色々な大きさのランタンが無造作に陳列されているようだったが、窓から見えるその景色はかえって夢の中の星空を切り取ったようで幻想的だ。
ノルが見惚れていると腰の曲がったおじいさんが横に立っていた。不思議な形の杖を突いている。
夢中で見ていたノルは、おじいさんが店の中から出てきたであろうことに気づかなかったので思わず飛び上がった。
「そこのランタンは特殊な鉱石を加工しておっての、その鉱石を通した光を暗い中で見ることを魔物は嫌うのじゃ。元々その鉱石は透明なんじゃが、色とりどりなほうがきれいじゃろ?」
ノルが頷くとおじいさんは顎髭を撫でながら笑う。
「だかの、問題があったんじゃよ。普通の染料でその鉱石を染めると魔物除けの効果が弱くなってしもうた。まあ効果を弱めない染料はわしの発明じゃな」
おじいさんの話を聞いているとサミューがやってきた。
「買い物は終わったのか?」
ノルは首を横に振る。
「早く必要な物を買ってしまえ」
サミューに手を引かれ歩きながら後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、おじいさんはニコニコと微笑みながら手を振っていた。
「サミューさんの荷物はそれだけなの?」
ノルは小さいリュックとギターを背負ったサミューを見る。
「ああ、これだけあれば問題無い」
そのサミューの言葉をとりあえず信じることにした。
「えっと、まず買った方がいい物は……」
「女のお前には、テントと寝袋があったほうがいいだろう」
そう言うと再びサミューはノルの手を引いて歩き始めた。テントと寝袋を買うとノルは指を折りながらぶつぶつと呟く。
「食器と服は家にある物でいいし、食べ物は村で買うことにするわ」
考え事をしながら歩いていると"ランタン屋敷"へ続く道の近くに来ていた。
「やっぱりあのランタン気になるわ。魔物除けの効果もあるらしいし買っちゃダメかしら?」
「魔物除けの効果? それなら買っても良いかもしれないな」
そして2人は再び"ランタン屋敷"へ向かった。
扉を開けた2人をカランコロンと扉にかかった鐘の音が出迎える。店内へ1歩足を踏み入れるとまるで星空の中に迷い込んだようだった。外から見るのとはまた違った美しさの空間が広がっている。ランダムな高さでぶら下がる大小さまざまな大きさのランタンは優しい光を放っていた。
赤系や青系、緑系といったそれぞれの同系色を使ったランタンは、タイルのような鉱石を合わせて作られている。カラフルなランタンはランダムに角を落とされた小さな色々な鉱石を合わせて作られていた。
2人がその光景に圧倒されていると、夥しい数のランタンの間の道から、先ほどのおじいさんが杖の音と共に現れた。
「フォッフォッ、お嬢さんまたお会いしましたな。お嬢さんはどんなランタンをお探しかな?」
「可愛らしい物で、旅に持って行く予定だからみんなが安心して夜に眠れるものがいいわ」
「ふむふむ……。それならばこれは如何かな?」
少し考えるとおじいさんは斜め前にぶら下がっているランタンを外しノルへ差し出す。小さいカラフルなランタンは立体的な星形をしていた。一目見てノルはその可愛らしいランタンを気に入った。
「ええ、それをいただくわ」
おじいさんはノルからランタンを預かると店の奥へ歩き始めた。
「お嬢さんはどこまで旅する予定かな?」
「イルーグラスの街よ。お母さんの形見のオルゴールを直してもらうために行くの」
「ふむふむ……。ということはアッペリの所か。彼は少し変わり者での、まぁお嬢さんなら大丈夫じゃよ」
付いて行くとそこには小さな作業場と机があった。ノルの視線に気付いたのか、おじいさんはランタンを優しく丁寧に包みながら説明する。
「ここはわしの作業場であり、秘密基地なんじゃ。ここにある道具は古い物ばかりじゃが、みんなわしの大切な相棒じゃよ」
ノルは代金を渡しながらしみじみと答えた。
「秘密基地って素敵ね」
おじいさんはランタンの入った袋をノルに手渡す。
「ありがとう。アッペリによろしく伝えてくれんかの? それでは、あなた方の旅路に幸多からんことを」
そう言うと小さく手を振り2人を見送った。