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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
6章 インノ村、妖精の里での事件
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100話 グイグイ

「あの段階では分かっていないようだったな。 男爵の死因は刃物で首を切られた事による失血死だと見られているらしい。 それで刀を使う俺も疑わてその件に関して取り調べを受けた訳だ」


 サミューがお茶をひと口飲むと、3人もそれに合わせるように先程買ったパンをちぎり、口に入れた。


「だが男爵が殺されたと見られる前後の時間、俺は男爵を殴った件の取り調べを受けていたし、この刀も騎士団に押収されていたから殺害は不可能だと証明されたんだ。 ……だが俺は犯人を知っているかもしれない。 男爵の遺体の側に赤いローブとベールが落ちていたらしい」


「えっ赤いローブってもしかして……」


「そうだ、俺が男爵と会ったときその場にいた奴が身につけていた物に間違い無いだろう」


 エアはパンをゴクリと飲み込むと身を乗り出す。


「それじゃあ、始めっから男爵を狙っていたって事なのか?」


「そうかもしれないが分からないな。 ただ俺やイチトに悪夢を見せていたのも奴だろうから、おかしな力を持っていて殺しも躊躇しない危険な人物だという事は間違い無いだろう。 奴に見つめられたときは蛇に睨まれた蛙の様な気持ちになった、思い出すだけで嫌な感じだ」


 身震いするサミューを見てノルはふと思った事を口に出した。


「ねえ、それってサミューさんの事を狙っているって事は無い?」


「俺を狙ってる奴か……。 義賊をやっていた訳だし幾らでも思い浮かぶな。 用心するに越した事はなさそうだ」


「おいマジかよ、ノーガスに赤ローブに危ない奴が多いな」


 ノルとエアは話に夢中になり、すっかりパンを食べる手が止まっていた。 そのためチラはパンをちぎりエアの口元にグイグイと押し付ける。


「うおっ、自分で食べられるからやめてくれー」


「ちゃんと食べないと元気になれないよー?」


「分かった、分かったから」


 ノルはそれを見ながら自分もパンをグイグイされてはいけないと急いで食事を再開させた。


「ん? ノーガスとは何だ?」


 ノルとエアは顔を見合わせ頷く。


「ノーガスって言うのは妖精王を殺そうとした頭のおかしな妖精族の男なんだ。 まあ暗殺に失敗して逃げ回ってるから捕まえて来いって俺に白羽の矢が立って、体良く里を追い出されたんだよ」


 ポカンとするサミューを見てノルは慌てて説明した。


「実は私たち妖精の血が流れてるの。 エアが私の中にいる事をシャーマンの力だって説明したけど、本当は妖精だから出来る事なのよ。 それにチラちゃんは精霊なの」


 ノルとエアはサミューに自分たちの状況を話した。


「ほう、薄々お前たちが不思議な力を持っている事に気づいてはいたが、まさか妖精に精霊だとは驚きだ」


「えー、あのときみたいに驚かないのかよ。 つまんねーの」


「いや充分驚いている、ただ最近は驚く事が多くて反応が薄くなっているだけだ」


 特に驚いた様子も無くお茶を飲むサミューを見て、ノルも珍しくエアと同意見になった。


「ふーん私は驚いたわよ、ラナシータさんの家で寝たと思ったのに、目が覚めたら砂漠にいたときは」


 ノルはそう言って立ち上がると、箪笥からピンクのスカーフを取り出した。 サミューは眉を八の字にして謝る。


「すまなかった。 だが人目につかぬよう街の人が寝ている間に急いで出たかったんだ」


「まあ砂漠の中で事情は聞いたし、ラナシータさんたちにサミューさんが置き手紙を残したって言ってたからまだいいわ。 だけど本当に驚いたんだからね、このスカーフの事を知ってどうにか信じる事ができたけど」


「作戦に協力してくれてこれでも感謝しているんだ。 それに俺の大切なものを預けるくらいしなくては示しがつかないと思ってな」


「ボクはねぇ、奴隷商の人が変な事を言うから笑いを堪えるので必死だったよ!」


「ねー!」


 ノルとチラは奴隷商と共に行動する際には、余計な事を言ってしまわないよう極力喋らないようにしていたのだ。


「だよな! まぁ俺は始めっからそうなんじゃないかな〜って思ったから、わざと芝居に乗ってやったんだけどさっ!」


 ノルはサミューにピンクのスカーフを返すとチラと一緒に、エアに疑いの眼差しを向ける。


「な、なんだよ」


「あのときエアは泣いてたような気がしたけどー?」


「あ、あれは汗だから、目から冷や汗が出ただけだからな!」


 未だエアに疑いの目を向けるノルとチラを見てサミューの困り顔が更に深まる。


「……本当に迷惑をかけたな。 予定ではお前たちが寝ているうちに砂漠まで連れて行って、計画を打ち明けるつもりだったんだ。 まさかあそこで目を覚ますとは思っていなかった、お前を傷つけてしまったよな」


「だ、だからノルの首は少し傷ついたかもしれないけど、俺の心は傷ついてないって!」


 顔を真っ赤にしてアワアワするエアを見て、ノルとチラはニマニマする。 その様子を見てサミューは首を横に振り『諦めろ』と言う表情でエアの肩をポンとそっと叩いた。


「あっそういえばインノ村へは行ったの?」


「ああ、釈放された後インノ村の家を見に行ったら、ムーアにまずは姉さんの墓参りを済ませたらお前たちの所に行けと追い出されたんだ。 そうだ、インノ村の自宅を建て直す事にしたから、しばらくはウローヒルの家にいるつもりだ」


「分かったわ。 でも今晩くらいは泊まって行けばいいのに」


「いや、乗り合い馬車にでも乗って帰るさ」


「それなら村の外まで見送りに行くわ。 ちょうど夕食の材料も買い出しに行かなくっちゃいけないし」


「そうか、ありがとう。 それから……もしも嫌で無ければでいいのだが、俺の事を呼び捨てで呼んでくれないか? 一度断ってしまったのに虫が良い話だとは分かってはいるのだがな……」


「覚えててくれたのね、あのときの事情は分かったから気にしないで。 そしたらサミューさ……サミューにも私の事をノルって呼んで欲しいな」


「やはりお前の事を敢えて名前で呼ばないようにしていた事も気付かれていたか」


「もうっ、私は『お前』って言う名前じゃないのよ? 私はサミューの事サミューって呼ぶから、サミューも私の事ノルって呼んでよー!」


「ぜっ、善処する! おっと、そろそろ乗り合い馬車が来る時間か?」


 早口にそう言ってノルの家を出て行くサミューを見てエアとチラは頷く。


「逃げたな」


「うん逃げたよねー!」


「えっ? ちょっとサミュー待ってー!」


 夕日に照らされノルから逃げるよう足早に村の出口へ向かうサミューは耳まで赤くなっている。


『自分から頼んだ事だが、何故あいつに名前を連呼されるとここまで恥ずかしくなるんだ……?』


 今が辺り一面オレンジ色に照らされている時間で良かったと心から思ったサミューだった。

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