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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第1部 1章 旅立ち
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1話 出会い

 サリナスの森の朝は特に美しい──。


 カゴを腕に下げた少女は木の葉や小鳥が奏でる音楽に耳を傾け、木漏れ日の踊りを楽しむ。そして優しく吹き付ける風に髪を靡かせ、土や緑の香りを体いっぱいに吸い込むと歩みを進めた。


 朝露で黄緑の宝石のようにきらめくコケや、色とりどりの木の実に飾られた森の小道を楽しそうに歩く少女の名はノル。母親譲りの若葉色の瞳、栗色の髪を持つちょっぴり食いしん坊な8歳の少女だ。 


 近くの村で母親と2人で暮らしているため、森の中で採れた木の実やキノコ、薬草などを売って母との生活を助けている。ノルが森に来る理由は生活のためでもあるが、このサナリスの森が好きで第2の我が家のように感じているからだ。


 そんなノルには不思議な力がある。


 森に入れば行く先で必ず状態の良い森の恵みを見つけて手に入れることができるのだ。森に歓迎してもらえているようで嬉しく感じていた。


 またこの森にはお伽話に登場する妖精が住んでいると言われるくらい明るく良い雰囲気がある。もっともそれは森の浅い部分の話であって、奥深くへ足を踏み入れれば鬱蒼と覆い茂った木々が日の光を遮り、昼でも暗いため地元の人も立ち寄らない場所だ。


 森の小道でノルはしゃがんでいた。しっとりと湿った地面の上にはレースのスカートを穿いて帽子を被ったような不思議な形をしたキノコが生えている。興味深々のノルがそのキノコを手にした枝で突くと、ポワッと煙のように胞子が吹き出す。その胞子はすぐに風に乗って何処かへと運ばれていく。だがノルは思わず飛び退いた拍子に尻餅をついた。


「きゃっ」


 お尻についた土をぱたぱたと叩いて立ち上がると……。なんだか鼻がムズムズした。


「ハックション!」


 鼻をすすると薄らと甘い香りがする。その香りを頼りに周りを見回すとルリベナの木を見つけた。背の低いその木にはノルの小指の爪くらいの小さな深緑色の丸い葉っぱがわさわさと生えている。所狭しと覆い繁る葉の間からは、艶やかな赤紫色をした実が顔を覗かせていた。


 ルリベナの木はあまり大きく育たず珍しい植物だ。その艶やかな赤紫色の実は甘い味がする。ジャムやお菓子、ジュースなどに加工しても風味が損なわれることは無い。また、近寄るとほのかに甘酸っぱい香りが漂い、見た目、味、香りの三拍子揃ったその実は人気で希少価値が高い。


 ノルはルリベナの実を1個、もう1個と頬張っていたが、ハッとして持っていたカゴの中へ赤紫色の実を摘み始めた。


「いけない、いけない、貴重なルリベナの実を食べ尽くしちゃうところだったわ。でも、いい香りと甘いジュースが口の中いっぱいに広がって幸せだなぁ」


 思わず頬に手を当て口元を緩める。

 

その横をまるで透明で繊細な飴細工でできたかのような蝶がふわりと飛んで行く。初めて見る種類の蝶にノルは若葉色の瞳を輝かせた。


「あっ、待ってよ〜」



 ♢♦︎♢



 ノルは先ほどの蝶を追って森の奥まで来ていたが、残念な事に蝶を見失っていた。背の高い木が枝を茂らせ薄暗く、霧が立ち込め見通しが悪い。ひんやりと湿った空気が肺の中に流れ込んでくる。辺りは不気味に感じられるほど静寂に包まれていた。


「こんなときは歩き回らず、慎重に行動しなくっちゃ。決して迷子ではない……はず」


 深呼吸をして周りを見渡すと、ノルがある場所の少し先のほうに微かな光が見えた。不安に思いながらも光の方へ、ボコボコと張り出した木の根に足を取られながらも進む。


 すると茂みの先に淡い光の柱と小さな無数の光がキラキラと輝いている様子が見えた。それにいい香りも漂ってくる。


 赤、ピンク、オレンジ、黄色、緑、青──。


 カラフルに明滅しながら薄霧の中で揺れる小さな光はとても幻想的だ。ノルは不安だった気持ちをすっかり忘れてそこへ向かった。


 茂みを抜けた先にはまだ深い森の中のはずなのに、そこにだけ空からの光が届く空間が広がっていた。


 その中心にはルリベナの実をたわわに実らせた大きな木が生えている。薄霧がかかる光の柱の中では、ノルが先ほど追いかけていた種類の蝶が沢山舞っていた。飴細工のような羽に反射した虹色の光はとても美しい。


「──誰だ?!」


 ノルは驚いて声がした方を見る。自分は何事にも動じない性格だと思っていたが、それでも驚いた。


 自分にそっくりな子がいたのだ。違う点といえば髪型、服装、それから驚いたように見開きながらも強気な印象を受ける金色の瞳だった。


「驚かせてごめんなさい、だけどこんな森の奥に人が居るなんて思わなくって……。私はノル、近くの村に住んでいるわ」


 少し落ち着きを取り戻すとノルは答えた。


「……大きな声を出して悪かったよ。俺はエア、俺も近くに住んでいるんだ」


 少年エアはノルをジーッと見つめる。


「それにしても、よくここに来ることができたな。ここは親父に教わった俺だけの秘密基地なんだ」


 ノルはこれまでの経緯を話した。


「ああ、あの蝶は甘い匂いに寄っていく性質があるんだ。だから追いかければ木の実や樹液を見つけられるんだよ」


「それで浅い森でもルリベナの木の近くにいたのね。私は途中で見失っちゃったけど……」


「ええっ……。確かにお前のんびりしてそうだもんな。ゴホンッ……ルリベナは深い森の明るい場所を好むんだ。特にここのは今の時期ひときわ甘く香る。だからこの景色は今しか見られないけど俺、大好きなんだ」


「私もよ。こんな幻想的で美しい場所があるなんて知らなかったもの」


 2人はしばらくほうっと、この奇跡のような風景を眺めながらただ座っていた。


「ところで、あなたのお父さんもここを知っているなら、あなただけの秘密基地と言うには無理があるんじゃない?」


「た、確かに、お前以外に鋭いな……。そうだ、ノルも仲間に入れてやるよ」


 エアがニヤリと笑うと犬歯がちらりと見えた。


「本当? 嬉しいわ、ありがとうエア。私もルリベナの実をたくさん食べることができるのね」


「ププッ、お前そんなこと考えてたのかよ。食い意地張ってんな、まぁ俺もだけどさ……」


 2人は今日初めて会ったとは思えないほど気が合った。ひと休みした後でノルはエアの助けを得ながら、ルリベナの実を持っていたカゴいっぱいに摘んだ。


 それからお互いに持っていたお弁当を見せ合いっこしながら食べると、ノルの方がちょっと豪華なお弁当だったためか、エアが悔しそうな表情をした。話に花が咲いて気がつくともう日が傾きかけている。


「もうこんな時間か、森の入り口まで連れていってやるよ。お前迷子だったんだろ?」


「ありがとう。でも迷子じゃないわよ」


 他愛無い話をしながら2人で森の入り口まで行くとエアと別れノルは家に帰った。







【次回、エアの正体が明らかに!】

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