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07.扉の先は 〜簡単ボリュームトースト


芽衣奈は扉の前に立って、その取っ手を見つめた。

一旦気になり出すと考えが止まらない。


唯一の人間のお客さんだと思っていたフィーネさんは、異世界人だった。

という事は、シナモンカフェのお客さん全てが異世界人だという事になる。


『この扉を開ける常連さんは、どこから来てどこへ帰っていくのかしら?』

――全てが謎に包まれている。



お店の中にある扉は、この一つが全てだ。

お客さんだけではなく、芽衣奈もこの扉からお店に出入りしている。


オープン前の朝や、クローズ後の夜に、雑居ビルの廊下でたまにすれ違う人は、少しくたびれた様子のおじさんが多い。

みんなシナモンカフェなんて見えないかのように、こちらに関心さえ示された事がない。


だけど。

雑居ビル内ですれ違うおじさん達がシナモンカフェに関心を示さないからといって、明らかに人間とは違う外見をしたシナモンカフェの常連さん達とすれ違っても、何も感じないなんて事はあるのだろうか。




『もしかしたら』

もしかしたら、と芽衣奈は思う。


『もしかしたら、この扉が異世界と繋がってるのかしら……?』


芽衣奈自身も出入りするはずの扉が急に、不思議な空間に繋がっているような気がしてきた。


『営業中だけ異世界に繋がるのなら。今扉を開けたら、開けた扉の向こうは異世界なんじゃ……?』


思いついた可能性に、芽衣奈の心臓はドキドキと波打った。


『異世界の常連さんが良い人達だからといって、異世界が平和な世界とは限らない。今開けては危険があるかもしれない』と、芽衣奈の中の何かが警鐘を鳴らす。


開けてはいけない。

だけど開けた先が知りたい。

開けてしまってはもう戻れないかもしれない。

だけど開けてみたい。


お店の扉の取っ手を握ったまま、自分の中で激しく葛藤した末に、芽衣奈は好奇心に負けた。

自分の中で、芽衣奈を止める何かに知らないふりをして、握った取っ手に力を込めてぐっと引っ張った。


『見てはいけない世界を見てしまうかもしれない』


そんな考えが頭をよぎりつつも。

それでも芽衣奈は扉を開けた。


覚悟を決めたつもりだったが、思わず目を瞑ってしまう。

目に入るだろう未知の景色が急に怖くなった。


目を瞑っているので、耳に神経を尖らせる。

聞いた事のない何かが聞こえるかもしれない。


だけど―――

目を瞑った芽衣奈の耳に聞こえるのは、雑居ビルの入り口の方から小さく響く、車やバイクが通りを走る音だけだった。

――いつも聞こえてくる日常の音だ。


それでも何を見ても驚かないよう覚悟を決めて、芽衣奈はゆっくりと目を開いた。


目に入ったのは、いつも帰る時に扉を開けた先に見える、廊下の壁に貼られた防犯予防のポスターだった。


「ひったくり注意!」の文字と、ひったくったばかりのカバンを持って笑う悪い顔の男が描かれたポスターだけだった。


それは芽衣奈が知るいつもの雑居ビルの中でしかなかった。




『なぁんだ』

芽衣奈は拍子抜けしたような気分で、静かにお店の扉を閉める。


考えてみれば、シナモンカフェのお客さんは、お店の味を好んでくれている大切な常連さんだ。

どこから来たかなんて関係はない。

――たとえ常連さんが人間だったとしても、どこから来たのか知る必要がないように。


芽衣奈はふうっと息をつく。

少し疲れているのかもしれない。


『そういえばお昼がまだだったわ。お腹が空いていたから、余計な事を考えてしまったのね』と気がついて、お昼を大きく回っている時計を見たら、さらにお腹が空いてきた。


芽衣奈は究極に簡単ボリュームランチを作ることにする。作る気力さえない時の適当ランチだ。


冷蔵庫からピザ用チーズ出して、大きく掴んでフライパンに乗せ火にかける。

手早く半分にカットしたハムを四枚、真ん中に四角い空間を作るようにチーズの上に置く。その四角をめがけて卵を割り入れて、塩と粗挽き胡椒を上からゴリゴリとミルで挽く。

胡椒多めが芽衣奈の好みだ。ゴリゴリゴリゴリと追加で挽く。


それから食パンにマヨネーズを塗って、塗った面を卵に被せるように乗せてジュウジュウと焼く。

焼けたかな?という頃に、バターをひとかけらフライパンに落とし入れ、パンをひっくり返して更にこんがりと焼き上げる。


いつもよりチーズ増量、卵つきバージョンの、手軽なボリュームトーストの完成だ。

ただフライパンに順番に乗せていくだけのトーストは、時々作る芽衣奈だけのランチメニューだった。




芽衣奈が熱々のトーストを食べ始めると、お店のドアベルがチリンと鳴る。


「いらっしゃいませ」

芽衣奈は口を抑えて急いで立ち上がると、店に入ってきた常連のミュウさんが芽衣奈に声をかけた。


「メーナさん、お昼ごはん中だった?遅かったんだね。いいよ、いいよ、私は急がないから食べてからで」


ミュウさんが話しながら「座って、座って」と芽衣奈にジェスチャーを送ってくれる。


「すみません。お言葉に甘えて、先に食べちゃいますね。少しだけお待ちください」

「いいよ。ゆっくり食べなよ。……ね、なんかそれ美味しそうだね。メーナさん、それ食べ終わったら、私にも作ってよ。お昼食べたんだけどさ、早かったからお腹空いちゃった」


「ではこれと同じ、簡単ボリュームトーストを後でご用意しますね。卵つきと卵なし、どちらがいいですか?」

「卵つきで」

「かしこまりました。少しお待ちくださいね」

「いいって。ゆっくり食べなよ」


急いで口を動かし始めた芽衣奈に、ミュウさんが笑って声をかける。





「わ、これ美味しい!いいじゃん。定番メニューに加えてよ」


芽衣奈が遅いお昼を食べ終わった後、ミュウさんにもお手軽ボリュームトーストを作って出した。

お待たせしたお詫びに、フラップジャックのお土産つきだ。


おそらくネコの異世界人のミュウさんは、今日も超ミニスカートから長い尻尾が覗いている。


だけどミュウさんが異世界人でも関係ない。

ミュウさんは、芽衣奈のお昼ごはんを「ゆっくり食べなよ」と声をかけてくれる、優しい常連さんなのだ。

どんな世界から来てくれているとしても問題なんてあるはずがない。


「ありがとうございます。私も大好きなトーストなんですよ。……そうですね。メニューに入れてみましょうか」

「いいじゃん!そうしなよ」


大切な常連さんの言葉に、芽衣奈はにっこりと微笑んだ。






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