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05.モーニングの常連さん 〜毎朝作りたてのミルクジャム


ドアベルがチリンと鳴って、オープンして間もない時間にお客さんが入ってきた。


「おはようございます。いらっしゃいませ、コブさん」


「おはようございます、メーナさん」


礼儀正しく挨拶を返してくれる彼は、モーニングタイムの常連さんだ。


少し怖そうな外見に反してとても穏やかな話し方をする彼は、蛇の異世界人じゃないだろうか。


耳は髪に隠れて見えないが、おそらく耳あたりまで届いている口と、顔から肩にかけてガッと広がった体格を持つ彼は、キングコブラをイメージさせる。

彼を見るたびに、昔テレビで観た『キングコブラと生きる〜熱い国の男たち』という特集番組を芽衣奈は思い出していた。




彼はいつもの一番奥のテーブル席に座ると、水とおしぼりを運ぶ芽衣奈に声をかけた。


「今日もあのミルクジャムありますか?」

「もちろんですよ。コブさんが気に入って下さっているミルクジャムは、毎朝作りたてなんですよ。

モーニングミルクジャムトーストセットは、Aセット、Bセット、Cセットのどれにしますか?」


「どうしようかな。今日はAセットの冷凍バターサンドにしようかな。Cセットのピーナッツクリームサンドも単品で一緒に頼もうかな?……頼みすぎかな?」


モーニングのミルクジャムトーストセットの追加注文に悩むコブさんに、芽衣奈は笑顔で声をかけた。


「冷凍バターサンドを食べてから、お腹具合を見られたらどうですか?追加注文もすぐに用意しますよ」


「ありがとうございます。そうさせてもらいましょう。ではとりあえずAセットで。飲み物はアメリカンでお願いします」

「かしこまりました」


芽衣奈はキッチンに下がって、手早くモーニングセットの用意を始めた。


サンドイッチ用の薄い食パン二枚を、トースターでじっくりカリカリに焼き上げている間に、他の準備に取りかかる。

先にカトラリーと、コーヒー用のお砂糖とミルクもトレーに置いて、コーヒーカップもエスプレッソマシーンにセットする。

あとはボタン一つでアメリカンの完成だ。


チンと軽い音を立ててサンドイッチ用トーストが焼き上がると、素早くエスプレッソマシーンのボタンを押してから、ミルクジャムサンドの組み立てに取り掛かる。

流れるような動作に無駄はない。


トースターから二枚のトーストを取り出して、朝作りたてのミルクジャムを塗る。たっぷりと。

次にスライスした冷凍バターを一枚取り出して、ジャムの上に乗せる。冷凍バターは、大きな塊のバターを薄くスライスして、一枚ずつラップに包んでいるものだ。

あとは二枚のトーストを合わせて、手早く半分にカットして完成だ。


カットされた断面は、トースト、ミルクジャム、冷凍バター、ミルクジャム、トースト、と美しく層になっている。

――完璧だ。今日もとても綺麗にカットできた。


薄くカットした冷凍バターが溶けて柔らかくならないうちに、急いで――だけど落ち着いて見えるように、慎重な動きで芽衣奈はトーストとドリンクをコブさんの前に静かに置いた。


「バターが冷たいうちにどうぞ」と芽衣奈が声をかけると、コブさんは上品な手つきでトーストをつまんで、パクリと食べてくれた。


コブさんの素敵なところは、この一番美味しいタイミングを逃さずに食べてくれるところだ。

焼きたてのトーストにサンドされている冷凍バターが、もぐもぐと動かすコブさんの口からポキポキと小さく音を立てている。


コブさんは蛇に似た異世界人だが、出した料理を丸呑みにしたりなんかはしない。いつでも上品にもぐもぐと味わって食べてくれるのだ。



「うわ〜今日も最高に美味しいです。焼きたてのサクサクのトーストに、ミルクジャムと冷たい冷凍バターがパキパキと割れて、食感も味も良いですよね。

このミルクジャムって、ココナッツミルクのジャムでしょう?昔母がよく作ってくれました。懐かしい味がします」


「お母様の味ですか。ココナッツミルクジャム、美味しいですよね。ココナッツミルクとお砂糖と卵を、弱火で時間をかけてゆっくり煮詰めるとなめらかな食感になるんですよ。火が強いと卵が固まってモロモロしちゃうんです。それも美味しいですけどね」


「ああ、そうなんですね。はは。母の作るミルクジャムは、モロモロしてました。いつも忙しくしている人ですから、きっとジャムも強火で手早く作っていたんでしょう」


「忙しい中、朝からミルクジャムを作ってくれるなんて素敵なお母様ですね」


「そうですね。いつもせわしなく「早く、早く」と急かすような母でしたが、毎朝このミルクジャムは作ってくれましたね。冷凍バターをサンドしたものは、このお店で初めて食べましたが。

……やっぱりピーナッツバターサンドも単品で追加お願いします。もう少し食べたくなりました」


「かしこまりました。ミルクジャムとピーナツバターのトーストサンド、単品追加ですね。すぐに用意しますね」


オーダーに応えて、また芽衣奈はキッチンに下がりながら考える。


『ココナッツミルクジャムは、コブさんの故郷の味なのね。今度Bセットの、溶ろけるチーズサンドもサービスでお出しして、味を見てもらおうかしら』


冷凍バターのAセットはミルクジャムトーストセットの中での一番推しだけど、芽衣奈の二番推しはBセットだ。

『ココナッツミルクジャム×溶ろけるチーズ』の、甘じょっぱい味もぜひ知ってほしい。


そんな事を考えながら、カリカリに焼けたサンドイッチ用トーストの片面に、たっぷりのミルクジャムを塗り、もう片面にピーナッツバターをたっぷりと塗って、二枚のトーストを合わせて手早くカットする。


ピーナッツサンドは冷凍バターサンドのようにタイミング勝負ではないけど、早く届けないと、コブさんのお腹がいっぱいになってしまう。

お腹がいっぱいの時は、美味しが半減してしまう時でもある。

追加の注文は、急いでお出しする方が美味しく食べてもらえるはず。



手早く仕上げて素早く運んだトーストサンドを、コブさんはやっぱり上品な手つきですぐに食べてくれた。



「うわ〜美味しいですね。やっぱり追加注文して正解でした。……懐かしくて美味しいなぁ」としみじみと感想を聞かせてくれるコブさんは、いつでも美味しいタイミングで食べてくれる、シナモンカフェの大切な常連さんだ。




『明日もココナッツミルクジャムを丁寧に作らなくっちゃ。きっと明日も冷凍バターサンドを注文してくれると思うから、Aセットを食べ終わるタイミングで、溶ろけるチーズとミルクジャムのサンドをサービスでお出ししよう』


明日のコブさんが『うわ〜美味しいですね』と食べてくれる事を願って、芽衣奈は明日のサービスの段取りを考えた。


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