03.常連のシマさん 〜ピーナッツスムージー
11:00。モーニングセットのメニューを片付け終わったちょうどその時、お店のドアベルがチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ。こんにちは、シマさん」
芽衣奈は店に入ってきた、小柄な常連さんに挨拶をする。
彼女はシマさん。
彼女もまた異世界人だ。
ワンピースの下からリスみたいな大きな尻尾が覗いている。
もはや覗いているとも言えないくらいに、堂々と出ているが、「かわいい尻尾ですね」と声をかけていいのか芽衣奈には分からない。
開店して半年が経つ芽衣奈のお店は、異世界人のお客様が多いが、芽衣奈はまだまだ異世界人のお客様との距離感を掴めていない。
軽い気持ちでかけた言葉が、思いがけず相手を傷付けてしまう事だってあるだろう。
そういう時は「知らなかった」では済まされない。
いつの間にか異世界的重大なマナー違反をしていて、社会的にお店ごと抹殺されるような事も起こりうるのだ。
芽衣奈は、異世界人の常連さんの容姿に触れる話題は口にしないように気をつけていた。
常連のシマさんは、小柄な(おそらく)リスのお姉さんだ。開店してすぐの頃から、芽衣奈のお店にしょっちゅう寄ってくれている。
(おそらく)年も近いので、お店にシマさんしかいない時は、気軽におしゃべりをしたりする。
そんなシマさんがいつも座る席は、芽衣奈が作業をしている間もおしゃべりしやすいように、カウンターの真ん中の席が指定席になっていた。
カウンター席の椅子は、小柄なシマさんには少し高い。
今日もシマさんは、ピョンとジャンプして席に座ると、置かれたメニュー表を見ながら口を開いた。
「そうねえ。もし頼んでいたドリンクが完成してたらそれを。ないならいつものアイスアーモンドミルクをお願いするわ。黒糖シロップ多めで」
アーモンドミルク好きのシマさんは、ナッツが大の好物らしい。
『頼んでいたドリンク』、それは。
「アーモンドミルクも大好きだけど、もっと違うナッツドリンクを飲んでみたいわ。何か新しいの作ってよ」とシマさんからは、前々からリクエストを受けていたものだ。
「リクエストメニュー、完成しましたよ。少しお待ちくださいね」
芽衣奈はシマさんのリクエストに応えるためにここ数日試作を重ねていて、昨日やっと自信の新メニューが完成していた。
あれだけ試作を重ねたのだ。きっと気に入ってもらえるはず。
芽衣奈はカウンターのキッチンスペースに回って、いそいそとドリンクの準備を始める。
まずはミキサーを用意して、その中に粉末状にしたピーナッツ、豆乳、コンデンスミルク、シロップ、荒く砕いた氷を順番に入れていく。
粉末ピーナッツは、芽衣奈お手製のものだ。
市販のローストピーナッツを、更にフライパンで空炒りする事で、香ばしさと風味をアップさせたものである。この一手間が味の決め手となるのだ。
さらに。ナッツは酸化しやすいので、今朝モーニング準備の合間に煎って冷ましてからブレンダーで細かく砕いたものだ。
フレッシュなナッツ、この味を知ってもらえたら、もう他のナッツドリンクなんて目じゃないだろう。
自慢の素材をミキサーに入れてスイッチを押す。
ミキサーをガ――ッと回して、スムージーを作る。
氷が砕けるガリガリガリという大きな音が響くが、美味しさに近づく音だ。気にする必要はない。
ミキサーの中で材料がスムージー状になったら、あとは仕上げを残すのみ。
せっかく美味しく出来たスムージーなんだから、見た目から美味しそうに盛り付けたい。
出来上がったスムージーを、細くて背の高いグラスにトプントプンとグラスのギリギリまで注ぐ。
――試作を重ねただけあって、完璧な分量だった。
それからその上にホイップクリームをたっぷりと(映えを狙う訳ではないが、こういうのはたっぷりクリームが美味しいはず)、絞り出す。
胃もたれがしない程度の程よい量をクルクルッと回しながら絞り、最後の仕上げに上からパラパラとピーナッツの粉を見栄え良く軽くトッピングして―――完成だ。
「お待たせしました。ピーナッツスムージーです」
コルク素材のコースターの上にグラスを置くと、シマさんが、背の高いグラスにクリームで更に背が高くなったスムージーに驚いていた。
――小柄なシマさんには、ちょっと背が高すぎたかもしれない。
「すごい。見た目もすごいけど、ピーナッツをドリンクにしちゃったのもすごいわね」
「煎りたてピーナッツを使ってるから、深い味わいを楽しめるはずですよ。このスムージーは、ストローで飲むことも出来ますが、溶けるまではロングスプーンで掬って食べることも出来ますから。早く食べてもゆっくり飲んでも楽しめます」
「アイスみたいに食べることもできるドリンクなんて素敵!早速いただくわね」
太めのストローをグラスに差し込んだシマさんは、まずはスムージーだけの味を見てくれるようだ。
シマさんはチュウっと一口飲むと、ドキドキしながらシマさんを見守っていた芽衣奈にニッコリと微笑んだ。
「美味しいわ。ピーナッツがすごく香ばしく香るのね。甘さもちょうど良いし、最高よ」
どうやらシマさんのリクエストに上手く応えられたようだ。
自信の品ではあったけど、それでも初めて味を見てもらう時は緊張してしまう。
「お口に合ってよかったです。ゆっくり召し上がってくださいね」と笑顔で声をかけながら、芽衣奈は心の中でガッツポーズを決めていた。
ホッとしてから気がつく。
シマさんからのリクエストは、「ナッツを使ったドリンク」だった。
ピーナッツはナッツを名乗りながらも、ナッツではない。
ピーナッツ――落花生は土の中から採れる豆科のものだったはず。
芽衣奈はそうっとシマさんの様子を窺うと、シマさんはロングスプーンに持ち替えて、美味しそうにスムージーとクリームを一緒に食べていた。
芽衣奈特製のピーナッツスムージーは、豆乳も使っている。
豆乳×ピーナッツの豆同士だけど、ピーナッツが名ばかりでも「ナッツ」を名乗るなら大丈夫だろう。
『大丈夫、大丈夫』
芽衣奈は気づいた事に気付かないふりをして、こなしたミッションに安心する事にした。
『ピーナッツアレルギーの方もいるから、他のスムージーメニューも考えた方が良さそうね。
……ゴマのスムージーなんてどうかしら?アンチエイジングに効きそうだから、常連のおばさま達は喜んでくれるかも。
今度はゴマスムージーを試作しなくっちゃ』
新しく思いついた新メニューに、芽衣奈は心を弾ませた。