19アレンジオッケーのご注文 〜五香粉ハチミツカプチーノ
「まあ!また種類が増えたのね。前に買ったクッキーもどれも美味しかったわよ。同じものを帰りにテイクアウトしようと思ったけど、迷っちゃうわね……」
新しくお店に置いた、テイクアウト用のショーケースを眺めながら、ぺぺさんが悩ましげにため息をつく。
良かった。
ぺぺさんリクエストのクッキーは合格だったようだ。
新商品のクッキーは他のお客さんにも好評だったが、元々はぺぺさんのために作った味だ。
ぺぺさんの「美味しい」の言葉は、特別に聞こえてしまう。
テイクアウトクッキーの販売を始めたのはついこの前だが、クッキーの種類はどんどん増え続けている。
少し配合を変えるだけ、少し材料を足すだけで大きく味を変えるクッキーは、作り出すと面白いのだ。
抹茶生地の『お濃茶クッキー』と『濃い抹茶とホワイトチョコチップクッキー』。
ココア生地の『濃いチョコクッキー』と『チョコナッツクッキー』。
コーヒー生地の『エスプレッソクッキー』と、シナモンを加えた『コーヒーシナモンクッキー』。
紅茶生地の『アールグレイクッキー』と、スパイスを加えた『チャイクッキー』。
少し名前を変えたものもあるけど、実は同じ生地レシピを使っていたりする。
棒状に伸ばして休ませたクッキー生地に、ハケで水をサッと塗って、グラニュー糖をまぶしつけるだけで、ガリガリ感が魅力のディアマンクッキーにする事もできる。
――クッキーの種類は無限大なのだ。
常連のお客さんも今はまだ珍しいのか、お会計ついでに手に取って買ってくれるし、常連さんが家でもシナモンカフェの味を楽しんでくれると思うと、それだけで嬉しくなる。
そしてどんどん種類が増えていく、という流れだった。
「あら?これだけ形が違うのね。これクッキー……じゃないわね。『ココナッツマカロン』?」
ぺぺさんが一つだけ形が違うクッキーに目を止めた。
「それはココナッツ繊維と卵白とお砂糖だけでできたクッキーなんですよ。クッキーだけどマカロンみたいにサクサクした軽い食感なので、『ココナッツマカロン』なんです。ぜひお勧めしたいところですが、ココナッツは体を冷やすものなんですよね……」
残念だけど、『ココナッツマカロン』はぺぺさん向きのクッキーではない。
温かい国の食べ物は、体を冷やす作用があるものが多いのだ。ココナッツもそれに当てはまる。
『黒ゴマの真っ黒クッキー』を一回作ると卵白が一個余ってしまう。余った卵白で、卵白だけを使ったお菓子を作らなくてはいけなくなる。
もちろん卵白を多く使うお菓子は色々あるが、それは今じゃない。
今の芽衣奈の中のブームはクッキーなのだ。卵白クッキーを作りたい。
ラングドシャは手軽に作れるけど、崩れやすいから袋に詰めただけでは、持ち帰り中に崩れてしまうかもしれない。ケースに入れたら解決するが、ラングドシャだけのためのケースを用意するのも気が引ける。
「もっと丈夫なクッキーを」と考えたのが、ココナッツマカロンだった。
ココナッツマカロンはラングドシャより更にお手軽に作れる。焼き時間が少々長いだけだ。
卵白にたくさんの砂糖を加えてよく混ぜて、そこにココナッツ繊維を和えるだけの生地だけど、そんな手軽さを感じさせないくらいの美味しさがある。
ココナッツ繊維は、長い繊維のココナッツロングと短い繊維のココナッツファインの二種類があるが、芽衣奈が選んだのはココナッツロングだ。
計量スプーンをクッキーの型代わりにしているのだが、長い繊維を計量スプーンにキュッキュッと上手く詰めこむが面白い。
詰め込んだ生地をくるっとひっくり返して天板に並べて、半球状の生地を低温でじっくり焼くだけで、カリッカリのココナッツマカロンが焼き上がる。
湿気るとギュム〜という感じの残念な食感になってしまうので、個装袋の中に乾燥剤でカリッカリを保つ必要はあるが、ぜひこの食感で食べてもらいたいクッキーだった。
しばらくうーんと考え込んだ様子を見せたぺぺさんが、「決めたわ」と声に出す。
「やっぱりこのココナッツマカロンが気になるわ。ひとつお店の中で食べていこうかしら。クッキーに合わせるならやっぱりコーヒーよね。
ねえ、メーナさん。体が温まるコーヒーってないかしら?」
「ぺぺさんは、『プラックペッパーピーナッツクッキー』の五香粉の香りが好きとおっしゃってくれましたし、五香粉コーヒーはいかがですか?シナモンコーヒーもお勧めですが、五香粉の方が色んなスパイスが入ってますからね」
「五香粉コーヒー?……よく分からないけど、メーナさんのお勧めをお願いするわ」
「かしこまりました。ではご注文は五香粉コーヒーとココナッツマカロンおひとつですね」
ぺぺさんの注文ににっこり笑って、お店に置く事にした膝掛けを「よろしければどうぞ」と手渡した。
見た目から温かみを感じる、暖色系のチェック柄を選んでいる。
「ありがとう。綺麗な色ね」と喜んでもらえて何よりだった。この膝掛けで、ココナッツの涼しさも吹き飛ばしてくれるだろう。
ぺぺさんのための五香粉コーヒー。
エスプレッソマシーンで入れた泡泡のカフェラテに五香粉を振りかけるだけのコーヒーだけど、芽衣奈はそこに一工夫を加えたい。
泡の上にハチミツでハートの模様を描くのだ。
砂糖は体を冷やすけど、ハチミツは体を温める。
カフェの泡はハチミツを載せちゃうくらいに濃密な泡なので模様が書ける。
それならハートを書くしかないだろう。
テイクアウトのクッキーは、店内で食べるお客さんには袋のままではなく、お皿に出している。
ぺぺさん注文のココナッツマカロンも小皿に出して、「お待たせしました」とコーヒーと一緒にテーブルに置いた。
「……ハート?」
「はい。私の気持ちです」
「ふふふ。ハチミツを使ってくれたのね。このハートだけで温かいわね、ありがとうメーナさん」
ハチミツでハートを描いた五香粉コーヒー。
嬉しそうにコーヒーを飲んでくれているぺぺさんを見て、『次はお花を描こう』とひらめく。
『こんな感じの花模様』と、芽衣奈は指で作業台に花模様を描く練習をしてみる。




