18.女子会仲間は異世界人 〜炭酸がしっかり効いたティーソーダ
オーブンがピーッと鳴って、クッキーの焼き上がりを知らせた。
試作のクッキーが焼き上がったようだ。
テーブル席から立ち上がった芽衣奈は、オーブンを開けてクッキーの焼け具合を確認する。
とても美味しそうな焼き色が付いている。追加で焼く必要はないだろう。
まだ熱々なので、しばらくこのまま置いておこうと作業台の上に天板を置いた時、お店のドラベルがチリンと鳴った。
ドアに鍵をかけるのを忘れていたようだ。
「すみません、今日は定休日なんです――あら?シマさん、こんにちは。すみません。今日はお休みなんです」
扉から顔を覗かせたのはシマさんだった。
リスのようなふわふわの大きな尻尾がコートから出ていて、今日も尻尾はそっと触れてみたいくらいのキュートな魅力を放っている。
芽衣奈は扉を大きく開けて、ホコリが被らないようにそこら中をタオルを被せたままのお店の中を見せて、言葉と共にお休みを伝えた。
「あ、やっぱりお休み?定休日の看板は出てたけど、あまりに美味しそうな香りがしてたから、ちょっと扉を開けてみちゃったの。
いい匂いね。焼いてるのは明日用のスイーツ?」
「今焼いたのは、味見をするために少しだけ焼いた新商品予定のクッキーなんです。テーブルのクッキーは、おまけに作ったまかない用のラングドシャなんですよ」
シマさんがテーブルのお皿に乗せたラングドシャを見ている事に気づいたので説明をする。
自分用にと気軽に作ったものだ。恥ずかしいので、あれは商品じゃないからと伝えておきたい。
「ふふ。クッキーにもまかない用があるのね。焼きたてのラングドシャなんて贅沢ね。羨ましいわ」
「私の後の予定はもうクッキーを食べるだけなんです。お時間あれば一緒にお茶しませんか?新商品のクッキーも良かったら味を見てください」
今日やるべき事は全て片付けている。
芽衣奈は笑顔でシマさんを誘ってみた。
「え、いいの?メーナさんとゆっくりおしゃべりできるの嬉しいわ。さっき買ったくるみパイがあるの。食べてみない?私のお気に入りのパイなの」
シマさんが嬉しそうに芽衣奈の誘いを受けると、シマさんの後ろから声がした。
「え〜いいな、私も混ぜてほしい。私もメーナさんとおしゃべりしたい」
「私も」
「あら、ミュウさん、フィーネさん、こんにちは。今日は二人一緒だったんですか?」
シマさんの後ろにいたのはミュウさんとフィーネさんだった。二人は偶然お店の前で出会ったというより、一緒にいたような雰囲気だ。
「うん。二人で買い物してたんだ。これからシナモンカフェに行こうって話してて、ここに来てから定休日に気づいたんだけどさ。良い匂いがするし、扉が開いてメーナさんが見えたから声かけたとこ」
「ねえねえ何焼いてるの?女子会開くの?」
フィーネの「女子会」という言葉に芽衣奈は笑ってしまう。お茶をする時間は「女子会」と名乗るだけで楽しいものだ。
「おまけに作ったラングドシャがありますよ。一緒にどうですか?新商品予定のクッキーも焼けてるから、感想をもらえると嬉しいわ」
「新商品の味見?するする!ねえ、私ドーナツ持ってるよ。さっきフィーネちゃんと一時間も並んで買ったんだ。これもみんなで食べようよ」
「私のもあるわよ。ふわふわの超生ドーナツ。ね」
「ね」とミュウさんとフィーネさんが笑い合う。
とても楽しい時間を過ごしていたようだ、
異世界のくるみパイと異世界の超生ドーナツ。
ちょっと気になる。
いや、ちょっとじゃない。
とても。かなり気になる。
「では私は女子会用ドリンクを用意しますね」
「さあどうぞ」とみんなを招き入れて、芽衣奈は早速ドリンクの準備に取り掛かる。
女子会のパーティらしく、ドリンクはシュワシュワの見た目も可愛いティーソーダに決めた。
濃く濃く濃く入れた紅茶に、たっぷりの砂糖を溶かしてしっかり冷やす。
しっかり冷やす時間が少しかかるけど、おしゃべりをしながら、テーブル席をくっつけたりしている間にすぐに過ぎる時間だ。
女子会は早さ勝負ではなく、可愛さ勝負なのだ。時間がかかっても問題ない。
しっかり冷えたシロップに近い紅茶なら、ソーダで割った時に炭酸のシュワシュワが強く出る。
今日の女子会ドリンクは、『炭酸がしっかり効いたティーソーダ』、これだ。
「ティーソーダ、可愛いし美味しいね。新商品のクッキーも、どれもいいじゃん。ジンジャークッキーもシナモン効いてて芽衣奈さんらしいし、美味しいよ。ラングドシャも商品にしたら?定番の味も大事だよ」
「この黒ゴマクッキーは、みんな好きな味じゃない?真っ黒なのも面白いし、間違いないと思うよ」
「ナッツにブラックペッパーなんて、おつまみ系なのが大人の味よね。なんか香りもクセになるわね。良いと思うわ」
みんなに味を見てもらった試作のクッキーはどれも好評だった。
スパイス風味は、『ミュウさんとフィーネさんには、大人の味すぎて好まれないかな?』と内心心配していたけど、杞憂だったようだ。
三人がポリポリ美味しそうに食べてくれるのを見て、『シマさんが扉を開けてくれて良かった』と芽衣奈は嬉しくてにこにこしてしまう。
振る舞ってくれた異世界のスイーツに、違う世界を感じる事はなかった。
残念と思う気持ちと、ホッと安心する気持ちが実はあったりするのだが――それは内緒だ。
とにかくどちらのスイーツも、「お気に入り」という言葉も「一時間も並んだ」という言葉も、「分かる!」と納得の美味しさだった。
くるみパイは、パイに美しい模様が入った、くるみとドライフルーツの入ったパイだった。
キャラメリゼしたくるみとドライフルーツを包み込んだパイは、ほんのり香るジンジャーがすごく芽衣奈好みだ。
超生ドーナツは、ふわふわ生地とふわふわクリームがとろける美味しさのドーナツだった。
まさに「超生」だ。四等分にカットする手応えからとろけていた。
思いがけず始まった、異世界のお客さんとの女子会は異世界の噂話がとても楽しかった。
「ラビさんって本当に背が高いよね」
「リンさんも背が高くてカッコよくない?270センチなんて最高じゃん」
「知ってる?あの紳士のコブさんと付き合ってる人、この近くの事務員さんらしいよ」
「その噂話知ってる!私の友達、コブさんファンだったから大騒ぎしてたよ」
「キヌツネアイさんの声、大きいよね」
「そうそう。授業中、たまに聞こえるのよね。この前なんて「若返っちゃったから、ここの学校に通っちゃおうかしら〜オホホホ」って爆笑してて、クラスのみんな大爆笑だったよ」
みんなの話がおかしくて笑っていたら、フィーネさんに声をかけられた。
「メーナさん、今日の格好似合うよね。いつもそれ着たらいいじゃん」
「あ」
そういえば今日のエプロンとバンダナは、誰にも会わない場所でだけ楽しむ格好だ。
可愛い動物柄のエプロンとバンダナを急いで外してたたんでおく。
「え。なんで取っちゃうの?」
「だってこんな可愛い格好してたら、イメージに合わないでしょう?やっぱり『バリバリ仕事をする女性』らしく、キリッとしたイメージでいきたいもの」
「え〜〜〜」
異世界の女子達がとてもおかしそうに笑い出した。
面白い事を言ったつもりはないが、あまりにみんなが楽しそうに笑うので、芽衣奈もつられて笑ってしまう。
ここに集まる異世界の女子達は、シナモンカフェの大切な常連さんだ。
だけど休みの今日は、「大切な常連さん」を超えて「大切な異世界の友達」になり、一緒に過ごす時間はとても楽しかった。




