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常連さんは異世界人 〜異世界じゃない私のカフェの常連さん  作者: 白井夢子


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17/23

17.定休日の今日は 〜ブラックペッパーピーナッツクッキー


今日はシナモンカフェの定休日だ。


いつもよりゆっくりした朝を過ごした後、結局芽衣奈はお店に来てしまっている。

家で朝のコーヒーを飲みながらも、作りたいあれこれを考えてしまい、『やっぱりお店で作っちゃおう』と出てきてしまった。


だけど今日は自分のペースで、自分の好きなように過ごす事が出来る日だ。

エプロンも頭に巻くバンダナも、仕事用のシンプルな黒ではない。家から持参した、自宅用の動物柄のエプロンとバンダナで、シナモンカフェの中でお休み気分を演出する事にした。

――観客は芽衣奈だけの演出だ。

芽衣奈は誰にも会わない場所でだけ、こっそり可愛い柄を楽しんでいる。





フードプロセッサーを作業台の上に置き、早速クッキー生地作りに取り掛かる。


クッキー生地作りは、フードプロセッサーを使えば、計量しながら作ったとしても10分もかからない。

使い終わった後に、道具を洗って乾くのを待つ方が時間がかかるくらいだ。


フードプロセッサーは一つしかないので、洗って乾かしている間に、手混ぜでしか作れない別の生地を作れば流れがいい。

試食する必要のない定番の味は、営業時間中に揃えていくとして、今日はアレンジ生地をいくつか作る事にした。


芽衣奈が早く試してみたいもの。

それはぺぺさんリクエストの、『体が温まりそうなクッキー』だ。




まずは『ジンジャークッキー』作りから。

ジンジャーの名前からして体が温まること間違いない。


粉にジンジャーパウダーを足すだけで、プレーン生地がジンジャー生地に変身するが、更に他のスパイスと合わせると味に深みが出る。

芽衣奈はシナモンパウダーとナツメグパウダー とカルダモンパウダーを足すことにした。


選んだスパイスは全て、冷えはもちろん美容にも効くものなので、キヌツネアイさんにもお勧めできるクッキーになる。

『キヌツネアイさん、喜んでくれるかしら?』と、彼女達を思い出しただけで口角が上がってしまう。常連のおばさま達は、そこにいなくても元気をくれる存在だった。



フードプロセッサーに粉とスパイスと、アーモンドプードルと砂糖と少しの塩を入れて、軽く攪拌した後、カットしたバターを加えてまた撹拌する。

さらに溶いた卵を加えて撹拌したら、あっという間に生地の完成だ。

フードプロセッサーを使うと、撹拌具合に気をつけるだけで、焼き上がりがサクサク食感になる生地が出来上がる。


完成した生地を広げたラップの上に置いて、棒状に伸ばして冷蔵庫に入れて休ませておく。

お店のクッキーは、これをカットして焼くアイスボックスクッキーにしようと思っている。


型抜きクッキーの方が可愛いけど、カットして焼くだけのアイスボックスクッキーの方が手軽だし、シンプルな丸い形の方がシナモンカフェには合っている気がしていた。





フードプロセッサーを洗って、乾かしている間に次の生地にとりかかる事にする。


次は手混ぜで作る『黒ゴマの真っ黒クッキー』作り。

黒ゴマはアンチエイジングにも効くが、冷えにも効く。ジンジャーのように辛味成分ですぐに体を温めてくれるわけではないが、体の中から冷えを改善してくれるクッキーになるはず。


黒練りゴマ、黒スリゴマ、黒煎りゴマ。

この三つの形状の黒ゴマをたっぷり入れた、真っ黒クッキーに仕上げるつもりだ。



常温に戻していたバターをクリーム状にして、砂糖と少しの塩を加えて混ぜ、そこに黒練りゴマを加えて混ぜると、真っ黒な生地に変わった。


「よし、もっと!」と、黒さを追求しずぎて少し練りゴマを入れ過ぎた。

液体状の練りゴマで生地が緩くなってしまったので、卵は卵黄だけを使う事にした。

余った一個分の卵白は、お菓子にでもスープにでも使うことができるので、冷蔵庫に取っておく。


それから粉と一緒に、黒すりゴマと黒炒りゴマをたっぷり加えて、さっくりと混ぜ合わせたら『黒ゴマの真っ黒クッキー』生地の完成だ。


これはフードプロセッサーで作ると、炒りごまが細かく砕かれてすりごまに変わってしまうから、手混ぜで優しく作るのが正解の生地である。





最後に初挑戦の生地作り。

洗った道具は完全に乾いたし、またフードプロセッサーが使える。


作るのは『ブラックペッパーピーナッツクッキー』。

ブラックペッパー×ピーナッツ×スパイスという、芽衣奈にとっては冒険クッキーで、作る前からワクワクしてしまう。


フードプロセッサーに、粉と粉末状にした煎りピーナッツを入れ、多めのブラックペッパーと、少しの五香粉(ウーシャンフェン)を加えて軽く攪拌する。

ピーナッツ粉末量とスパイス量に悩むだけで、後の手順は同じだ。カットしたバターを加えて撹拌し、さらに卵を加えて撹拌したら完成する。


ほんの少し加えた五香粉。

五香粉は中華系のスパイスで、五種類のスパイスをミックスしたものだが、かなり主張する風味を持っている。少し振りかけただけで、全てが中華風になるのだ。

スープもお肉もカップラーメンさえも。


香りを印象づけるための隠し味的なものなので、軽い一振りだけにした。


出来上がった生地をまたラップで棒状に巻いている間にも、香ばしい煎りピーナッツ粉末と五香粉の香りが立つ。

スパイスを使ったクッキー生地作りは、ただ生地を作っただけなのに、スパイスが香って幸せな気持ちになれるものだった。




三種のクッキー生地作りはあっという間に終わってしまった。 

生地は一晩くらい寝かせた方が綺麗に焼けるので、明日焼くのが正解だが、作ったクッキーの味が気になってしまう。


生地作りが終わったら帰ろうと思っていたが、『一時間くらいだけ寝かせて、三種類みんな少しずつ焼いてみて試食してから帰ろうかしら?』と思い直す。


それに冷蔵庫には余った卵白一個分が眠っている。


あと少し生地を寝かせている間に、自分用おやつに卵白一個分のラングドシャを焼く事にした。

クッキーついでだ。使ってしまった方がスッキリして帰ることが出来るだろう。


クリーム状にしたバターに砂糖を入れて混ぜ、卵白も少しずつ加えて混ぜ、粉も混ぜたら生地は出来あがる。

それを天板の上に絞り袋で絞り出して、10分ほど焼けば完成だ。


使った道具を洗ったり、作業台の上を片付けている間にラングドシャは焼き上がり、そのうち三種のクッキーも焼いてもいい頃になった。


寝かせていた生地を味見用に少しずつだけカットして、オーブンに入れる。



クッキーは18分ほどで焼き上がる。

後はゆっくりした時間を楽しむだけだ。

何か飲み物を用意して、お客さん気分でクッキーをつまんでみればいい。






芽衣奈はテーブル席に、ラングドシャを盛り付けたお皿を置いたついでに腰を下ろして、店内を見渡した。


こうしてゆっくりした気持ちでテーブル席に座ってみると、カフェのお客さん気分になってくる。

椅子の座り心地は悪くないし、お店の居心地も悪くない。

――なかなかいいお店だと思う。



ふと天井を見上げて、『そういえば天井を拭いたことがないわね』と思いつく。

背の高い常連さんのために、天井用モップを手に入れるべきだろう。


いつもと違う場所に座ると、いつもと違う物が見えてくる。


『今日の真夜中のテレビショッピングは何かしら?』


クッキーの焼き上がりを待ちながら、芽衣奈は考える。




オーブンから香ばしい香りが漂ってきた。

クッキーはもうすぐ焼き上がりそうだ。






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