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常連さんは異世界人 〜異世界じゃない私のカフェの常連さん  作者: 白井夢子


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16.寒がりのお客さん 〜ジンジャーコンデンスミルクティー


お店のドアベルがチリンと鳴って、ご新規のお客さんが入ってきた。


白いシャツに黒いロングコートを羽織った、小柄でポッチャリした女性だった。

軽く体を揺らしながら小さな歩幅でよちよち歩くその歩き方は、ペンギンを思い出させるものだった。

「可愛いね、こっちだよ。おいでおいで」と声をかけたくなる可愛さだ。



「いらっしゃいませ。お好きな席におかけになってくださいね」

芽衣奈は、お客さんの歩き方にキュンとしながら微笑んで声をかけた。


店の扉から一番近いテーブル席に、「よっこいしょ」というように座ったお客さんは、ふ〜とため息をつく。

そしてはぁ〜と両手に息を吹きかけた。

――まるで冷たくかじかんだ手を温めるように。



それからテーブルに置かれた水とおしぼりを見て、ブルッと身を震わせた後にお願いをされた。


「すみません。お水じゃなくて、白湯をもらえませんか?とても寒くって……」


「もちろんです。すぐに用意しますね。風邪でしょうか?寒気がするのですか?」


「あ、いえ。私、すごく寒がりなんです。いつもこうなんです」


芽衣奈が心配になって声をかけると、寒そうに彼女は言葉を返した。

声が少し震えている。


急いでお湯を沸かして、マグカップに入れてお客さんに運ぶと、彼女はマグカップを両手で抱えてホッと息をついた。



「ありがとうございます。……あ、えーと、」


話途中でモゴモゴと口を動かす彼女は、おそらく芽衣奈の名前を呼ぼうとしているのだと思う。


「シナモンカフェにようこそ。私は店主の芽衣奈です」

「メーナさん、温かいお湯をありがとう。あ、私はぺぺといいます。素敵な店があるって教えてもらって来てみたんです。あの……身体の中から温まる飲み物って何かないですか?」


「身体の中から、ですか?」

「はい。……あ、私ホリーさんの同僚なんです。いつも眠そうにしてたホリーさんが、「このお店の飲み物を飲むようになってから、よく眠れるようになったし仕事中も眠くならなくなった」って話してて。

私、極度の冷え性なんです。お薬も飲んでるんですけどね、もし美味しくて冷えに効く飲み物があったらお願いします」


ペンギンのような歩き方をするぺぺさんは、モーニングの常連さんになっているホリーさんの同僚らしい。


それならぺぺさんも常連さんだ。

ぺぺさんのリクエストは聞くべきだろう。

シナモンカフェは、常連さんのリクエストならなんでもオッケーなお店なのだから。



「ではご注文は『身体の中から温まる、美味しくて冷えに効く飲み物』ですね。すぐにご用意しますね。

ぺぺさん、もしよろしければ私の私物になりますが、この膝掛けを使いませんか?冷えは足元から、と言いますからね」


芽衣奈はカウンターの裏から、休憩の時に使っている膝掛けを取り出して、ぺぺさんに手渡した。


「助かるわ……。ありがとう」とお礼を言うぺぺさんに微笑んで、早速入った注文の準備に取りかかる。




芽衣奈が用意するのは、ジンジャーコンデンスミルクティーだ。


いつもより茶葉多め、お湯少なめで、濃く濃く入れた紅茶に、ジンジャーパウダーと、たっぷりのコンデンスミルクを入れて、よくかき混ぜるだけで完成だ。


紅茶も生姜も冷えに効くし、コンデンスミルクにも身体の代謝を正常にする働きがあると聞く。

そうなればこの組み合わせは最強のはず。



「お待たせしました。ジンジャーミルクティーです」

「ミルクティーに生姜を入れたの?」

「ジンジャーパウダーですけどね。ミルクは牛乳じゃなくて、コンデンスミルクなんです。濃く入れた紅茶に合うんですよ」


「コンデンスミルク……」と呟くぺぺさんは、少し不安げだ。

それでもカップを口に運びコクリと一口飲んで、そして顔を輝かせた。


「これ、好きかも!コンデンスミルクが入った紅茶なんて、どれだけ甘いんだろうと思ったけど、そうでもないのね。普通のミルクティーより落ち着く味ね。とても美味しいわ」


「お口に合って良かったです。ジンジャーパウダーたっぷりの紅茶は、ピリッと辛いですからね。ジンジャーの辛さが際立たないように、濃く入れた紅茶に合うようにコンデンスミルクを合わせました。

甘さが要らなかったら、無糖のコンデンスミルクもありますよ。普段は店に置いていませんが、事前におっしゃってくれたらご用意しますよ」


「無糖……は止めておくわ。「お砂糖なし」って惹かれるけど、甘さがないと満足出来なくて、結局甘い物を別で食べちゃうもの」


「確かにそうですね。いさぎよく、とても甘い物を『少しだけ』食べた方が満足したりしますからね」


ふふふと芽衣奈とぺぺさんで笑い合う。

話してる間も、ジンジャーティーをコクリコクリと飲んでいるぺぺさんの頬がピンクに染まってきた。


「温かくなってきたわ。もう膝掛けはお返しするわね、ありがとう。

ホリーさんが話してた通り、とても素敵なお店ね。私も通っちゃいそうだわ。

ねえ、今日何かテイクアウト出来るようなお菓子はないかしら?美味しくて身体が温まりそうなお菓子。家でも食べれたら嬉しいわ」


「今日のスイーツは黒米ぜんざいなんです。黒米はアンチエイジング食ですが、血流を良くしてくれるので冷え症にも効くそうですよ。

ホットドリンクのテイクアウト用カップでお持ち帰りはできますが、汁物なので気をつけないといけない事と、時間を置いて食べるなら、カップに移してチンしなくちゃいけない事が不便かも……」


芽衣奈の説明に、ぺぺさんは少し悩む様子を見せた。

その気持ちは分かる。カップドリンクのテイクアウトは、手荷物が増える感じで芽衣奈も煩わしく思ってしまう派だ。


「今日は帰りに買い物があるから、テイクアウトは止めておこうかしら?……でもやっぱり気になるわ。一つテイクアウトで。気をつけて持って帰るわね」


悩んで、やっぱり黒米ぜんざいのテイクアウトを注文してくれた。

芽衣奈の気持ち的には、カップから溢れるくらいの黒米ぜんざいをサービスしてあげたいところだが、それは逆に嫌がらせになってしまうだろう。


「黒米ぜんざいのテイクアウト、お一つ追加ですね。ありがとうございます。

今度気軽にテイクアウト出来るようなクッキーなどもご用意出来るように考えますね」


「あら。ありがとう。身体が温まりそうなクッキーがあったら嬉しいわ」



貸した膝掛けを綺麗にたたんで返してくれたぺぺさんにはとても好感が持てる。

それに家でもシナモンカフェの味を楽しみたいと思ってくれるようなお客さんだ。

そんなお客さんのリクエストには応えてあげたい。


「では近々『身体が温まりそうなクッキー』をご用意しますね」

「楽しみにしてるわ」


ふふふと芽衣奈とぺぺさんは笑い合う。








明日はシナモンカフェの定休日だ。

家でゆっくり過ごそうと思っていたけど、きっとテイクアウトのクッキーを考えて終わる休日になるだろう。

だったら明日は閉めたお店の中で、試作しながら準備をして過ごすのもいいかもしれない。

もちろん明日の気分次第だが。


『どんなクッキーにしようかしら?』

考え始めると、色々思いついてきて色々作りたくなってしまう。

芽衣奈は作りたいクッキーリストを、浮き浮きとメモに書き始めた。


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