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常連さんは異世界人 〜異世界じゃない私のカフェの常連さん  作者: 白井夢子


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11/23

11.ケンタさんのテーブル席 〜人参ステーキ


お店の扉の表に、「本日のメニュー」看板を掛けることにした。


ラビさんは扉の前に看板は必要ないと言ってくれたが、「本日のメニュー」は「芽衣奈の気まぐれメニュー」でもある。

お店に入ったはいいが、期待したものと違ってガッカリするお客さんもいるだろう。

お店に入ってきたお客様に、「期待外れだ」と悲しそうな顔をされたら、芽衣奈も悲しすぎて立ち直れないかもしれない。

それは避けたい案件だった。

お互いの平和のためにも看板をかけるしかない。


小さなメニュー看板ならば雑居ビルの前にも出させてもらえるが、シナモンカフェのお客さんは、雑居ビルの入り口から入ってくるとは限らない。

お店の扉に看板をかけておいた方が、確実に見てもらえるはずだと、扉の表に看板をかけるためのフックを取り付けた。





『 〜本日のシナモンカフェランチ〜


人参ステーキと、人参ドレッシングのサラダと、キャロットケーキのセット 〜ドリンク付き〜

※人参メニュー最終日 』


今日は真夜中のテレビショッピングで買った人参を使い切る日だ。

大胆に人参をステーキにして、フレッシュなうちに使い切ってしまう事にする。


――ずっと人参メニュー続きだったので、まるでシナモンカフェが人参料理専門店のようになっている。

これ以上人参をイメージづけるわけにはいかない。


最後は打ち上げ花火のように、華々しく人参料理を打ち上げて終わる事にしよう。





大胆な人参ステーキは、芽衣奈自慢の逸品だ。

お肉にも勝るくらいだと思っている。


皮を剥いて塩を馴染ませ、ラップして電子レンジにかけた人参を、あらかじめ半分にカットしておく。

―― 一人前で、人参一本半。

一人前で二本使いたいところだが、人参が大きすぎてお皿に一本半分しか乗らないためだ。


オーダーが入ったら、フライパンの中にオリーブオイルとスライスしたニンニクを入れて、オイルに香りがついたらニンニクを取り出す。

そこに人参を投入して両面に綺麗な焼き色をつけ、更にバターも追加してこんがりと焼き上げたら完成だ。

こんがりと焼けた焼き色で勝負をかけるのだ。


美味しそうに焼けた人参ステーキをお皿に移して、胡椒をミルでガリガリと挽き、人参と一緒に焼いていたローズマリーの枝を上に飾って、特別感を演出する事も忘れない。

 

人参祭りのフィナーレを飾るのに相応しいステーキだった。






人参好きのラビさんとトールさんは、今日もお店に来てくれた。

カウンター席に座ったラビさんの耳は、今日も天井で15センチほど折れていた。


「今日で人参メニューは最後なんです」と伝えると、残念そうにしながらも「また来ますね」と言ってくれた。

彼等もシナモンカフェの常連さんになってくれるかもしれない。





人参尽くしメニューの最後を惜しんでくれたお客さんはもう一人いる。


それは(おそらく)ケンタウロスの、ケンタさんだ。


ケンタさんは、キヌツネアイさんから人参メニュー情報を聞いたようで、「私は人参に目がないんですよ」と通い始めてくれたお客さんだった。



下半身が馬であるケンタさんの「いつもの席」は、カウンターの椅子をどけた席だ。いつも立食スタイルをとっている。


だけどカウンターでの立食スタイルは、テーブルが低すぎる。低いテーブルでは食事がしづらいと思うので、ケンタさんが来た時は、テーブルの上に簡易テーブルを置くことにしている。


テーブルの上の簡易テーブル。

それは、ケンタさんが初めてシナモンカフェに来てくれた日の夜、真夜中のテレビショッピングで、『テーブルの上に置くテーブルを今買うと、りんご農家直送のりんごが一箱付いてくる!』という文言に引かれて、つい買ってしまったものだ。

本来ならパソコン用テーブルとして使う物らしい。



本来の使い方とは違うものかもしれないが、二度目の来店時にテーブルを見てケンタさんはとても喜んでくれたので、価値のある買い物だったはずだ。

たとえ人参メニューが終わった後に、ケンタさんがシナモンカフェに来なくなったとしても、テーブルとして十分な役目を果たしたと言えるだろう。




ちなみに。

美味しそうに人参ステーキを食べてくれるケンタさんから、お見合い写真の話題を出された事はない。

もしかしたら、キヌツネアイさんは芽衣奈だけにお見合い相手を見せただけで、ケンタさんはその事を知らないのかもしれない。

そこは本人に確認しないと分からない話だが、そんな話題を出してもお互い気まずくなるだけだし、お見合い話の件は無かった事にしていた。




「メーナさん、今日の人参ステーキ、とても美味しかったです。前の人参スムージーと人参パンケーキも忘れられない味でした。パンケーキにちょっと白胡麻が入ってるのが良かったです。

ああ……今日で食べられなくなるのが残念です」


「ありがとうございます。人参メニューはひとまず終わりますが、リクエストいただければまたご用意しますよ。明日からはりんごスイーツを始めようかと思いまして」


真夜中のテレビショッピングの農家直送りんごは、「収穫次第のお届け」だった。フレッシュなりんごは昨日出荷されていて、今日の夕方の受け取りが決まっている。


「りんごですか!私はりんごも大好きなんです。あの……いつかアップルパイを作ってもらえませんか?シナモン多めでお願いします」


「シナモン多めのアップルパイですね!明後日にはご用意出来ると思います」


シナモンカフェは、常連のお客さんのご要望なら、なんだってアレンジオッケーな自由な店だ。

ケンタさんは常連さんになるお客さんかは分からないが、ここ最近ずっとお店に通ってくれたし、芽衣奈のお店の味をいつも褒めてくれる。

ケンタさんのリクエストには、「聞く」以外の選択肢はないだろう。


それにケンタさんのリクエストは、お店の名前が入った「シナモン」多めをご所望だ。

そんなアップルパイは芽衣奈だって食べたい。



『アップルパイは、手作りじゃなくて手軽なパイシートを使おうかしら。美味しいパイシートを用意しなくっちゃ。香料と砂糖が入ってないパイシートを使って、りんごの風味をガッツリ押し出したアップルパイを作ろうっと』


今日パイシートを発注して、明日届けてもらって、明後日にはアップルパイをお出ししよう。


真夜中のテレビショッピングのりんごはもうすぐ届くはず。

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