始まる試験
皆さんこんにちは、佐上でございます。
今日は大晦日前日ということで『ナイト・オブ・エース』は今年最後の投稿となります。
明日以降大晦日特別企画として読み切りやら新連載やらが始まるのでお楽しみに
「今年は一段と多いな」
事務机に積み上げられた書類を見て、アベルは思わずそう呟いた。毎年この季節が来るたびに言っている気がするが、今年はこれまでとは比べものにならないくらいに書類の山が高くなっている気がする。というか間違いなく高い。
あと一週間で月の国騎士団入団試験が始まる。積み上がっている書類はその志願者の個人情報だ。一人一枚だから、目算でも二万人以上はいると予想できる。
四年に一回しか開催されないこの試験には年齢制限こそないものの、参加者のほとんどが十四歳から十八歳までの成人前の少年少女となっている。その理由には成人後に家庭を持つことが多いからだとか、夢を追えるのは子供のうちだけと考える人が多いからだとか様々だが、今年は成人済みの騎士が多く志願したのかそれとも子供が多い年代なのかはわからない。
月の国騎士団副団長。そんな肩書きを持つ彼女は、事務机の椅子に腰掛ける眼鏡をかけた青年、月の国騎士団第一部隊が隊長ラルフに問いかけた。心なしか、ラルフも書類の山に引いている気がする。さっきから何度も眼鏡を拭いており、これはラルフが動揺した時に出る癖だからだ。
「ラルフ、今回の試験だが第一試験に君への協力を頼ませてもらって本当に良かったのか? 一応、今回の君の持ち場は事務室だろう?」
「何度も聞かなくて大丈夫ですって、副団長。事務仕事はすぐに終わりますし、もっと働きますよ。それに、自分の弟子も参加するんですから自分直々に評価しないと気が済みません」
「……君に限ってそんなことはないと思うが、贔屓だけはするなよ。第一部隊隊長の座を下される所じゃ済まされないからな」
「ははっ、もちろんですよ。てか、それなら副団長もでしょう? ほら、ホワイトさんのお弟子さんも出るって話じゃないですか」
ラルフの言葉に、そういえばそうだったとアベルは思い出した。ホワイトは第二部隊の副隊長で、アベルの親友の弟子だ。親友から託されてはいるが、ホワイトと仕事を共にする事は少ないし、最近は会って話す事すらもほぼない。
この前と言っても、三ヶ月ほど前にホワイトから聞かされたはずだが、忘れてしまっていた。少しだけ、いや、かなり申し訳ない。
「そうは言っても面識はないし、ホワイト自体私の弟子ですらないからな。私は大丈夫だ」
「そういう事なら自分だけ気をつけときますよ。じゃ、自分はこの書類の山を片付けますから、副団長は騎士団長のとこ行ってきてください。そろそろ時間でしょう?」
不貞腐れたように嫌なことをアベルに言ってきた。アベルは騎士団長から呼び出しを食らっているのだが、嫌われている気がするしアベルも苦手意識を持っている。正直嫌だ。
「……急に憂鬱になってきたが行くとしよう。とにかく、試験への協力感謝する。何か埋め合わせをするから何がいいか考えといてくれ」
「ありがとーございまーす!」
明るい表情に戻って事務仕事をしているラルフを後に、アベルは事務室を出た。騎士団長からの呼び出しに答えるのははっきり言って面倒くさいし、本当は試験官の騎士たちと打ち合わせをしておきたいのだが上官の命令は絶対であるため致し方ない。
……今年は何人合格するだろうか。今回、毎年十人も合格しない最難関試験の最高試験管をアベルは任された。副団長に就任してもう二年経つし、それで信用を得られたのかはわからないが兎にも角にも任された以上、絶対に甘えを許さない試験にせねばならないなと、紺色のストレートヘアを揺らしながら考えるアベルであった。
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試験当日。ついにアムルは騎士団本部へと赴いた。試験が始まってからのことはわからないが、少なくとも今は全く緊張していなかったし、逆に楽しみかと問われると首を縦には振れなかった。当然アクアには私語厳禁令を言い渡してある。アクアにそのことを伝えると、「わたしの出番少なくなるじゃん!」と騒がれた。
そんなこんなで本部で受付を済ましている間、今朝の出来事が頭をよぎった。
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「ついに試験日ですよ、アムルさん! 本日の意気込みをどうぞ!」
「なんか、いつもより元気だな、アクア」
「そりゃあ、前回セリフ一つで前々回は大半が回想だったしね。そんなことより意気込みはよはよ!」
何やら作者から都合よく扱われている気がするが、気にしないでいいだろう。こういうのは考えるだけ無駄だ。
「意気込み……。そう言われてもやるだけやるとしか言えないな」
「おや意外。もっと気合い入ってるかと思った」
「気合いは入ってるけど、なんか、落ち着けてるんだ。それだけだよ」
「ふーん。まあ、いつかの傭兵相手した時みたく頭に血が上ってるよかいいんじゃないのー?」
急にアクアは冷静になった。自分だけハイテンションなことに今更恥ずかしくでもなったのだろうか。そんなわけないだろうが。
「自分から聞いといて急に落ち着くなよ」
「ごめん、わたしだけテンション高いってわかると冷静になってた」
「当たってたのかよ」
「何が?」
「こっちの話」
そんなやりとりをしているとホワイトが家から出てきた。一応補足して置くと、アムルとアクアはホワイトの支度が終わるのを家の前で待っていたのだ。
「ごめん、二人とも。待たせた」
「いえ、気にしないでください」
「それよりそれより、今日の試験官様から弟子へ向けて何か一言ございますか?」
アクアが拳をホワイトの顎付近へ持っていってそう尋ねた。相も変わらずホワイトは仮面をつけており、表情がわからない。ちなみにホワイトは今回の試験の試験官の一人として選ばれている。何でも、選ばれたのは今回の試験の最高責任者が贔屓にしてくれているからだそうだが、それでも選ばれるには相応の実力がないと無理だと思うし、素直に尊敬している。
「試験官の一人に選ばれた以上、たとえ弟子相手でも詳細は教えられないかな。アムルとアクアなら合格はそこまで難しくないと思うから、そんなに気を重くしないで頑張って」
「あいや、そんな真面目な回答求めてたわけじゃないんだけど……まあ激励聞けたしいっか」
アクアとホワイトのどこか噛み合わない会話に、思わずアムルは微笑してしまったがすぐに「頑張ります」と答え、アクアに私語厳禁令を言い渡した。
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「水の国所属の傭兵、アムル様でございますね。確認が終了いたしましたので、ひとまずはそこを左折して右手にある第一待合室でお待ちください。他に何かございますか?」
緑髪の受付嬢にそう尋ねられると、アムルはすぐに「大丈夫です」と返した。アムルは今は月の国で暮らしているが、それは傭兵としてホワイトの護衛に雇われたということになっているからだ。まだ所属は水の国になっている。
「では試験頑張ってください。次の方、お名前と出身国、それから所属騎士種名を教えてください」
緑髪の受付嬢から指示された通りにアムルは待合室を目指した。後ろを振り返ると、列は随分長くなっている。受付嬢は全部で五人いるが、試験が始まるまでに捌き切れるだろうか。できなければならないのは当然だが、試験が始まる時刻が遅くなるかもなと思った。
所属騎士種名とは騎士団所属騎士、護衛騎士、傭兵の三種に分けられる騎士の種類全般を指す言葉だ。受験者の九割九部は自由の身の傭兵である。生活面を考えると、傭兵は最も過酷なのだがこればっかりは仕方がない。騎士団に所属すると外聞がよくないのは前提として、位が低いうちは雑用ばかり任されて満足に修練ができないらしいし、護衛騎士が月の騎士団に入りたいと抜かせば主人からどう扱われるかわかったものじゃない。論外である。ちなみに残りの一部は主人が死亡したのにまだ任期が終わっていない護衛騎士である。
アムルにはホワイトという師がいたから傭兵になっても傭兵らしい生活を送らなかったわけだが、他の者は違う。月の騎士に弟子入りできる者などアムル以外にいても一人か二人だろうし、他の騎士にしたってわざわざ他国のために強い騎士を育てたいとは思わないはずだ。そういう意味でアムルは運が良かった。
待合室に入ると屈強そうな若者が何人もいた。マント等に刺繍された所属国を示す紋章は水に炎に爆と多様だし、わずかに年上に見える騎士も何人かいるしで国や年齢によって分けられてはなさそうだ。単に来た順で部屋が割り振られているのだろう。ぱっと見た感じ、月、闇、氷の国の紋章を背負ったものは一人もおらず、やや水が多くて爆が少ないかなといった具合だ。男女比は明確に男子の方が多い。
ピリピリと緊張感が走り、会話など起こる気配のない空間で一人の少女がアムルに近づき、口を開いた。マントは身につけていないが服の前方に大きく水の国の紋章が刺繍されており、その服は修道着だ。修道女も試験を受けられるのだろうか。
「あの、あなたも水の国の方ですよね? 傭兵ですか?」
「そうだけど……。それが何か?」
なんでそんなことを聞くのかアムルが不思議に思っていると、修道女はもっと不思議そうな顔をした。
「二週間前の公演にいらしてましたか? この部屋にいる水の国出身の方だとあなただけいなかったですよね?」
「俺はずっと他国にいたから」
「そうだったんですか、すごいですね! どこの国にいたんですか?」
名前も知らない修道女にグイグイこられ、少し困惑していると褐色肌の青年が近づいてきた。その青年が右肩にかけたマントにも、水の国の紋章が刺繍されていた。
「おい、お前。フリューのと会話には気をつけろよ。ソイツは相手に取り入って自分に有利な情報だけ抜き取るようなやつだからな」
「もう、失礼ですよ、ラッシュさん。それだと私が詐欺師みたいじゃないですか」
「みたいじゃなくて詐欺師だろ。……で、お前名前は?」
二人が何やら言い合っていると、突然『ラッシュ』と呼ばれていた青年がアムルに話を振ってきた。
「……アムル」
「よし、アムル。俺はラッシュ。で、こいつはフリュー。お互い同じ国の出として仲良くしようぜ」
「ちょっと、私の分も紹介しないでくださいよ。……改めまして、フリュー、十五歳です。実戦では容赦しませんからね」
二人ともフレンドリーな物言いをしているが目が笑っていない。他国にいたという情報に警戒されたのかもしれない。というか多分そうだ。さっき他国にいたと言った時、周りの騎士もこっちを見たし、ラッシュもそれで近づいてきた気がする。
少し後悔していると、扉が開いた。そこから出てきた騎士は、アムルのよく知っている表情を隠した仮面の下から人を安心させる声で「時間だ。ついてきて」と言った。
年越しは除夜の鐘をついてから漫画を読んで越す派