夢
本当に書きたい話が始まるまで推定二十話かかります。何なら五十話くらいかかるかも。
何でもっと簡潔に書けないんでしょうかね?
兵騎。月の国にだけ存在する奴隷制度である。
兵騎に生まれつきなる事はほとんどなく、死刑より重い刑罰とされている。人々は当然のように兵騎になった者へ侮蔑の目を向け、判決が下された者の中には自害する者もいるくらいだ。
兵騎は月の国の流れ仕事を行い、殺人を主としている。
情を持たないためにありとあらゆる訓練によって精神を破壊し、命令に背かないよう洗脳を行う。そうして殺人人形が出来上がる。汚れ仕事は全て受け持たせ、都合が悪くなれば即切り捨てる。仕事ができなければ首が飛ぶ。
そんな人権を持たない生きた殺人人形こそ、兵騎である。一定の任期を迎えれば売り物としても存在価値を見出され、もしかしたら自由を得られるかもしれないが、そんなものあってない様なもの。月の国がまだ利用価値があると判断していれば売り物にはなれず、売り物になれても買いたがる物好きはまずいない。
余談だが、唯一の奴隷制度を採用した絶対王政から月の国は帝国と呼ばれることも多くある。
そんな地獄には国の反逆者であったり、噂では神が何かの間違いで紛れてるとかないとからしい。
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村長から発せられた言葉。それは、アムルを気づかって言ったのではなく、何かに怯えてしまった結果溢れ出てしまったように感じた。
「……戻ってませんが何か気になる事でも?」
「いや、いい。それよりもお前は二度とこの村には来ないことを誓ってくれ」
「それは構いませんが……。それが記憶と関係あるんですか?」
「関係なんぞない。いいから、早く行け。ホワイトも。ほらほら」
村長は邪魔だと言わんばかりに手をひらひらとさせると、階段をさっさと昇っていった。
何だったんだろうとアムルは不思議に思いながらも、村長が何か知っているんじゃないかと少しだけ期待してしまった。
というのも、アムルには記憶がない。それも五年前、ホワイトに拾われた日から僅か三日前までの事しか覚えていない。それ以前の記憶は蓋を閉じたかのように何一つ分からないのだ。
アクアは知っている。だが、それをアムルには絶対に教えない。アムル以外の誰にも教えない。アクアは自分が、相棒が、二人ともが何者なのかはっきりさせようとしない。知りたくても閉ざしてしまっているのだ。
「……それじゃあ行こうか。馬車を借りたから行きよりも断然早く帰れるよ」
ホワイトの言葉にアムルは我に返ると、小さく「はい」と答えた。
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見送りには誰も来ず、門番に挨拶をしたらまたザックだった。
「おう、お前ら。もう帰るのか? もっとゆっくりしていけばよかったのによ」
「その冗談は笑えないよ、ザック。この子にこれ以上負荷をかけられない。それにもう試験が始まってしまうからね」
「そうか、そうだな。にしてもアムル、お前よく来たよな。あんな目に合ってたのに……。って、悪い」
ついと言った具合にザックはあわてて口を閉ざすが、アムルに向けるその目は以前と変わらない感情のない目のままだった。
「いいんですよ、俺が自分で決めた事ですから」
「そうかい。じゃ、気を付けてな」
重りのない言葉にアムルはなにも感じず、ホワイトは呆れてしまった。
こうして月の国へと向かった二人(三人?)は馬車に揺られながらいつの間にか眠りについていた。
アムルは夢を見た。リュウノ村に来てホワイトの弟子になるまでの十ヶ月間の夢だ。
妙にリアルな夢にうなされていたのだが、アクアは夢には干渉できず、何度か揺さぶったが起きる気配はなかった。ホワイトはぐっすり寝ていた。
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五年前ホワイトに拾われ、村に向かう道中から夢は始まった。ホワイトに何故か謝られた事は覚えていたのだが、その理由は今でも聞き出せていない。
すぐに村につき、ホワイトがアムルを村に入れる事に対して当時の門番が強く攻めている。
「おい、久しぶりに返ってきたと思ったらなんだよそのガキ! まさかお前、村を裏切ったのか!」
「違うよ。この子はさっき拾ったんだ。このままではいつ死んでしまうか分からない。帝国に連れて行っても無事な保障はないし、何よりこの子を生きさせたいんだよ」
「拾ったって……。まさかそいつを住民にするきか!? それならすぐに帝国に渡して来い! その方が俺たちのためだろ!?」
「おちついて。この子は君たちとは関係ない。関係を持たせる気もない。より生存率の高い方に預けたいだけ。それでもだめかな?」
「駄目に決まってんだろ!? まじでなに考えてんだよ! やっぱ帝国なんか行かせるんじゃなかった! すぐに報告だ!」
「だから落ち着いてって」
その後も長い間言い争っていたが、大声に反応したのか他数名の村人が来てしまい、強制的に村長の家に連れて行かれたのだ。
そして、ホワイトの説得によりアムルは村長宅の使用人として雇ってもらえた。そこからホワイトの滞在した三日間だけは使用人だったが、その後は奴隷になった。
給料を貰った事はない。休みを貰った事もない。鞭でしばかれることばかり。村人からは意味もなく殴られ、数人しかいない子供達からは罵声と共に石を投げられた。
見方はアクア一人だけ。アクアは傷を治してくれたが、傷の治りが早いからという理由でどんどん加減がなくなっていった。アクアはだんだん口数が減り、泣きながら謝るようになっていった。
家は村長宅の馬小屋。仕事は屋敷の掃除、馬小屋の管理、庭の水やり、村長の仕事の八割を受け持ち、他の村人の仕事も多く押し付けられた。さらにストレス発散のためのサンドバッグになり、子供達の玩具にもなった。村の独身女性からは欲求の捌け口に使われた。アクアを人前に出すのは怖くて、再生は自身の力だと言い張った。
アクアの力を悪用させられた事もあった。突然町に連れていかれたと思ったら、どんな怪我でも治す医者として商売道具になった。勿論給料はない。村の医者から毒薬を何度も飲まされた。食事はいつも死と隣り合わせだった。
カビたパンに鼠の肉。虫の入ったスープに飲み物は毒薬。何度も死にかけたがアクアに助けられていた。
「アムル、ごめんなさい。殺せなくて、わたしじゃきみを殺せなくて、本当に、ごめんなさい。わたし、もう見てられないよ。早く、楽にしてあげたいのに、わたしも、君が死んだら、消えちゃうから、まだ生きたくて、治すのを辞められない。本当に、ごめんなさい」
美しい少女の声はいつも涙と共にあった。アムルはアクアを恨んだことはないと事実を伝えても、必ず晩御飯の後に謝っていた。思い返せばこれが一番きつかった事だ。
気づけばアムルは感情が壊れていた。女性に触れられる事に強い抵抗を持つようになり、食事は味が分からなくなった。寝ている時に襲われる事も多かったためか、深い眠りにつけなくなったし、睡眠時間は大幅に減少した。命令されれば何でもやるし、アクアの涙はどうでもよくなった。
そんな状態が続いていたある日、突然ホワイトは返ってきた。そして、アムルの状態に静かに激昂し、当時の村長宅を破壊した後アムルを連れて月の国に向かったのだ。
「ア! ム! ル! 起! き! ろ!」
アクアの大声に目が覚めた。ホワイトもビクンと体を震わせキョロキョロしている。
「やっと起きた。久しぶりによく寝てるな~って思ってたらすんごいうなされてるんだもん。夢に夢中でも心配になるよ。どんな夢見てたの?」
「……忘れた。それより今どのくらい進んだ?」
「まだ十分も経ってないよ」
「……全然寝てないな」
「いやいや、わたしが三回呼んでやっと反応したんだよ! これは過去一だよ!」
「そうかもな。それより、今ので眠気も覚めたし話し相手になろうか?」
「おやおや珍しいね。君の方からお誘いしてくれるなんて。仕方ないな~。どうしてもって言うならなってあげてもいいけど?」
「じゃいいや。空でも見てるよ」
「うそうそ! なってください、暇なんです! お願いします、このとーーり!」
「……はいはい」
もうあれは過去の話だ。今はある程度回復した。後は進むだけで過去を振り替える必要はないな。そう思うアムルだった。
「うーん、、ムニエルも捨てがたい……。全部、、食べまふ、、」
ホワイトの寝言だ。いつの間にかまた寝ていたようだ。
「欲求の捌け口」……ご想像にお任せします。