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第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[前編④]

魔海も魔王も王国が勝手に浸透させた蔑称なの――byエリム

「国王がそんな感じなら、王子は貴族の人形ってところか?」


 何も言えなくなった僕に代わって、ソウシが会話を繋ぐ。そっか、軟体王子って単語がまだ残ってたな。


「当たらずとも遠からず、かな。べつに平民を見下したりとかはないし、人当たりは良いくらいなんだけど――()()()()、なんだよね」

「それだけ?」

「こっちが何か意見して`イエス`って承諾しても、貴族連中が`ノー`って言ったらノーにしちゃうの」


 その場凌ぎではなく()()()()()()()()()()と分かる人には分かるから、ただのお飾り人形と一括りにできないし余計に質が悪いとエリムちゃんは言う。その証拠に魔海(まかい)の海水が東海に滲み出たせいで魚介の一部が凶暴化した時、お忍びで海辺に来ていた王子は漁師たちの頼みを断らず魚介の制圧に努めてくれた、というのが以前東の浜辺に手伝いに出たお父さんの土産話もとい体験談で、今回の王都出張を断らなかった一因もそこにあるとか。東海っていうとカルタ王子の領域か、そんな大変なことが起きてたんだ……ところでさ?


「魔海ってなに」

「うん、たぶん聞かれると思ってた」


 喜ぶべきか悲しむべきか、エリムちゃんが僕の扱いを心得てきてるよ。魔海を知らないなら当然魔王も【ルジェスティーマ王国】のことも知らないだろうから、そこから説明すると言って一度貝たちを届けに店に走ると、代わりに立掛け看板タイプの黒板をえっちらおっちら担いで戻ってくる。


 伊達眼鏡もスチャッと装着して、完全にティーチャーモードだ……斯く言う僕らも、ソウシの懲りない神技と僕が―半ば脅されて―掛けた[オルタフリーション]との合わせ技で作られた砂の机と椅子にスタンバってるストゥーデントモードなんだけど。


「……なぁ、校外学習みたいな三角座りじゃ駄目だったのか?」

「駄目。向こうが黒板持ってきてんだから、こっちも校内学習の姿勢で応えるのが誠意だ」


 郷に入れば郷に従えだ、って言うソウシは無駄に真面目な顔してるけど……お前絶対楽しんでるだけだろ。机の上で思っくそ足組んどいて何が授業態度なんだか、とジト目で呆れていると、


「ハイ注目!」


 チョークが黒板を叩くカッていい感じの音と一緒に、エリムちゃんの声が響いた。マ、マジで先生が板に付いてるよこの子……いつの間にか黒板は相関図と解説でビッチリ埋まってるし。


「まず最初に言っておくと、魔海も魔王も王国が勝手に浸透させた蔑称なの」


 魔王はルジェスティーマ王国の尻尾を繋げて呼んだもので、当時君臨していた若き王の名はニージェスというらしい。その魔王の国に味方する海域ということで、三十年前――勇者VS魔王の戦いと同時進行で四海が総掛かりで封じた五つ目の海【ラルドカータ】は魔海と名付けられたんだと、幼い先生はカッカッとチョークで指し示しながら一生懸命説明してくれる。


 ルジェスティーマ王国の魔王に、魔海ラルドカータか……`魔`って響きを当てはめるくらいだから、人を食料または奴隷としてしか見てないとか世界を暴力で抑えつけて支配しようとしてるとか、やっぱそういう悪者の住処なのかな?


「ハイ、質問!」

「ではソウ兄ちゃん!」


 いやお前のキャラ不良と優等生どっちなんだよ。まぁ陰キャ生徒みたいにモゴモゴ考え込んでる僕より全然いいし、なんなら「その魔王様の国には、どんな奴らが住んでたんだ?」って僕の疑問をドンピシャで尋ねてくれて感謝したいくらいだけど。


「種族的には、王国と変わらないよ」

「ぇ、そうなの?」

「うん、人も獣人もエルフもドワーフもいたし。勿論モンスターもね」

「それって……」


 日本から見た外国と大差ないじゃん。それなのに蔑称で呼ぶなんてという言葉こそ飲み込んだもののニュアンスは伝わってしまったのか、「気持ちのいい話じゃないよね」と呟くエリムちゃんの瞳には歳に似合わない影が落ちていた。


「まかり通るかどうかはともかく、理由はあるみたいだけどね」

「理由?」

「そう。モン菌は知ってるでしょ?」


 モンスターの身体に付着していて、人以外の動物や相性が悪いモンスター同士だと悪影響を起こす事がある菌。今でこそ専用の石鹸で洗い流せるバイ菌扱いで、暴走しても退治するか僕らがやったみたいにティミックで除去できるけど……太古の昔。


 それこそ三十年前に終息した魔王と勇者の戦が起こる前とかは、一度暴走したら回復魔法を以てしても癒せないほど強力な菌で、人もモンスターと同じように凶暴化したらしい。


 たぶん現世でいうところの、不治の病原菌に近いものだろう。ただエリムちゃんが言うには、モンスターと違って人は菌に冒されても理性は残るそうだ……理性が残るのに、凶暴化?


「考え方が過激になってくんだって」

「考え方?」

「たとえば、もともと一匹狼だった人は視界に入った人を片っ端から殺しちゃったり」

「過激だっ」

「家族思いな人だったら危険が及ばないように閉じ込めたり、正義感の強い人だったら空き瓶ポイ捨てした人の命をポイ捨てしたり」

「マジのド過激……!」


 理性を残したまま凶暴化した人って犯罪者かヤンデレか融通が利かない善人になるんだね!? 初めて知ったよ……と同時に、なんとなくだけど蔑称付与の経緯が読めた。


「ルジェスティーマ王国に、モン菌が蔓延したんだね?」


 ソウシみたいに挙手なんてしてないし視線も声も海のほうに向いてたけど、エリムちゃんは「正解だよ」って僕の呟きに答えてくれた。やっぱりね……戦が起こるまでルジェスティーマ王国が健在だった理由も、想像はつくよ。


 例え話に出てきた三人とも確かにスイッチが入るとヤバいけど、四六時中無差別に命を奪う猛獣じゃない。そもそも菌に冒される前はどこにでも居る人だったんだしね……治安はともかく、国自体はどうにか回ったんだろう。


「魔海のマーメイドも同じようなもんか?」


 ぁ、そっちもあったね。ていうかソウシ当たり前みたいに質問してるけど、ここお前の担当異世界だよな? やっぱ僕がいる手前、知ってて敢えて聞いてくれてるのかな?


「魔王国に味方したんなら、治安も同程度ってことだろ?」


 それとも、意外とガチで把握し切れてなかったりして。結構昔の話だしな、って痛い痛い足でゲシゲシ蹴らないで分かってるよ僕のためでしょゴメンってば!


「んー、ラルドカータ海にもモン菌が広がったのは確かだけど……そもそも論、あっちの治安は底辺だったみたいだよ」


 あそこに住んでたのセイレーンだって話だし――と立掛け看板型黒板をひっくり返したエリムちゃんは、真ん中に《セイレーン》とデカデカと書いた。うん、僕がセイレーンについて聞こうとしてるのバレバレだね。


「間近で鱗を見ないとどっちがどっちか分かんないくらい、見た目はマーメイドにそっくりって言われてるの」

「へぇ」


 マーメイドが角の取れた扇形のふんわり鱗なのに対してセイレーンは真逆も真逆、尖りまくった三角のキッザキザ鱗らしい。その形状から連想できる通り性格も過激で、気に入らない認定した相手は種族に関係なく喰い殺したとか……この辺りは現世で言い伝えられてるセイレーンと似てるな。あっちは絶世の歌声で船乗り達を惑わして海に引きずり込むらしいけど。


「その、言い難かったらいいんだけど」

「ん?」

「……戦が起きたのはやっぱり、価値観の違いとか国同士の利益が原因なの?」

「……たぶん」

「たぶん?」


 急に暈した答えになったなと、僕は逸らし気味だった視線をエリムちゃんに戻す。いやまぁ、今までの受け答えがそもそも十歳の子のそれじゃないって言ったらそうなんだけど……と、エリムちゃんが「そこは、おじちゃん教えてくれなかったんだ」と伊達眼鏡を弄りながら呟いた。


 おじちゃん――どうやらこのブルギディア王国内を放浪しては、幼子たちに国の歴史を物語っぽく聞かせ歩いてる旅の人みたいで、彼女たち子供からは`語り屋のおじちゃん`と呼ばれ慕われてるらしかった。


「だから、言い難いんじゃなくて知らないの……ごめんなさい」

「っ、いやいやエリムちゃんが謝ることないって!」


 なんか説明すると大見得を切った手前答えられなかったのを申し訳なく思ってるみたいだけど、ぜんぜん落ち込むことないからね!? 「凄く分かりやすかったし知りたかったことは全部知れたからっ」と僕が全力でお礼を言えば、見せかけのレンズの向こうでコバルトグリーンの瞳がホッと瞬き、次いでフフンッと得意げに三つ編みが揺らされた。



 ザワザワ、ガヤガヤ。



 一時的に会話が途切れたことで、浜に遊びにきた人たちの賑やかな声が波と一緒に聞こえてくる。おやっと空を仰げば、海面スレスレだったはずの太陽がやけに高く昇ってて……結構な時間授業を受けていたことを僕に教えてくれた。エリムちゃんお店あるのに、悪いことしちゃったな。


「そういえば、なんで急に国のこと知りたくなったの?」


 世捨て人予備軍だったんでしょと疑問符を投げるエリムちゃんに、僕は何も返せなかった……いやもしかしたら同じ疑問符を投げ返してたかもしれないけど。だって僕自身、どういう経緯で魔王とか魔海について教えてもらうことになったのか咄嗟に思い出せなかったんだもん。


(いや、待てよ?)


 なんかコレいっそ忘れたままでいたほうが僕のためな気がっ、


「ワケあり王子のBirthday Song作って歌うことになったから♪」


 ……してきたぞって言い切る前に相棒に記憶叩き戻されたわ! そうだった異世界歴史授業の原点そこだったと机に突っ伏した僕をどう思ったのか、「あーうん、なるほど」って頷くエリムちゃんの声は可哀想な人に掛ける響きを持っていた。この分じゃ[プレイディング・デュエット]のこと、彼女の耳にも入ってるんだろうなぁ。


「にしてもシュウ兄ちゃんは律儀っていうか、お人好し(チョロい)っていうか」

「デジャヴなルビ振りっ……ていうかそこまでかな?」

「そこまでじゃなきゃ、朝っぱらからリン姉ちゃんの地雷踏み抜いてまで作ろうとしないって」

「あー……」


 改めて言葉にされるとそんな気もしてきたけど、だからって一国の王子様相手に`ハッピバースデー トゥ ユー`で済ますわけにもいかないし……それに、


――Thank you for attention. 今一度大きな拍手をおねしゃーっす!


 歌詞を考えるのは大変だからノーサンキューだけど、歌って踊ったり、やり切った爽快感と一緒に拍手の音を全身に浴びるのは悪くないっていうか……ぶっちゃけめっちゃ気持ち良くて好きなんだよなぁ。


「頼まれたからっていうのもあるけど、やるならちゃんとやり切りたいんだ」

「……そっか」


 律儀でお人好し、それから底抜けに真っ直ぐだね――ふわっと靡く三つ編みを手で押さえながら何かエリムちゃんが呟いたみたいだけど、潮風が強くて僕の耳まで届かなかった。首を傾げる僕に同じようにコテンと傾げた彼女は、眼鏡を外すと「本日のお勉強終わり~」と立て黒板を畳んでくるりと浜を駆けていく。


「ぁ、エリ――」

「次からはお勉強料金の代わりに、店の料理頼んでもらうからね~」

「っ!」


 お礼を言う前に、僕のほうが極上の応えを貰ってしまった。あの、年相応の一面もあるってことはちゃんと分かってるんだけどね……それにしたってカッコ良すぎやしませんか異世界十歳児!? 憧れみたいな感動で「はぅわわっ」と固まってる僕に気づかなかったのか気づいててスルーしたのか、エリムちゃんはすたこらサッサと店に戻ってしまい、


「六歳下の女児相手っつう絵面がなぁ」


 浜には色々と複雑そうな顔をした相棒と、そのリアルな呟きで「じょっ!」と我に返った僕だけが残された。女児、女児相手に憧憬の眼差し……いや内面! あの子の逞しい内面に惹かれたって意味だから疚しさとか全然ないから!


「危ない変態とかじゃないから!」

「あっそ。んなことよりさ」

「いや深刻に呟いといてもう`んなこと`呼ばわりかよ!?」

「歌詞、一フレーズくらい思いついたのか?」

「…………」


 一フレーズどころか一文字も浮かんでません、って正直に言うのもなんか怖いなと要らぬ怯えを抱いた僕は、


「ハ、ハッピバースデー トゥ プリンスぶっ」


 適当に口遊みながら振り返ったところをソウシに打たれました。


「本気で言ってんなら、このまま鼻固定すんぞ」

「ぶ、ぶぶぶっ」


 文字通り、鼻をぐいっとブタれました。断じて本気ではございませんとブヒブヒ弁解すれば、ちゃんと伝わったのかそれとも都合よく解釈されたのか、ソウシによるブタ鼻固定はとりあえず免れたけど……だからってすぐさま歌詞がポンポン浮かんでくるはずもないわけで。


「っていうか英斗くんの印象、いろんな話聞く前よりマイナスになってんだよね」


 もっと言うと、このブルギディア王国そのものの印象がさ……だって媚売り王に軟体王子だよ? アディさんとレイさんのこと歌詞にしようと思った時も大概絶望的だったけど、今回程じゃなかった気がすると嘆息しながら僕は砂の椅子に座り直そうとしたけど、



 ぐしゃっ。



 座り切る前に机も椅子も崩れ落ちた、ついでにそのまま砂の小山に尻が埋まった。あれ? なんでただの砂に戻っ、[オルタフリーション]の魔力切れた? いや切れたんじゃなくて切ったなソウシ! もっと言うならレベル下げたな!?


「何すんだよもう、白でも意外と砂って目立つのに……」

「頭から砂まみれにしてやっても良かったんだぞ」

「僕座ろうとしてたんだけど!?」


 まさかの頭から座らせるつもりだったのかとツッコみがてら見上げたソウシの双眸は、


「今の話のどこに()()()()()()があったんだ」


 僕の想像を遥かに超える、ノリで見上げた自分が恥ずかし過ぎて視線が下に逃げてしまうくらいの真剣さを湛えていた。

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