第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[前編②]
君たち、要更生者とステータスだろ――by英斗
「……なぁナージュ」
「はぁい、お代わりですか?」
「ん、それと一つ質問」
なんでフーリガンズには、王子誕生祝いのチラシが一枚も貼り出されてねぇんだ――空になった器を差し出しながらソウシが尋ねれば、柔和だったナージュさんの表情に一筋の罅が走る。たった一度の瞬きで上塗りされてしまうくらい薄いものだったけど、
「その感じ、単にチラシが回ってこなかったとか爺さんがゴミと間違えて捨てちまったとかじゃねぇな」
だからってそっと流してあげるソウシじゃなかった。
「話せねぇってなら別にいいぜ、明日マユリカ辺りに聞くからな」
「ちょ、お前そんな言い方――」
「お止しなさい」
たったの、一声。僕が咎めるより先に放たれた、海を統べる王族の静かな覇気が器と空気にさらに大きな罅を生み、あれだけ深い睡魔に呑まれてたウルの意識も引っ張り起こす。
「ぁ、ねさん……どうかしたんすか?」
「……ううん、何でもないですよぉ」
寝ぼけ眼を擦る手を柔らかく制しながら、「もう少しおやすみなさい」とウルの頭を撫でる手は姐さんのそれに戻っていたけど、
「マリッちちゃんの前で、その話題は絶対に出さないで」
自分が分かる範囲で話すからとソウシに向けられた声には、まだ王族の響きが残ってて。僕はガタンッと椅子を鳴らして立ち上がった。こんな脅迫じみた聞き出し方論外だ話さなくていいですナージュさんソウシほんといい加減にしろっ――そうぶつけてやるつもりだったはずなのに、
「お代わり、僕がよそってくるから」
気づけば僕は、ソウシの手から器を引ったくって厨房に逃げ込んでいた……分かってるんだ。異世界【死刑】に降り立ってからそこそこの時間が経って、いろんな人と出会って時には戦って……冒険者の勘っていうのかな? 多少なりとも育ってきたらしいその勘が、この話は避けては通れない道だって訴えてる。
仮に今ナージュさんから聞かなくたって、結局はべつの誰かに話してもらうしかないって。ここで僕が身体張って止めても、きっとマッフルさんかイリグさん辺りがナージュさんと同じ気持ちを味わうことにしかならない。だったら今彼女に話してもらったほうが……うわ、嫌だなこの考え。多数のために少数を見捨てる生贄思考まんまじゃん。
『人聞き悪ぃな、せめて最悪のなかの最善案って言え』
『っ、ソウシお前……!』
『それはそうと、一瞬気分が悪くなるかもしんねぇから座るかしゃがむかしろよ』
『は? なにっ――』
ぐにゃっ。
「うっ……」
脳内でソウシが言うや否や、急な気持ち悪さを覚えて咄嗟に掌で口に蓋をした。目が、くらくらする。耳もキーンって鳴ってるし鼻が詰まって変な臭いするし、舌も指先もなんか痺れて……すぐに立っていられなくなった僕は、縋るように器を腹に抱えたまま座り込んだ。これで落ち着かないようなら一度横になろうとも思ったけど……なぜか今度は指先から順に感覚が元通りになっていった。なのに耳鳴りだけは治らなくて……ほんとなに急に…。
『「王都からマフ爺さまに送られてくる書類の中に、誕生祝いのチラシは確かにありました」』
……へ? ちょ、なんでナージュさんの声が!? 反射的に器を置いて耳を塞いだのに、なんでか声は鼓膜を通して聞こえてくる。テーブル席からこの厨房までまぁまぁ離れてるのに、すぐそこで話してるみたいにハッキリと。
『「でも、マリッちちゃんが全部燃やしちゃったんです」』
『「燃やした?」』
『「そうです。わざわざ他の不要な書類と分けて、炭になった後も念入りに」』
え、チラシの処分にそこまで? それってなんか……。
『「恨みか、それも相当の」』
『「……おそらくはイリグくんも」』
……あのイリグさんが?
『「マフ爺さまはチラシを燃やされて驚いてましたけど、彼は冷たく一瞥しただけでしたから」』
う、うそ……。
『「私が分かるのはこれだけです。とりあえずは満足ですか?」』
『「……ああ、助かった」』
『「では私は――」』
ぁ、ナージュさん厨房来る! 座ったままじゃ不自然だと僕は慌てて立ち上がったけど、
『「お酒の配達を頼まれてますのでちょっと出てきますねぇ。ウルくーん起きてぇ? イノちゃんとシシちゃんも手伝ってくれませんかぁ?」』
『「おいっす!」』
『「ガウッ」』
『「ガフ!」』
彼女は起き抜けとは思えないくらいハキハキと返事をした猪狼三兄弟を連れて、表戸から出ていってしまった。扉の傍に置かれてた大きめの麻袋、あれ配達用のお酒だったのか。
「……っ…?」
「お代わりはまだか」
「……今持ってく」
普段の通りの命令口調で、普通に距離を感じるソウシの声。やっぱさっきの声は何かしらのアジュバントスキルだったんだなと嘆息しつつ、僕は足元に転がしたままの罅入り器を拾い上げてとりあえず流しに置いた。でもって棚から新しい器を借りると、鍋のスープをよそって薪のオーブンで焼く。ナージュさんほど上手じゃないけど、三分もすればスープの表面にこんがりと焼き目をつけることができた。
「……ほら」
文句は受け付けないからなと盆ごとソウシの前に焼きスープを置き、隣に座り直す。目が合わないように、俯き気味で……感じ悪いって思うだろ? 自分でも思うよ。ここで止めるのは最善じゃないとか知ったかぶってお前一人に泥被せるみたいに逃げたのに、結局僕もスキル使って話聞いちゃって、その上でのこの態度なんだからさ。
(けど……)
――話せねぇってなら別にいいぜ
「あんな言い方……」
「アレは悪い例だ、お前は真似しなくていい」
「っ!」
ナージュだってお前の気持ちは分かってるはずだと言って、ソウシは湯気が昇るスープの器を僕の前に滑らせてくる。パッと顔を上げれば、ソウシが「俺はもう食ったから」と欠伸まじりに空の器を指で弾いていた。それ、確か冷め切った僕のスープが入ってたやつじゃ……と気が抜けたタイミングで盛大に腹が鳴き、僕はガバッと両腕で押さえつける。図々しいぞ僕の胃袋!
「さっきのは[共有]、その名の通り俺と五感を共有できるスキルだ」
「きょ、ゆスキル?」
「さっきは聴覚に絞って使った……色々と納得がいってねぇのは分かるけど、まずはちゃんと食って身体温めろ」
ステータスと違って生身なんだからと、スプーンを差し出してくるソウシ……お前も今は実体化してるんだから普通に生身じゃんか。
「……ありがと」
今度はちゃんと目を見て、スプーンを受け取った。程よくお腹を膨らませた後は空になった食器をソウシと二人で片付けて、配達の代金・ほろ酔い・朝まで飲む気満々の常連さん一同という三大チップを引っ付けて帰宅したナージュさんを手伝って、すっかり眠気が飛んだらしいウルに昼間の無礼を謝って、
「……『あの、夜分にごめんなさい』」
寝る前にリインさんに[ピジョンメッセ]を送った。主な内容はウルと同じで昼間の濡れ衣へのお詫び、だけど……エレジルフ王子のことで、何か困ったことが起きたら相談にのるとも魔力のなかに刻んでおいた。「任せて悪ぃな」と珍しく素直になったソウシにおやすみを言って目を閉じて。朝日に照らされて自然と目が覚めても、返事を背負った鳩は現れなかったけど。
◇◇◇◇
「お、おはようございます」
それから先日はどうも、と下げられた頭と一緒に肩口から流れ落ちるバイオレットの髪。酔いどれと化した店主と店員と常連さん達に水を配って、アルコールがふんだんに溶けた空気を入れ換えるべく窓を開け放っていた時――彼はやって来た。
今までこの世界でいろんな人といろんな出会い方をしたけど、その中でもひときわ強烈で複雑な邂逅を果たした人。エレジルフ王子が、店の表から堂々と……いやいや待て待てアンタの立場で`堂々`はマズいだろ!
「えっと、終太郎くんとソウシくんだっけ? ちょっとお願いが――」
「ああああああうん外っ、外で話そ!?」
ソウシともども剛速球で王子の眼前に移動、からの速攻で口に蓋して店外へダッシュ! 今ほどナージュさん達をへべれけにした酒に感謝したことあったかないやないわ! とりあえず昨日素振りした場所まで王子を引っ張って、周囲に人気がないのを確認したのち[バリアモンド]を張って、ようやく一息つけた。
「ご、ごめん裏口から入ったほうが良かった?」
「いやそれはそれでまた別の突撃感がありますからっ」
昨日公衆の面前で叱られたのにちっとも応えてないのかと小言が湧いたけど、振り返った先にいる王子は心底戸惑った顔をしていて……瞬く間に破裂寸前まで膨らんだはずの小言という風船は、これまた瞬く間に萎んでしまった。
なんか僕らに頼み事があるみたいだったし、本当に混じりっけ無しの誠意で動いた結果のあの堂々参上だったんだろう。やれやれと肩を竦めたら、察したらしいソウシに「っんとにやれやれだな」って違う意味で同じように溜息を吐かれた。
「……コホンッ。ぇっと、エレジルフ王子でしたよね?」
「`英斗`がいい」
「……!」
「日暮英斗。`エレジルフ`にもだいぶ慣れたけど、本名かって言われるとなんか違くてさ――君たち、要更生者とステータスだろ」
リンがおれの知ってるリンのまま二人の傍にいたってことは、そういうことだろ? 今さっきの戸惑いはどこへやら、不意打ちで覗いたエレジルフ王子――英斗くんの達観した雰囲気に唾を飲む。
昨日風呂に入りながらソウシに教えてもらったけど、異世界転生を経てステータスから`更生完了`と判断された要更生者は、通常の死人と違って異世界での記憶を保持したまま常世に送られるらしい。
魂の浄化が根底にあるからって、すぐに消しちゃったら時間をかけて反省した意味がないからね。で、生まれ変わる瞬間がきて初めて真の意味で真っ新になるわけだけど……この人は、`反省`を抱えたまま生まれ直した。
「記憶があんならよ」
それはつまり元は彼が、更生が必要なほど現世で罪を犯したということ。レッテルとか偏見は良くないって頭では分かってるけど……正直ちょっと怖い、一見良い人そうなところが余計に。どうするのが最善なんだと縋るようにソウシを振り返れば、あいつは威圧感全開で「異世界のからくり露見がタブーってことも知ってるよな?」と続けて前へ出てくれた、
「ぁ、ごめん忘れてたっ」
……んだけど。英斗くんが言い訳の一つもせずにパンッと手を合わせて謝るものだから、僕の警戒心もソウシの不機嫌さもプスンッと抜けてしまった。よくよく考えてみれば現在進行形で異世界更生中(?)の僕らだからタブーを身近に感じてるだけで……とっくに生まれ変わって十数年は経ってる王子にしてみれば、忘れてても全然おかしくないわけで。
「リンが此処にいるって思ったら、つい……ほんと悪かった」
「い、いや僕らこそなんか一方的でっ……ていうか」
僕のこと、怖くないんですか――しょんぼり項垂れる王子にブンブンッと両手を振っている時、ふとそんな疑問が頭を過ぎった。リインさんが傍にいたことが決定打だったなら、昨日の時点で彼は僕らの正体を確信してたってこと。
繰り返すけど、要更生者=重罪人だから。僕が手違いで要更生者になっちゃったことを知ってるのはソウシとリインさんだけで、本来なら僕がさっき英斗くんにとった態度こそ、彼が僕に向ける態度なはずなのに……って、これで我に返って大声出されても困るんだけど。
「怖いって、全然だけど?」
城を騎士と一緒に巡回してるカメレゴンのほうが断然怖いぞ、と僕の懸念をよそに腕を組んで大きく頷く英斗くん。カメレゴン、と視線でソウシに尋ねたら「擬態能力をもつ掌サイズのドラゴン。敵と判断したヤツに群がって細胞の一片まで喰い尽くす」と簡潔に教えてくれた。うん、ソレと比べたら僕どころか大抵の生き物は怖くないと思うよ!?
「なにより、リンが一緒にいるんだし」
「…………」
また、リインさんか。
「お前、あいつとの仲取り持ってくれとか言うんじゃねーだろうな?」
薄ら僕も思ってたことを、ソウシが心底嫌そうに口にする。リインさんなら昨日と同じ店にいるから自力で当たって砕けろとナチュラルに暴言を混ぜて言い切ると、僕がツッコむ前に肩に腕を回して強引に踵を返そうとしたけど、
「っ!」
「わぶっ」
一歩も踏み出さないうちに揃って地面に伏せていた、といってもソウシは片膝立ちで地面とゴッツンコしてたのは僕だけなんだけど。
ビキッ、ヒュン! カキンッ!
「っ、へ?」
さらに次の瞬間には頭上を疾風と一緒に三種の音が走っていくし! もう意味分かんないんだけどとソウシの掌を乗っけたまま身体を起こした僕は、
「この街から出てけ失せろじゃなきゃ死ねっ」
「あ……」
「二言目までは確かにこちらの落ち度ですが、最後の暴言はいただけませんね」
今にも獲物を狩らんと腰を落とすマリッちさんとあからさまに顔色を無くす英斗くんと、彼を背中に庇ってレイピアを構えるハルデルトさんという、最悪な組み合わせを目の当たりにする。




