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第三話 冒険者試験[後編③]

アジュバントスキル――[同化]発動――byソウシ

「大丈夫だ、最初は俺がアシストしてやるから」

「いやアシストって言ったって……」

「ゲームに例えるなら俺がコマンドを入力するプレイヤーで、終太郎がその通り動くアバターって感じだな」

「分かりやすいけど難易度がハンパねぇ!」


 言うだけなら簡単だけどなっ、完膚なきまでに理性を失ってるモンスター三頭相手にバトル初心者の僕が思うように動けるはずないだろ! 怖すぎて立ってるのもやっとなのに!


「大丈夫だって言ってるだろ、自分の相棒を信じろって」

「ソウシ……ハァ、分かったよ。じゃあ僕が襲われないように拘束魔法的な何かを――」

「前、来るぞー」

「え、ぎゃあぁあぁあああぁあ……!」


 神様仏様ソウシ様ぁあぁあ! あ、最後のは祈っちゃ駄目なヤツだわ。一人でボケてツッコむという行為は心はともかく、頭だけは冷静にさせてくれるようで、僕はガバッと津波のように襲いかかってきた三頭から何とか逃れることができた。


「終太郎。次たぶん子分二頭が突撃してくるけど、後退せずに突っ切れ」

「へぅえ!?」

「下がったら後ろで控えてる親分に喰われるから」


 いやウルのやつ僕の前にいなかった!? いつ後ろに!?


(あぁもうっ)


 僕はアバター僕はアバター! 固く瞼を閉じると、ソウシの助言(コマンド)通りイノとシシに向かって突っ走る。けれどもソウシに「戦闘中に目を閉じるな!」と叱責され、アバター暗示の効果もあって反射的に目を開いてしまった。


「ガァアァアアァッ」

「グワァアアアァ!」

「ひぃっ……」


 大きく開かれた二つの口を前に、咄嗟に両腕で顔を庇う。それでもせめてもの意地で、突き進む足だけは止めなかった。


「根性ぉおおぉおぉぉお!」


 ボゴーーーーッン!


 無意識にタックルをかますような体勢になってたことが幸いだったのか、正面衝突の末に吹っ飛んだのは僕じゃなくてイノとシシのほうだった。イノのほうは顎に、シシのほうは鼻の辺りに僕の腕が直撃したようで、「キャウキャウッ……!」と一転して仔犬のような鳴き声を上げながらのたうち回っている。しかし可哀想とか思う間もなく、二頭とは比べものにならないレベルの咆哮を轟かせてウルが突進してきた。


(ど、どうしようまたタックルで、いやでもイノとシシより断然デカいしっ……)


「終太郎、子分どっちかの尻尾を掴んで振り回せ」

「そっ、んな虐待じみたことっ」


 やりますけども! でも命懸かってて仕方なくだからっ、好き好んでとかじゃないから! 誰に対してのものか分からない言い訳を撒き散らしながら、すぐ近くにいたシシの尻尾を両手で掴んで身体を反らし、ハンマー投げをイメージしながらぐりんと遠心力をかける。ダメもとだったがシシの身体は思ってたよりもすんなりと持ち上がり、突進してきたウルの胴にぶち当たった。ほんっっっっとにゴメンなウル! シシも!


「どっ、わわわわわっ」


 行き過ぎた遠心力に引っ張られ、バランスを崩した僕もそのまま地面に倒れてしまう。今回はハッとすぐに顔を上げて起き上がったが、


「ゴォオォオオオォッ」

「ぴゃっ……」


 ウルの口の中に炎が渦巻いているのを目の当たりにすると、普通に腰が抜けそうになった。


「[ウォーファール]と[コールスフィア]!」

「は、はい!」


 [ウォーファール]は標的の頭上に滝を作る水魔法で、[コールスフィア]は冷気を噴出する気体魔法だった。青と白の菱形の魔法陣に囲まれたウルの身体は、一瞬にして分厚い氷の箱に押し込められる。ちょ、僕は助かったけどアレ大丈夫なのか? 死んでないよな!?


「グルゥウゥウウッ……」


 あ、とりあえず大丈夫そうだわ。なんかウルの身体赤く光ってるし、中から恨みがましい唸り声聞こえてるし、氷の溶ける音も聞こえてるし。


「思ってたよりギリギリだな、もう少しガンガンいってもいいのに」

「っ、ソウシ……」

「まぁそれも追々ってことで――仕上げに掛かるぞ、終太郎」


 隣に降り立ったソウシが表情を引き締めた直後、それはこっちのセリフだと言わんばかりに氷の箱が完全に融解し、ウルが姿を現した。真っ赤に燃え滾る身体は残った水滴を蒸発させ、その熱気はそこそこ距離をおいている僕らのところまで届く。昏倒していたイノとシシもむくりと身体を起こし、ウルに倣って体毛に炎を宿し始めた。なんか一歩踏み込んだ瞬間に僕、焼き太郎になってしまいそうなんですが……。


「ギブアップするか?」

「え……」

「俺はべつに、あの暴走カウボーイを放っぽって逃げてもいいんだぜ?」

「っ、そ、そんなこと出来るわけないだろ!」


 そうだ、今のウルは姿形こそ本来のものかもしれないけど、心はあの気味悪い霧に操られてるんだ。見捨てて逃げるなんて、それこそ死んでもやるか! 気合いを入れ直した僕を満足そうに見下ろすと、ソウシは「じゃ、クライマックスのコマンドだけど」と耳打ちしてくる。その時の僕を客観的に見ると、百面相を通り越して万面相していたらしい。


「ひ、人喰い熊の時みたく木っ端微塵には……」

「ならないならない。今のレベルはあの暴走野郎よりちょい上に設定してあるから」


 ていうか俺の本来の実力ならタックルかました時点でジ・エンドだし、と物騒なIFを笑顔で告げるソウシ。こいつは僕を安心させたいのか、ビビらせたいのかどっちなんだよ……でも大丈夫だというなら、間違いなくそうなんだろう。


「グガァアアァア!」

「グルゥウゥゥウ!」

「ガグァアアァア!」

「っ、も、もう鳴き声程度じゃビビんねーぞ!」


 目尻にキラッと光ったものを乱暴に拭い取った僕は、先手必勝だとダッシュする。三頭はソウシの予想通り口に炎を含むと、身体の周辺にも赤い魔法陣をいくつか展開させ、放出と同時に上級火炎魔法[ファイエルド]を打っ放してくる。


「っ、アブソリュートスフィア!」


 さっきの[コールスフィア]より強烈な冷気を放つ上級気体魔法。三頭が放った炎のトルネードは相殺され、辺りは一瞬で濃い蒸気に満たされた。よし次は……!


「ウィークポインター!」


 真っ白い視界のなかに、オレンジ色の斑点が浮き上がる。蠢くそれら目掛けて一気に距離を詰めると、


 ボゴッ!


「ガゥアァッ……」


 斑点の一つを思いっきり殴りつけた。オレンジの光が消えたのを尻目に振り返って背を屈めると、頭上を通過していった火の玉をやり過ごし、次の斑点に向かって走る。ぐわっと迫ってきた前足をスライディングで躱すと、腹の下に潜り込み、眼前に広がったオレンジの斑点に思いっきり頭突きをくらわせる。


(あとはウルだけ……!)


 ヨタついた身体に押し潰されないうちに下から這い出ると、感覚が麻痺ってきた拳を固め、一際大きな斑点に向かって振りかざす。


「ガァアァアァア!」

「ぐっ、つ……!」


 だけど僕の一撃が届くよりも先にウルの頭突きが腹に炸裂し、後ろに吹っ飛ばされてしまった。牙に貫かれたかと一瞬ゾッとしたが腹は無事で、受け身もろくに取れないまま叩きつけられた身体も言うほど痛くない。傍に落ちていた掌サイズの石礫を掴んで起き上がると、一度身体をまっすぐにしてから一歩二歩と助走をつけ、石を持った手を大きく後ろに振って三歩目を踏み出し、


「とぉおぉおおりゃあぁあぁぁあぁああぁ!」


 四歩目で腕を振り切って石を押し出した。


「野球じゃなくてボーリングのフォームなんだ」


 なんかボソッと呟いてるソウシはさておき、想像以上のスピードとパワーを孕んだ剛速球は、突進してきたウルの牙を掠め、前足の付け根に浮かんでいたウィークポイントに直撃。骨が砕ける嫌な音とともにバランスを崩したウルは、地面を削るように突っ伏すとそのまま動かなくなった。


「や、やったのか……?」


 ホッとしてへたり込みそうになったが、直後ウルの身体からシュウゥウと湯気が立ち上り、大慌てで駆け寄る。ま、まさか強制モンスター化の副作用とかじゃ……! どうしよう熱がヤバいなら冷やせばいいのか!? それとも回復魔法のほうがいいのか!?


「心配ないよ。あの霧の成分が抜けて元の姿に戻ろうとしてるだけだから」

「え、あ……」


 ソウシの言う通り、湯気に包まれたウルの身体は瞬く間に元の人間のそれに戻っていく。そういえばあれだけの湯気が出ていたにも関わらず、ウルの表情に苦痛の色はなかったな……それでも心配はするけどね!?


「ウルっ、大丈夫!?」

「スー……スー……」

「……寝てるの?」

「寝てるな」

「よ、よかった」


 何が何だかサッパリだけど、とりあえず彼らの命だけは助けられたみたいだ。今度こそペタンと座り込んで大きく安堵の息を吐いた僕だけど……ソウシの眼光は鋭いままだった。


「ソウシ?」

「終太郎、第二ラウンドだ」

「え――」


 ドゴォオオォオォォオオォオォオォオンッ!


 なんの予兆もなく地面が真一文字に割れたかと思いきや、大木の樹皮を縫い合わせて出来たような巨大な手が二つ現れ、同時に地を叩いた。その手を支えにして、裂け目からあの蠢く霧がモワモワと立ち上ってきた。


 だが霧は一定以上の広がりをみせることはなく、代わりに中央に二つの黒い渦を作って僕らを見下ろしてくる。まるで目玉みたいだなと無意識に呟いていた僕に、「事実目玉だよ」とソウシが律儀に返してくれた。


「あ、あれ……?」


 コレがウルを操った元凶なら、やっつけないと――そう思う心とは裏腹に、一度地べたについてしまった尻を上げることができない。言うほど怖いと思っていないはずなのに足も腕もガクガクで、頭も何だかクラクラする。気を抜いたら瞼が落ちてきそうだ。


 対して元凶の霧は殺る気満々のようで、ロックオンされたことが視線とともにビシビシと伝わってくる。ウルが弱いっていうわけじゃないけど、コレに比べたら彼との戦いは前座にすぎなかったと言わざるを得ない。ヤバい、今度こそ本当の本当にヤバいかも……。


「さすがに疲れちゃったか」


 体力は普通に余ってるはずだけど、気持ちの問題かな――霧のモンスターを見上げたまま静かに絶望する僕の頭に、ソウシの掌がのる。彼が言うようにまだ第二ラウンドが残っているというのに、その瞬間僕は嗚呼もう大丈夫だと心底安心して力を抜いてしまった。


「まぁ初っ端にしてはよく頑張ったと思うし、今日はもう休んでいいよ」

「ぇ、でもあのモンスター……」


「アジュバントスキル――[同化]発動」


 フッとソウシの姿が光に溶けたかと思いきや、僕は自分の身体に自分以外のナニかが入ったのを感じた。左の眼球が若干熱をもち、頭も少々重くなる。なんだと片手で触ってみると、なんと髪が伸びていた。しかもいつものフワフワ感がなくなって、ソウシの髪みたいにサラサラしてる。服も、左半分が黒くなっていた……なんで?


「ヌゥオォオオォオオォオ!」

「っ!」


 重苦しい咆哮とともに、霧のモンスターの掌が迫る。焦った僕はウルたちを連れて逃げようとするも、身体はピクリとも動かない――いや、違う。正確には()()()()()()()()()()()だけで、身体はちゃんと反撃していた。立ち上がりながら突き出した拳がモンスターの掌にぶち当たり、後者がバキバキに砕け散る。あまりの呆気なさに僕だけでなく、モンスターのほうも驚愕したのが分かった。


「休んでていいから、ちゃんと見てろよ」


 俺の戦い方を、と言って僕の手が前髪を掻き上げる。でもその手は、少なくとも今だけは僕じゃなくて()()()()手だった。その証拠にこの時僕の左目は、彼のそれと同じ金の輝きを宿していた。

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