第十一話 輪廻更生(リイン・カーネーション)[前編①]
やっぱ時代は、`王子`より`勇者`なんだな――byエレジルフ
「髪伸びたんだな。おれは今こっちで王子やってて――」
「誰よアンタ」
親しげに伸ばされた王子の腕が、見えない壁にぶち当たったみたいに弾かれる。ストールが外れて露になった唇はかろうじて笑みの形を保ってるけど、そこに温度はなくて……壁を作ったリインさんに至っては無表情が輪をかけて凍りついていた。
「ぇ、リン……?」
「どこの令嬢と間違えてんのか知らないけど、アタシはアンタなんて知らないから」
「見間違えてなんかっ、だってリインでしょ!?」
【禁錮】ステータスのっ――ん? 窓口じゃなくてステータス? リインさんもステータスだったの? てか何でこの人それ知ってんの異世界の人だよね!? いやそれ以前にエリムちゃん達がいるこの場でその単語はマズくない!?
全くもって二人の関係性も状況もちんぷんかんぷんな僕でもそれくらい分かるのに、ワケあり王子はリインさんしか見えてないのか「転生はしたけど、おれそんな顔変わってないだろ!?」とさらにヤバい単語を重ねてくる……これ狙ってやってたら策士だよ。凍った溶岩みたいだったリインさんの表情、もう噴火寸前だもん。
「なぁリッ――」
「もう黙れカスが」
キンッ――!
光と熱がぶつかったところへ、一拍遅れて音が追いつき爆ぜる。その余韻で、耳鳴りがしそうなくらい空気が張り詰めた……ゼロ距離で閃光弾を食らうとこんな感じなのかな? 身体の全神経がジンジン痺れるなか、僕はそりゃもう必死に目を瞬いて視界の霞みを払拭する。たぶん今目ぇ閉じたら芋蔓式に意識の瞼も落ちちゃって、相棒の蹴りを浴びるはめになるだろうから。
「王子へ御用でしたら、まずは私を通していただけませんか」
(……ん?)
なんか凄い気品溢れる騎士みたいな男の人が、王子を背中に庇ってリインさんの拳を受け止めてるのが見えた。男の人は装飾品みたく細い剣を腹の辺りに掲げてて、鞘から僅かに覗く抜き身が拳とぶつかって金属音を生んだらしい。僕は自分でも驚くほど観察眼が冴えて、頭が回るのが分かった……てか脳みそフル稼働させてないと疑問符の生産過多で細胞ごとパーッンてなりそうなんだよ!
まずリインさんっ、焦る気持ちは分からなくもないけど殴るのはやり過ぎ! ていうかそんな修羅場掻い潜ってきた戦士みたいな動き出来たのあぁさっきステータスだったって王子が言ってたっけ!? それからそのパンチを何でもない顔して防いだ騎士みたいな貴方は誰なんですかっ……いや待って、なんか見覚えありますよ!? 肩口で結ったそのカーマインの長髪もスラッとした長身も魅惑的なバリトンボイスも!
「ドワーフの山里にいためっちゃイイ声の人……!」
「アダウト!」
「なんで!?」
思わず声に出したらソウシに頭を引っ叩かれた。瞬間的にレベル下げやがってまぁ器用なことって痛ぇよ何すんだよ! 皆があれこれ言いたい・聞きたいのを空気読んで堪えてるなか、僕が読まずに突っ込んだからか? お前だって`アダルト`と`アウト`を合体させたみたいな造語投げたくせに!
「いろいろと違ぇけど、とりあえず俺はお前の後だから悪かねぇ」
「え?」
「赤信号は最初に渡ったヤツが悪ぃ」
「いや続いたヤツも余裕で悪いだろ!」
それこそアダウトだろうがと、もはや空気ガン無視でツッコミ返す僕の肩がちょいちょいと啄かれる。今度は何だていうか誰だと溜息まじりに振り返った僕だけど、
「やっぱり、アーディルさんとレイディルさんの工房にいた少年ですね」
傍で響いためっちゃイイ声に、すぐさま息を詰める。「お久しぶりです、というよりは初めましてが近いですね」と柔らかい微笑を落としたのは、バリトン騎士だった。瞳の色……あの時はローブに隠れて見えなかったけど、ボトルグリーンなんだ。
「は、はじ、初めまし……え? アディさんとレイさんのお知り合い?」
「はい、お二人にはあの子の誕生剣を依頼したことがありまして」
以降も定期的にメンテナンスをお願いしてるんです、とバリトン騎士が肩越しに視線を投げた先には……目を伏せて全身で壁を作ってるリインさんを見つめたまま、迷子みたく佇んでる王子様が。
――レイと最初に作ったのは剣だ
――いや、王子だったよ
それとほぼ同時にアディさんの昔話も甦ってきて。
「まぁ、レイディルさんの姿は随分とお見かけしてないんですが」
お元気ですかね彼、とこっちに向き直ったバリトン騎士に「今は元気だと思いますよ」と表面上はふんわり返した僕だけど、
――初依頼が赤子の成長を見越しての武器作りって普通にヤバいよな
(アンタやったんかーーーーい!?)
内心ではキャパオーバーを起こした蜻蛉みたいな目をしてたと思う。誰だよ`世界は広い`みたいな名言残したのめっちゃ狭いじゃん隣国が最早ご近所さんだよ! 怒涛のツッコミを脳内で捌いてるうちにふんわり微笑が行き過ぎてスカスカの空笑いにでもなったのか、バリトン騎士が首を傾げてきたけど、
「こら! 王子たる者むやみに女性に手を出すことなかれと、社交の授業で教えたはずです」
王子様がそろそろとリインさんに手を伸ばしたのを見咎めると、ズカズカ歩み寄るなりその手を思いっきり叩き落とした……お? だけに留まらず王子の頭を鷲掴みにすると、ギョッと顔を上げたリインさんに向けて「ハイ、ごめんなさい」と腰を九十度に折らせた……おぉ!?
「だいたいです! 夜会に備えて昼間は城で休むようにと私言いましたよね?」
「っ、だって……ていうかハル、おれが夜会好きじゃないの知ってるじゃん」
料理は見た目ほど美味しくないし空気も酒臭い、自分だって屋台のジャンクフードに舌鼓を打ちたいと身体を起こしながら呟く王子のデコを、騎士が再び「そんなだから腹下すんですよこの不注意者が」と引っ叩く。
いくら此処が王都から離れた場所だからって、民の前で王子を二度も……もうツッコミどころしかないけど、とりあえずハルって呼ばれたこの人は僕の辞典に載ってる騎士からは180度かけ離れた`騎士`らしい。
「ぁ、これはこれは申し遅れました」
目の前の光景を追いかけるだけで手一杯の僕らの視線を感じ取ったらしい騎士が、片手を胸に添えてこっちに向き直った。仕草そのものは優雅だけど、もう片方の手は涙目で額を摩ってる王子を引っ掴んでるからプラマイゼロなんだよな。
「改めまして私、ブルギディア王国王子エレジルフが聖騎士――名をハルデルトと申します」
「えっ」
「おいおいマジか」
「ハルデルトって、あの……?」
この度はうちの者がお騒がせ致しましたと丁寧に頭を垂れるハルデルトさんに、エリムちゃんとダイロさん、更にはソーヤさんが驚愕の声を漏らす。殻の毒素にやられた客が王子だって分かった時も驚いてはいたけど、思わず呟いてしまう程じゃなかったのに……聖騎士って言ったけど、そんなに凄い人なのか? 今一つピンとこなくて呆けてると、ハルデルト騎士にされるがままだったエレジルフ王子が深い溜息を吐いた。
「やっぱ時代は、`王子`より`勇者`なんだな」
……そんなに凄い人通り越して主人公だったわ。
◇◇◇◇
この異世界に存在する数多の生命体が憧れ、心の支えとしている偶像のような英雄――それが勇者と呼ばれる人達だった。達というのは代々って意味で、勇者と名乗れるのは一人だけ。王族と同じで勇者の称号を得た`一人`が生きている間に次の`一人`が選ばれることはないけど、王族と違って血統に縛られてないから何処の誰が次の勇者に選ばれるかは、それこそ現勇者が亡くなった瞬間にしか分からないらしい。そして勇者が扱う武器はプラチナダークの装飾が施された細身の剣――レイピアと決まっていて、次の勇者が選ばれる時はそのレイピアが直接飛んでって国王たちに示しているとのこと。
「ハルデルト様の人気は凄いんですよぉ。勇者であると同時に、王子の守護を任されている騎士の頂点――聖騎士でもありますからねぇ」
「ほーん……けどそれ、世界の守り手である勇者を王族が独占って形にならねぇか?」
いかにも民が反発しそうな構図だと、こんがり焼き上がったミルクスープをスプーンで啄きながらソウシが尋ねた。普段より少し早めのカジノ・ザ・マーメイドの閉店、からの四人と二頭揃っての夕食。
テーブルを挟んでソウシの向かいに座っていたナージュさんは、「ハルデルトさんだから、というのが大きいでしょうね」と言って焼きスープをスプーンで掬うと……積み木みたいに縦に重なったイノとシシのさらに上に寝そべってるウルの口元に運んだ。
シェリーさんとレルクによる特訓と引き換えに体力のほとんどを使い果たしてきた彼はもう呼吸をするので精一杯みたいで、でも腹だけはギュルルルルッとすんごい空腹を訴えてるから、ナージュさんが食べさせてあげてるわけだ。
「よくもまぁ、噎せねぇで食えるもんだ」
「それだけお腹がペコペコってことですよぉ。はいウルくん、あーん♪」
「……で? 小春日和さんが何だって?」
「こは? あぁハルデルトさんはですね」
立ち位置こそソウシの言う通り王族寄りだけど、彼の中心にあるのは紛れもない正義で、そこには王も民もないとナージュさんは言う。現に王都で幼い少年少女を誘拐していた貴族は殺さない程度に滅多打ちにした挙句、国王の演説中にその罪状と一緒に突き出して公開断罪させたとか。
反対に良心的な貴族につけ込んで無駄に贅沢をしたばかりか、嘘を吐いてライバル店を陥れようとした商人のことは、マーケットのど真ん中でこれまでのぼったくり商法の暴露と並行して晒し上げたらしい。
そうやって、優先すべきは地位より真の正義だと繰り返しその身で証明し続けてきた成果として、今やハルデルトさんは誰にも縛られない勇者のなかの勇者として王と民に認知されてるそうだけど……ソウシは何か引っかかるみたいに「誰にも、ね」と鼻を鳴らすと、
「てかお前はいい加減正気に戻れ!」
「おぶっ」
パァンッと僕の後頭部に平手を打ち込んだ。そう、ここまで僕は全くといっていいほど二人の話に割り込んでいない。正確には割り込めなかったんだ――だって話クソ小難しいんだもん!
「いきなり騎士だの勇者だのっ、果てはリインさんがステータスだの王子が元相棒だのってブチ込まれて! どう正気でいろってんだよ!」
「ステータス? 相棒さん?」
「あ……」
ヤッベそこは原則ノータッチだった! これじゃエレジルフ王子のこと言えないじゃんと反省しつつ、僕は「ぃやあのっ、今のはリインさんとその幼馴染さんの隠語的なやつでして!」と慌てて言葉を足す。
エレジルフ王子とリインさんは実は身分違いの隠れ幼馴染で、ステータスと相棒っていうのは当時のごっこ遊びのなかで使ってた呼び名……この説明、っていうか僕とソウシででっち上げた設定を話すの二回目なんだよな。一回目に話した相手は言わずもがな、エリムちゃん達だ。
正直僕のほうこそ色々と聞きたいくらいだったけど、肝心のリインさんは黙り決め込んだまま「キッチン、片付けてくる」って奥に引っ込んじゃったし、事情を知ってそうっていうか強烈ワードを撒き散らすだけ撒き散らしたエレジルフ王子はハルデルト騎士が強制的に連れ帰っちゃったし。
ご丁寧に王子の不意打ち侵入&騒動代として、ウミノ(⤴)イエの丸一日分の売上に相当する札束を幼い店長の手に握らせてから……正常だったら全力で遠慮してただろうな、エリムちゃん。そんな絶対的に情報&言葉不足な現状を打破するには、僕らでその場凌しのぎのエピソードを創るしかなかったんだ。
「あらぁそうだったの……ふふ、ちょっと安心したわぁ」
「安心、ですか?」
一国の王子に身分違いの隠れ幼馴染がいることが、安心? 隠すことなく首を傾げた僕にナージュさんは重ねて微笑むと、おもむろにウルを顧みてその髪を撫でる。腹が少しずつ膨れて穏やかになっていた寝顔が、輪をかけて緩んだ。
「私にとってのウルくんやシュウタロウさんにとってのソウシさんのような存在が、彼女にもいたってことでしょ?」
「ぁ……」
「女の子なのに一人でこの街に来てたから心配だったんだけど、幼馴染さんが王都にいるなら安心だわぁ」
「…………」
僕は、返事ができなかった。確かに今僕が話した内容だと、リインさんと幼馴染の身分を超えた再会に聞こえなくもないっていうかそうとしか聞こえないけど……。
――誰よアンタ。アタシはアンタなんか知らないから
「シュウタロウさん? なんだか元気が……ぁ、焼きスープ冷めちゃいました?」
「……いえ、まだぜんぜん温かいです」
それにぜんぜん元気ですよとナージュさんに笑い返しながら、僕はふーふーの必要がなくなった焼きスープを口に運ぶ。今までにも怒りや呆れといったリインさんの負の感情はたくさん見てきたし、なんなら結構な頻度で直接ぶつけられもしたけど、あんな昼間みたいな……嘘偽りの一切ない心からの拒絶は初めて見た。




