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第十話 探偵は以下略[後編]

アンタみたいなのが事なかれ主義者を名乗るなんて一生早いのよ――byリイン

 ……とは言ったものの、


「いい加減白状したらどーなんだよ?」

「そっちこそいい加減分かりなさいよアタシじゃないっつってんでしょ!?」


 どうしよ、この空気。ソウシの奴はどうしてもリインさんを逮捕したいみたいで、テーブルを叩いたり身を乗り出したり、はたまた白熱電球に似せたランプを近づけたりとさっきから一昔前の刑事ドラマみたいな取調べをしている。さっきの感じからすると彼女はシロだと思うって僕言ったし、ていうかソウシも絶対に気づいてたはずなんだけどね!?


「問題の卵には触ったんだろ? 割ったんだろ?」

「だから何よバイトしてたんだから当然でしょ」


 割ったし焼いたし何ならトッピングだってしたけど、間違っても殻は入れてない――リインさんは乗り出してた身体を椅子に戻すと、「そっちの子にも聞いてみなさいよ」と隣のバイトの子を顎で示した。


 大人しいけどキョロキョロしてた人だ。リインさんへの態度を引きずったままのソウシが一睨みしたせいで落ち着きのなかった目がさらにグルグルになっちゃって、僕は見てられないと彼に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「っ、はい」

「僕の相棒がすいません……えっとリインさ、彼女の傍にいたってことはあなたも厨房担当で?」

「に、二時間くらいはそうでした」


 食中毒が発覚した時はこの人とリインさんが厨房、もう一人の柄悪そうな人が注文と会計で、エリムちゃんは常に全体を見て回りながら手伝いが必要と思ったところへフォローへ行っていたらしい。ただ卵に関しては、開店前に[コールスフィア]が付与された冷蔵棚から取り出して以降一度も触れてないようで、これは三人ともが覚えていた。ちなみに発覚前はキョロ目の人と柄悪の人が厨房、リインさんが注文&会計だったようだけど……うむ。僕はキョロ目の人にお礼を言うと、ソウシを引っ掴んで一同から距離を取った。


「一応言っておくけど、今から話すのは推理じゃなくて普通のことだから」

「ん、全然違い分かんねぇけどどーぞ?」

「っ……普通に考えるなら、あのキョロキョロさんが犯人じゃない?」


 集中力の問題もあるし、発覚の前後ずっと厨房にいた彼が一番可能性が高い。なんだかんだ言ってまだ幼いエリムちゃんが気づかないのはともかく、あれだけ免罪を訴えてるリインさんの口からも出てこないことが引っかかりはするけど……。


「そりゃアイツが馬k――」

「ソウシ?」

「馬鹿なのもあるけど」

「結局言うのかよ僕の圧の無意味さ!」

「殻の毒素が即効性だから断言できねぇ、ってのが大きいだろうな」

「ぇ、即効?」


 食中毒って症状が出るまでにそこそこ時間が掛かると思ってたけど、ヒノデ鳥の卵の毒素は青酸カリと同じくらい効き目が早いらしく、実際に中ったお客さんは一口食べてバタンキュウとなったとのこと。つまりキョロキョロの人の疑いを指摘したら、直前まで同じ厨房に立ってたリインさん自身の潔白も逆に遠のくってわけだ。


「んー……でもとりあえず、あの柄悪な人は容疑者から外してもいいんじゃない?」


 あの人が厨房に立ったのは開店してすぐ、お客さんが倒れた時はテーブル席とレジの間を忙しなく行き来してたんだから。あの人が殻を入れたなら症状はもっと早くに出てたんじゃないかと僕が順に指を立てた刹那、


「手のどっかに殻がついてて、運んでる最中に料理に混じったかもしんねーぞ?」


 ソウシに二本ともキュッと閉じられ、そのまま厨房のほうに連れてかれた。レンガ製の釜戸や流しでみっちりしつつもスムーズに移動できるだけの空間が確保されてる調理場には、フライパンとか木べらといった調理器具のほか、卵に麺や野菜等の食材も事件当時のまま放置されてる。アレ片付けなくていいのかと聞いたら一言、「外に出てる分は処分するんだと」って返ってきて、思わず「もったいな!」と本音を出してしまった。


「原因は卵の殻なんだろ? なにも他の食材まで……」

「飲食店てのはそういうもんだ。殻がどういった経緯で混入したか分からねぇ以上、他の食材に毒素が移ってる可能性は否めねぇ」


 だから一ミリでも危険性のある食材・器具は徹底的に除去する、そこまでしても健康を盾に二度と来店しなくなる客だっているんだぞとソウシは言うと、大量に溶き卵が入ったボウルを見下ろした。


 流しの足元にある屑籠には殻の残骸がたくさん入ってるし、釜戸の傍にいくつか置かれた皿にもスクランブルエッグが適量盛られている。一回一回注文に合わせて作るんじゃなくて、ある程度作り置きしておくのか。


「……ん? てことは、()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()ってこと!?」

「…………」

「えっ無理じゃね!?」


 誰が殻を入れたか以前にいつ殻が入ったかまで不明ときちゃ、殻が入った瞬間の映像でも残ってないと犯人特定なんかできないだろこれ!? でも現世と違って監視カメラなんてないし、客席から厨房は見えない。辛うじてレジがあるカウンターからは見えるけど、オープンキッチンでもないのに中の人をジッと注視する客なんていないだろうし。


「ど、どうしよドン詰まりだよ……でも解決するって約束したし…」

「そうだな――まずはそのすぐテンパる癖をどうにかしろ」

「ぇ、ふがっ」


 ベンッと、デコピンならぬ鼻ピンが飛んできた。なんだよと鼻を摩りながら見やったソウシの顔には、僕と違って苦悩の欠片もなくて、


「ミカン事件の推理の詰め、覚えてるよな?」


 ぶわぁっと期待という名の鳥肌が立った。


「え、と詰め……ぁ、ミカンは凍らさないと甘くならないってカマかけて犯人に`凍らせた`って認めさせたやつ?」

「正解」


 今回もあの手でいくぞ――そう不敵に微笑んだソウシは僕に向かって、()()()()()()()()()()を掲げてみせた。


    ◇◇◇◇


「えっと……」

「チッ」

「本当にコレで、全部分かるってーのね?」


 左右に彷徨く目に不機嫌そうな目、そして訝しみつつも若干の期待が滲んでいる目が、僕らに集中する。そこへ足元からの不安と緊張に満ちた眼差しが追いついたところで、僕は肩越しにソウシを振り返った。厨房と表の境目に当たる壁にもたれてこっちを見ていたアイツは、無言で一つ頷く。それを受けて、僕も小さく首を縦に振った。


「はい、絶対の絶対に分かります」


 だから、()()()みてください――断言して一同に向き直った僕は、テーブルに並べられた三つのボウルと小皿に置かれた卵を手で示した。厨房でやっていたのと同じ割り方でと付け足して一歩引くと、まずはリインさんが肩を竦めながら卵を手に取る。テーブルの角でトントントンッと表面に軽い罅を作ってから、親指を軸に両手で罅を広げてパカッと落とす。基本に忠実な割り方だけど、柄悪の人だけは意外そうな顔で見ていた。


「……ったくよ」


 次に卵を手に取ったのは、その柄悪な人。リインさんと違ってトンッと一発でいい具合に罅を入れた彼は片手で殻を開くと、()()()()()()()()()()()()()()ボウルに移した。


「えっなん――」

「最後、あなたですよ」


 弾かれたみたいに声を上げたその人を強めに促せば、彼は「ぁ、はい……」とやけに慎重な手つきで卵を握った。前の二人と同じようにテーブルの角を使って、トントンッと罅を生んだ卵をボウルの上に持っていくと、()()()()()()()()()()――その手を、影のように真横まで迫っていたソウシが鷲掴みにした。


「ちょ、ぇ……?」

「ずっと挙動不審だったあなたですね、卵の殻を混入させたのは」


 テーブルを挟んで正面から言い切れば、彼の目は今までにないくらい激しく揺れ動く。決まりだと僕は続きを紡ごうと口を開くも、先に割って入ってきた人がいた。


「待てよ、なんで今ので分かるんだ」


 柄悪の人だ。挙動不審の彼とは今日会ったばかりで知り合いでも何でもないけど、今の何がどう殻の混入に繋がるのか今一つ理解できないと、僕を強い目で見据えてくる。うん、普通に善人だわ。


「現にそいつは片手割りができるベテラン――」

「ベテランじゃないですよ」

「は?」

「むしろその逆、あなた達のなかで一番の素人さんです」


 これには柄悪の彼だけじゃなくてリインさんも「どゆこと?」と驚きの声を上げたけど、エリムちゃんは思い当たる節があるみたいだった。そう、僕もソウシに言われるまで知らなかったんだけど――ベテランのやり方って思われがちだった卵の片手割りはその実、リインさんみたいに両手で割るよりずっと()()()()()()()()んだ。だからちゃんとした店では両手割りが主流。仮に手が塞がってて片手割りを余儀なくされた時は、柄悪の彼がやったみたいに他の器を通して殻の混入を防ぐんだって。


「……うちの両親も店出してるけど、揃って片腕だ」


 あーそもそも片手割りしか知らなかったから、柄悪さんはリインさんの両手割りに物珍しそうな視線を投げてたのか。


「アタシはドラマで――」

「お前には聞いてねぇ」

「あ!?」

「ハイ、そこ! 推理中に喧嘩しない」


 お馴染みのやり取りって感じで僕が見てる分には肩の力が抜けるけど、間に挟まれてるキョロ目さんが失神しかけてるから。そう注意すれば一応ソウシもリインさんも口は閉じたけど、相手が犯人というのもあって睨み合いは続行中だ……ったくもう。


「二人のことは気にしないでください」

「っ、はい」


 椅子の上で小さく俯く姿は痛々しいけど……僕は深呼吸と一緒にテーブルに片手をつき、「殻混入の原因が自分にあると、認めますか?」と話を戻した。もともと蒼白かった顔色をさらに白くして、それでもキョロ目の彼は確かに頷く。と、隣からガガッと重いものが擦れる音がした。


「なんで、すぐに言わなかったの?」


 エリムちゃんが傍にあった椅子を引いた音だった。靴を脱いで上に乗ったらちょうど僕と目線が並んで、きっと違うだろうけどなんかお手本にされてるみたいで少し擽ったい。


 [フィッシャートラップ]で捕縛した時の番犬みたいな空気はどこへやら、今の彼女はまんま間違えた子供と向き合う大人だ……ってこの子の年齢、本当に一桁だよね?


「……ゃ、雇ってもらう条件が料理経験者だったのに…」

「殻のこと言ったら、芋蔓式に未経験者だってバレると思ったから?」

「っ……はい」


 なるほどね。僕らの常識なら「失敗してごめんなさい」の一言で済むことを何でここまで拗らせたのかと疑問だったけど、初っ端から偽りという糸が張り詰めてたからだったのか。聞けばキョロ目の犯人さんは王都に実家をもってるけどあまり豊かとは言えなくて、そこへ最近いろんな物が値上がりしたから外に働きに出たそうだ。でも生まれつきの挙動不審な態度が枷になってなかなか雇ってもらえなくて、藁にもすがる思いでエリムちゃんとこの募集に手を伸ばしたって。


「……事情は分かった」

「…………」

「でも、あたし達の店の信用に傷をつけた事実は変わらない。それは分かるよね?」

「……はい」


 治療魔法師への代金や店への迷惑料を始めとする諸々の支払いはもちろん、クビも受け入れると言ってお縄頂戴の形に両手を差し出すキョロ目さん――だったけど。本名はソーヤというらしい彼の手を掴んだのはエリムちゃんじゃなくて、


「だったらうちの店に来い」


 本名をダイロという、柄悪さんだった。え、マジで? うちの店って同じ飲食店だよね? ソーヤさんが根っからの悪い人じゃないってのは分かるけど、にしたってこんな問題起こした直後に……大丈夫かなとソウシを見やれば、「面白そうじゃん?」って視線で返された。


「ぇ、あの、え?」

「十四日だ」

「じゅ……?」

「十四日間、住み込みタダ働き」


 衣食住は提供するけど金は出さない、二週間の働きぶりと態度次第で今後も雇うかどうか判断するとダイロさんは言う。そもそも実家に店を構えながらなんでエリムちゃんとこにバイトに来たかいうと、さっきの話にも出てた片腕の両親に代わって一緒に働いてくれる人のスカウトが目的だったとか……ほ?


「ちょっと待って働き手が必要だったあたしの店から引っこ抜くつもりだったの?」

「七日経ったらな」


 募集条件は料理の経験があることと必ず七日間通うこと、その後の引き抜きについては何も言われてないとしれっと主張するダイロさん。すでに引き攣っていたエリムちゃんの口元から、「ぁ、あは……あはははぁ!?」とプッツン寸前みたいな笑い声が漏れる。目はこれっぽっちも笑ってないどころかデッカい包丁再登場してるけどね!? ていうか僕が羽交い締めにしてなかったらこのまま傷害事件に突入しそうな勢いだからね!?


「ダっ、イロさんでしたっけ!? なんでこんなスパイみたいな真似を!?」

「直接働いてるとこ見て決めたほうが確実だからだよ。口なんて嘘吐くために付いてるようなもんだし」


 いやアンタがそれ言うか!? もうエリムちゃんとかありもしない血管までブチ切れたみたいな顔になってるんですけど!


「クビよクビ!」


 まーそうだよね……。


「あと六日! お昼ご飯付きのタダ働きで二人とも扱き使ってやるから!」


 ……ん?


「あと諸々のお金はきっちり払ってもらうし! でもその後は引っこ抜くなり店立て直すなり好きにしたら!?」


 エリムちゃん……力の抜けた僕の手からするりと抜け出した彼女は、「あたしの知ったこっちゃないし!」と膨れっ面になってそっぽを向いてしまう。ダイロさんとソーヤさんからは完全に死角に入っちゃったけど、隣にいる僕からは丸見えだった。どうしても拾ってあげられない捨て犬の飼い主が見つかったみたいな、安心した表情が。


「……ありがとな、店長」

「ほ、本当にご迷惑をおかけしましたっ……」


 そしてそれは、見えなくてもちゃんと二人のところまで届いていた。横並びに丁寧に下げられた頭を一瞥したエリムちゃんは「フンッ」と鼻を鳴らすと、足音をドンドン響かせながら店の奥に行ってしまった。


 店と住居スペースの敷居を跨ぐなり後者を消したから、殻に中ったお客さんの様子を見にいったんだろう……子供らしく拗ねてきたって、いっそ怒り散らしたって全然いいのに。


 僕は溜息を吐くと、背もたれにしな垂れるみたいに身体を捻って椅子に座った。したら「お疲れさん」ってソウシが膝の上に腰掛けてきた。うん、お疲れ。でもスゲェ邪魔。


「疲れてるのはエリムちゃんのほうだよ」

「疲労に上も下もないだろ」

「んー……」

「腑に落ちねぇって顔してるな」

「僕の顔見えてないだろ」

「さっきの今でその説明いるか?」

「…………」

「なにが気に入らねぇの?」

「……なんか、大人が情けないって思い知らされた事件だったなって」


 事が丸く収まったって言えば聞こえはいいけど、要はあの子に全部飲み込ませただけだ。でも、じゃあ捨て犬の前でダンボール箱の住処をこれ見よがしに踏み潰すみたいに断罪すれば良かったのかって言われたら、それも嫌で……結局は僕も事なかれ主義の大人なんだって、遠回しに思い知らされた気がしたんだ。そうだよ、`今笑ってるから`とか`完璧に直すべきじゃない`とかそれっぽく言ってたことも突き詰めれば全部……、



 ブンッ。



「ひょおっ!?」

「黙りなさい、アンタみたいなのが事なかれ主義者を名乗るなんて一生早いのよ」


 目元スレスレを走っていった銀の閃きに腰を抜かしていると、リインさんが「本当の事なかれ主義者ってのはね」と頭上から見下ろしてきた。目は凄い真剣だけど……肩に担いでるそれ、エリムちゃんが置いてった包丁だよね? ていうか今思っくそ僕の眼前薙いだよね!?


「満面の笑みも愛想笑いも関係ない、ただ目の前に並んだ笑顔の`数`だけが正解なの」

「か、数?」

「そう、数よ。だから終太郎がマジの事なかれ主義者だったら、三人が三人ともひとまずホッとしてるこの状況に疑問すら持たない」


 むしろハッピーエンドで良かったねとか何の悪気もなくブチかますわよと言うリインさんは、きっと僕を励ましてくれてるんだろうけど……彼女の目は、僕を見ていなかった。僕よりもずっと遠くて、


「分かったら的外れな卑下はやめなさい」


 同じくらい近い場所に縛られてる。だからか、僕はありがとうは言えなかったし頷くこともできなかった。もし、もしリインさんの視線が向かう先が()()()()だったら、


「それはそうとソウシ」

「んあ?」

「あんた、アタシに一言謝罪があってもいいんじゃない?」

「なくていいんじゃない?」

「ハァ!? 十二単衣並みに濡れ衣着せまくっといてゴメンも無し!?」

「事件が起きたら前科持ちから疑うのが基本だし」

「前科言うなアタシも立派な被害者よ!」


 それこそ今話に出た、上っ面で最善を忖る人になってしまう気がしたから――っておいソウシそれは横暴が過ぎるだろうが! 僕も謝るからちゃんとごめんなさいしろと椅子から立つと、偉そうに腕を組んでそっぽ向いてる相棒の頭を掴んで一緒に下げた。


 間違えたら謝る、これ全世界共通の常識。斯く言う僕もウルを疑ったことまだちゃんと謝れてないけど! だから帰ったら一緒にごめんなさいしようなと小声で伝えたら、ソウシは唇を尖らせつつも「詫びの品、肉でいいよな」と頷いた。


「つか首怠ぃんだけど、いつまで下げてりゃいいわけ?」

「いつまでって、リインさんが許してくれるま……で?」


 そういえば反応がないなと頭の位置はそのままに視線を上げてみれば、リインさんは僕らを見てなかった。比喩じゃなくて、マジで見てなかった。なんか様子が変だと僕が完全に頭を起こせば、ソウシも静かに起き上がって、さらに何かを察したみたいに彼女の視線を追って背後を顧みた。



「あぁへーきへーき! 最近夜会続きで胃もたれ気味だったから、むしろ吐けてラクになった」



 それにおれもお忍びで来てるから、保安官にバレると色々マズいんだよね――無邪気を装いながらも周りの目も気にしてるみたいな、青年になりきれてない少年の声だった。夜会にお忍びってことは貴族ポジの人かなと振り返った僕は、すぐさまバッと店の壁を見やった。


 雑に貼られたチラシの中心で、前髪を編み込んだバイオレットの長髪をモデルみたく靡かせてるムーングレイの瞳の王子様。エリムちゃんに付き添われて奥から出てきた少年は、ストールをフードっぽく巻いて顔を隠してるけど……耳の横からこぼれてる髪の色は、チラシのそれだった。


「回復魔法ありがとね。あ、そうだお代――」

「いいですいいですホントいいです!」

「そう? まぁ店員さんが言うな……ら…」


 リインさんのガンガンに見開いた双眸が少年に釘づけなのは、殻に中ったのが王都で話題沸騰中のエレジルフ王子様だと気づいたから、


「リ、ン? ぇ、リンだよね絶対!? おれだよおれエレっ、じゃないそれ()()()()だった!」


 ……だと思ったけど、


日暮(ひぐれ)英斗(えいと)って言えば分かる? ほら、リンの()()の……!」


 コレはもっともっと複雑っていうか、アカンくらいヤバい事情絡んでない!? テンパる癖直せって注意された傍からガチガチにテンパる僕の隣で、


「これはまた、ぶっ飛んだ()()()()()()がきたな」


 ソウシが舌打ちまじりに何か呟いた気がした。

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