第十話 探偵は以下略[前編]
僕らが解決するから――by終太郎
「……ていうのが、事の顛末です」
「へぇー」
「馬鹿ってのはどこにでもいるんだなー」
窓際のテーブル席で、取り返したばかりのドートの肉を贅沢に挟んだバケットを頬張りながら、シェリーさんとレルクが相槌をらしき反応をくれる。うーん……興味は普通にあるけど今は目の前の朝食が第一、って感じかな。斯くいう僕も素振りに推理に逮捕と走り回ったせいでお腹ペコペコで、二人に話したのは同じ肉を使ったサンドを二切れほど腹に詰め込んでからだったし。
「あぁ声出せるってラク~……シェリー、帰りはお前が押し係だかんな?」
「分かってるっての」
椅子に座って足元に水の入った桶がある今でこそ二人とも自由に喋れてるけど、移動する時は声を封じて足を生やす必要があるからね。今まで当たり前だと思ってたけど、最初から足があって喋れる人間って結構凄いのかもしれない……代わりに水中では喋るどころか生身だと呼吸もままならないけど。
「そうだシュウタロウ、ボクのネックレス大活躍したんだってな?」
「んぐっ」
ヤバい喉詰まっ、らなかった危ねぇ焼いてない柔らかいパンで良かったぁ。涙目で喉を摩る僕の前にお冷のグラスを置きながら、「カルタが言ってたんだよ」って言うレルクはご機嫌ニコニコだけど……僕はお冷で喉を潤してから、ごめんと身体を小さくした。
「貰ったばっかなのに、傷つけちゃって」
夢玉のなかでイテアさんと戦ってた時、僕は倒れてたアディさんにネックレスを貸した。あのネックレスには[タテュート]っていう身代わり魔法が掛けられてるから、僕がヘマしても守ってくれると思って……ていうか勝手に持ってきて僕の首にかけたソウシなら分かるけど、カルタ王子よくネックレスに気づけたな?
「え、なんで謝んの? 身代わりなんだから傷ついてナンボだろ?」
「ナ、ナンボって……」
「いいんだよ」
おかげでシェーレは、意気投合したばっかの同士を失わずに済んだわけだし――バケットのおかわりを頬張りながら言うレルクには当たり前のことっていうか、自然と口から出た言葉なんだろうけど、
「……眩しいなぁ」
「へ? なんて?」
「んーん、なんでも」
頬っぺをバケットでいっぱいにしたまま首を傾げるレルクに、「ありがとな」って笑ったらさらにキョトンとされたけど、僕はそれ以上は言わずに残りのミートサンドを口にする。こういうのはシャボン玉と同じで、触れたら簡単に弾けてしまう。少し離れて見つめるからこそ、綺麗で尊いんだ。
「ところでシュウタロウ、ソウシどこ行った?」
「ぁ、とアイツは――」
「保安官の子と合同尋問だろ? アイツ好戦的だし馬鹿強ぇし」
おー、シェリーさん鋭い。さすがソウシと一戦交えただけあるなぁ……まぁ実際にアイツが申し出たら、「死体片付けるのメンドーなのよぉ」って断られたんだけど。尋問のどさくさに紛れて処刑する気満々だったの、見抜かれてたんだな。
話が逸れたけど、ソウシは今――なんとリインさんの住み込み先にお使い中だった。彼女が意外と食いしん坊だったことを思い出したナージュさんが、僕らの朝食のついでにお弁当サンドも一緒に作ってくれて、最初は僕が届けようとソウシにその住み込み先を聞こうと思ったんだけど、
――俺が行くから、お前は王子どもの相手しててくれ
って弁当持ってすっ飛んでったんだ。いつもなら僕に丸投げっていうか、なんなら「住み込み先推理してみろよ?」とか無茶ぶりしてきそうなのに。
「さーせん兄さんっお待たせっす!」
珍しいこともあるもんだなと手を組んで身体を伸ばしてると、表の扉が開いてウルが飛び込んできた。ピシッと敬礼したその両脇から「ガウッ」、「グルルル」とイノとシシも顔を出す。二頭ともさぞや快眠だったんだろう、顔色っていうか毛並みが爽やかに輝いていた。
「お、来たな」
「うす!」
「じゃ、またなシュウタロウ。ってレルクお前まだ食ってんのか?」
片付けらんねーだろとバケットの最後の一切れをレルクの口に突っ込んだシェリーさんは、僕の分の皿も一緒にカウンターまで下げてくれた。慌てて「あ、ありがと!」と声をかけたら、笑みと一緒にひらりと片手が振り返された。そっか、足で歩いてるから声が……。
「もう行くの? お腹は満たされた?」
《ん、ご馳走様。スゲェ美味かった》
店の奥から戻ってきたナージュさんに紳士らしく頭を垂れると、シェリーさんはミニ黒板を引っくり返す。裏にはウルのために彼が考えた今日の特訓メニューが書かれてるんだろう、文字を追うナージュさんの顔は真剣だった。
「終太郎いる!? 居るわよねってか居て!?」
「はい居りますっ、へ?」
反射で返事しちゃったけどこの声……と振り返った僕の目に飛び込んできたのは、全開になった扉の前で猪狼三兄弟を押しのけて座り込んでるリインさんだった。いつもは背中に流してる髪をポニーテールにしてエプロン付けて、ついさっきまでバイトしてましたって感じだけど……ていうか実際に働いてたんだよね? いい住み込み先に放り込まれてたんじゃなかったの? 怪我こそしてないけどギリギリで窮地を脱してきましたと言わんばかりに息も絶え絶えで、涙目ですらあるんだけど。
「リ、リインさん」
「ゼェ、ハァ……」
「いったい何やらかしたんです、かぁ!?」
お玉が、エプロンの陰から凄い速度で飛んできたお玉が腹に激突しました。「ちょっ」と伸ばされたレルクの手をすり抜けて椅子ごと吹っ飛んだ僕は、不格好な装飾品としてカウンターにめり込むことも覚悟したけど、シェリーさんが受け止めてくれたおかげでその展開は免れた。弛緩した僕の腹から転がり落ちたお玉は「あらまぁ」とナージュさんが拾ってくれて、その声でリインさんはハッと我に返ったみたいだ。
「あのお弁当っ、わざわざありがとうございます!」
「ふふ、お口に合いました?」
「一生分作り置きしていただきたいくらいです」
いやあなたの`一生`は`一生`って文字に収まらないだろ、常世人で僕らの監視係ですよね? まぁナージュさん素直に喜んでるし、内容が内容だから声にはのせらんないけど。
《大丈夫か? 吐く?》
「ううん平気、ありがと助けてくれて」
にしても凄いな、シェリーさん。吹っ飛ぶとこ見てたレルクでもついていけなかったあのスピードに、背を向けていながら反応できたんだから。今も片腕で椅子ごと僕を抱え、もう片方の手で器用に黒板に字を綴ってるし。
「そうだ、その弁当届けにいったソウシは――」
「あ、来たぞ」
「えっ来たの?」
「嘘っ来たの!?」
店の外を眺めていたウルのポソッとした返事に、リインさんはこの世の終わりでも目の当たりにしたみたいにダダダダッと四つん這いでこっちに迫ってきた。いや怖っ、なんか見たことあるよこういうホラー映画!
足を畳んで椅子の上で小さくなる僕と足元で「勘弁してよぉ……」と蒼褪める彼女を交互に見たシェリーさんは、僕を下ろさないままリインさんを庇うように一歩前に出てくれた。ごめんなさいありがとうございますプリンス様。
「往生際のクソな女だな」
「んなあぁああぁ出たーーーー!」
オバケみたいな形相でオバケに襲われた人みたいな悲鳴を上げるリインさんを一瞥したソウシは、腕組みしたまま扉にもたれる。ゼェハァ言ってた彼女と違って疲労の欠片も感じてないみたいだけど、トレードマークの黒服は所々が土埃を浴びたみたいにくすんでいた。
「どうなってんのよアンタの足っ、アタシ転移魔法使ったんですけど!?」
あー、走ってきたから服に土が掛かったのか。
「お前の魔法より俺の足が速かった、それだけだ」
うわ、なんの説明にもなってないのにこの説得力。暴君の名言だよ。
「それはそうとリインさん、ソウシから逃げてたんですか?」
アイツお弁当届けに行っただけじゃないんですかと視線を落としたら、「アタシじゃないわよ!」って物凄い剣幕で見返された。いや会話噛み合ってないよ何が`アタシじゃない`んですか!?
「事件が起きたんだよ」
「事件!?」
「お前も知ってる、ウミノ(⤴)イエでな」
「エリムちゃんの店!? てかリインさんの住み込み先そこだったの!?」
「んで、そいつ容疑者」
「容疑者!?」
「ぶっちゃけ俺は犯人だと睨んでる」
「犯人んんんん!?」
渾身のシャウトと一緒に限界まで身を乗り出した僕は、当然そのまま椅子から転がり落ちた。レルクたちの「だ、大丈夫か?」って心配の声とリインさんの「だぁからアタシは無罪だって言ってんでしょ!?」って訴えを背中に受けながら、のそりと顔だけ持ち上げる。衝撃だけで痛みがないことを知ってるソウシは、それはもうニッコリとなんの遠慮もなく笑いかけてきた。
「さぁアドベンチャー探偵よ、裁きの時間だ」
連発とか勘弁してよ……あとその字面だと僕が裁かれる側なんですけど。
◇◇◇◇
天気良し、波のノリも良好。事件が起きたウミノ(⤴)イエを囲む野次馬の騒めき具合もドラマのエキストラかってくらい程々なもので、さすがは穏やかさに定評のある南の浜辺だと一度は思ったんだけど、
「あ、シュウ兄ちゃんおひさ~」
問題の店の前で、いつ定着したのか知れない愛称と一緒に振られたエリムちゃんの手には――四角くてデッカい包丁が握られていた。うん、怖い。さっき確かに抱いたはずの穏やかさが一瞬で吹っ飛んじゃうくらいには怖い。
ナージュさんといいマッフルさんといいこの子といい……なんでこの世界の温厚な人は、こうも自然に過激さと合わせて表に出せるんだろう? なんて辛うじて笑みを浮かべたまま手を振り返すと、ソウシが「連行してきたぞ」と言って脇からにゅっと進み出た。
「だっから濡れ衣だって言ってんでしょ!?」
道中ずっと、ていうか今現在も彼に耳を引っ掴まれてるリインさんと一緒に。[ロードスキップ]で逃げたリインさんをソウシが追ったのは九割がアイツ自身の意志だろうけど、
「ご苦労様でした、ソウ兄ちゃん」
残り一割はエリムちゃんの頼みでもあったみたいだ、ってそりゃそうか。看板娘である彼女にとって――食中毒は店の沽券に関わる大問題だもんな。そう、窃盗事件の次に僕の前に立ちはだかったのは食中毒事件だった。
エリムちゃんの提案で、ちょっと前から人気メニューの焼きそばにスクランブルエッグをトッピングしてるらしいんだけど……小一時間ほど前。そのスクランブルペオールドを食べた客の腹が、文字通りスクランブルを起こしたそうだ。
幸いエリムちゃんが[ケアリー]を使えたからちょっと吐く程度で落ち着いて、今は店の奥で横になってるみたいだけど……と、ここまでは店でゴネるリインさんをシメながらソウシが話してくれたことだ。で、一通り聞き終えたその時も僕はこんな感じで聞き返したんだ。
「エリムちゃん、来て早々だとは思うんだけど……卵に中っちゃったお客さん、やっぱり近くの街の治療魔法師に診せたほうがよくない?」
そしたらソウシにもこんな感じで言い返された。
「だって診せたら芋蔓式に保安官にも伝わっちゃうでしょ? 原因不明のままだと営業停止になっちゃうもん」
診せるには診せるし報告もするけど犯人・原因・対処法の三つが揃ってからじゃないと駄目、と……全く同じことを「酒場にいるのに知らないの? 食べ物屋の暗黙の常識だよ?」とこれまた同じ表情で言い切っちゃうエリムちゃん。クラッとくるままにフラフラとソウシに寄りかかったら、「言った通りだろ?」って肩を竦められた。やめてくれ頭痛が痛いわ。
(ナージュさんがウルたちの同行に反対した理由って、コレかぁ)
店内にいたウルたちも当然事件の話は聞いてたし、普通に興味津々だった。特訓場所も被ってるんだしと最初は僕も一緒に行こうと思ってたんだけど……。
――今日はべつの浜辺にしなさい
ナージュさんのマジ声と圧に異を唱えられるような猛者は、三人の中にはいなかった。
「リン姉ちゃん?」
「いっ……」
「仕事が合わないと思ったら辞めてもいいって言ったけど、それに関係なく一週間は働く約束だったよね?」
両手を背中に回して見上げてくる姿は無垢な子供そのものだけど、その手の包丁と真っ黒い目元がなぁ……一瞬で借りてきた猫みたいに蒼く縮こまったリインさんに嘆息しつつ、僕は彼女の背後の店内を覗き込んだ。奥のテーブル席に二人、明らかに野次馬とは違う感じの男の人が座っている。
片方はきちんと膝を揃えてるけどキョロキョロと神経質そうで、もう片方は貧乏ゆすりが激しくて柄悪そうなのに目つきは落ち着いていた。そして二人とも、頭に手ぬぐいみたいな布を巻いて腰エプロンを付けてる。
「……リインさんと同じ住み込みの人?」
「あっちはただのバイトだ、容疑者には違いねぇけど」
その証拠に見てみろと、横からソウシがチョキの形にした手を伸ばしてくる。目元に翳すみたいにしてチカチカと指を動かして……僕は「まさかなぁ」と思いつつ[パルライシス]を唱えてもう一度二人を見てみた。そしたら、その`まさか`だった。
リインさんと同じ容疑者でありながら大人しすぎるくらい大人しくしてる二人は、ただ蛍光イエローの魔力で椅子にぐるぐる巻きにされてるだけだった。[フィッシャートラップ]のエアver.かな……店を背負ったエリムちゃん容赦ねぇ。
「ていうかご両親は? ぜんぜん見当たらないけど」
「出張だよ、王都のほうにね」
トコトコとこれまた猫よろしく店内に出頭していくリインさんの背中を見送りながら、エリムちゃんが教えてくれた。なんでも王子様の誕生日が近いとかで王都は連日お祭り騒ぎらしく、出店の数も人手もいくらあっても足りないくらいなんだって。
(エレジルフ王子の誕生を、ともに……)
ふと視線を横にずらした先、前にレルクたちと会った時は確かに空いてたはずの壁には今はそんな謳い文句のチラシが貼られていた。他にもチラシは色々あるけど、王子のはそのどれよりもデカくて如何にも金かけてますってくらい派手で、正直ウミノ(⤴)イエには似合ってないと思う。角度とか高さがきちんと揃えられてる他のチラシと違って、これだけ一発で貼りましたって感じなところを見ると、エリムちゃんもあんまり乗り気じゃないのかもしれない。
「急に来たかと思えば七日もパパとママを貸してくれだなんて……しかもその前払いがあのチラシ!」
「ぇ、お金じゃなくて?」
「ふざけてるでしょ!? しかも向こうで稼いだ売上も、場所代だとか調理器具の貸出代だとかで結局三分の一くらい王都のギルドに取られちゃうんだよ!?」
あんまりどころか全然だった。三分の一はキツいねと僕が苦笑したら、「王都の人ってホント勝手!」ってエリムちゃんは輪をかけて息巻いたけど、
「イー兄ちゃんが出て行っちゃったのだって……」
爪先に向かって落とされた最後の呟きだけはとても小さくて、なのに十歳とは思えない凄みを孕んでいた。「お兄さん?」って僕が聞き返したらハッと慌てて、何でもないって全部作り笑いの向こうに隠しちゃったけど。
「働き手を増やしたのは、つまりそゆこと。あたし一人じゃお店回せないから」
まぁその結果がコレなんだけど、と三人のバイトさんを睨みつけるエリムちゃんだけど……僕は一つ引っかかることがあった。
「食中毒は、焼きそばにトッピングされた玉子が原因だったんだろ?」
シンプルに考えれば悪いのはリインさん達じゃなくてその玉子、ていうか卵の仕入れ先なんじゃないのかと意見する僕に、しかしエリムちゃんは「チッチッチ」と舌を鳴らす。正確には玉子じゃなくて、玉子に混入した殻が原因なんだって。
「店で使ってるのはヒノデ鳥の卵なの」
「ひ、ので?」
「あれ知らない? 安価で美味だから食材としては有名だよ?」
もしかして隠れ坊ちゃんなのかとジト目で見上げてくる彼女の頭を撫で、「当たらずとも遠からずかなぁ」と笑って誤魔化した。隠れてるとか丸見えとかの問題以前に実家すらこの世界にない僕だけど、生前は宗教家の一人息子だったらしいから嘘ではないよね?
それで問題のヒノデ鳥だけど、エリムちゃんの説明を聞くかぎりじゃ現世のニワトリみたいだったから、とりあえずニワトリで考えることにした。全卵が美味しい分、不味さっていうか毒素が殻に集中してるってところもサルモネラ菌に似てるし。
「殻は絶対に入れないでって言ったのに、ていうか食べ物屋で働くなら常識なのに!」
「ぁ、うん何かゴメンね」
一応僕も食べ物を扱う店でお世話になってるからと勢いで謝ってみたけど、エリムちゃんからの反応はなかった。いや無反応っていうかこれは……そっと屈んで目線を合わせてみると、
「パパとママだったら、`殻入っちゃったけどどうしよ`って相談されたのかな?」
自分への遣る瀬なさで泣きそうになってる幼い女の子の素顔があって、僕はハッとした。店を背負うっていうのは問題なく順風満帆に黒字で営業を回すってことだけじゃなくて、一緒に働いてくれてる人たちの責任とか信頼とか、そういうのも全部請負うことなんだ。まだこんなに子供なのに……いや、この純粋な責任感は子供だからこそか。チラッと奥に視線を投げれば、ずっとこっちを見てただろうリインさんが慌ててその目を伏せるのが分かった。
「エリムちゃん」
「ぁ、ごめんカッコ悪いところ見せて――」
「僕らが解決するから」
「へ?」
「卵の殻混入中毒事件は、僕とソウシが解決する」
相棒のノリで始まった傀儡探偵からアドベンチャー探偵に改名して、四度目の事件。この時になってようやく、僕は腹の底から本気で事件解決を宣言した。




