第九話 探偵は三度現る[後編―終―]
誰も彼もお前しかいないと思いますが!?――by終太郎
「ふわぁ……アタイ呼ばずに解決しようとしてたとか、ふざけんなって話なんですけどー?」
言葉並びだけならキレてるしデカい欠伸が気になるところではあるんだけど、ピクピク跳ねてブンブン振り回されてる耳や尻尾を見ると、満更でもなさそうなんだよなぁ――ブルーラベンダーの光に包まれた小屋の前で、こっちに背中を向けて屈んでるマリッちさんに「仰る通りで」とぼんやり相槌を打つ。今いるのは僕とマリッちさん、ソウシの三人だけだ。僕らが揃ったなら解決したも同然、ということでナージュさんが開店したため、ウルたちはそっちの手伝いにいっていた。
「……おぉ?」
落ち着きのなかった彼女の耳と尻尾が、唐突にピーッンとまっすぐに伸びる。これはもう、分かっちゃった感じ? さすがはフーリガンズの目! 盗っ人もイチコロだなと僕は喜々として傍らに腰を落として、
「なにコレ超意味不明ぇー」
そのままコテンと横になった。ついでにガードを忘れた頭もゴツンッとぶつけたけどマリッちさんは自分の発言と欠伸の音で聞こえなかったのか、「なんか思ったより長くなりそー、やっぱアタイ帰るぅ」と立ち上がってしまった……って待て待て待と!? 僕は孤を描いたまま固まってた両目をガン開いてマリッちさんを見上げた。
「意味不明なのはアンタですよ保安官でしょ!? この状況で帰るつもりですか!?」
「あ、ゴメン。ハイ掴まって」
「ありがとうございますでも今は僕じゃなくて事件に手を伸ばしてください!」
とは言いつつも差し出された手は有り難く掴ませてもらう。さっきまでの自信はどこいったんですかと起き上がりながら尋ねてみるも、返ってくるのは「んー……」という煮え切らない唸り声だけで、間違い推理のボロが出ないように(?)って彼女が来てから黙りを決め込んでいたソウシも「ハッキリしろ猫ビッチ」って割り込んできた。ってお前は性懲りもなく酷い呼び名を……そんなんじゃ教えてもらえるモンももらえないだろうに。
「ビッチじゃなくてマリッちだしー……はぅわぁ…」
……ん?
「あの、マリッちさん」
「んー?」
「ずっと気になってるっていうか一目瞭然なんですけど……寝不足ですよね、結構な?」
「アハッ、分かる?」
ほんと嫌になっちゃうわよねと充血した眼球カッ開いて同意らしき反応を求めてくる彼女に、僕は全力で首を縦に振った。聞けばマリッちさん、ここ一週間で計二十一時間しか眠れてないらしい。ってことは一日三時間!? キッツ! あれでも時間数のわりには隈が……ぁ、メイクか。
「どこぞの糞マイペースなギルド長が締切期限ガン無視で書類溜め込んだあげくに放浪しちゃってたからさー?」
「うっ……」
「今めちゃクソ特急で片付けてるわけなのねー? 偽金犯の行方が掴めなくてただでさえ忙しーのにさぁアタイはねぇ?」
「ァ、アハハハ……」
心底お疲れ様ですマジでごめんなさい二件とも僕らバッチバチに絡んでます特に後者っ言えないけど! 内心フルスロットルで謝罪しまくったうちの一握りを体面に浮上させ、「ど、どうぞお休みになってください……」とマリッちさんに頭を下げる。「だったら連絡した時にそう言えよ」と零そうとしたソウシの口は全力マウスビンタで塞いだ。
「おい、帰る前に保安官としての意見を聞かせろ」
「んぇ?」
「なにが`超意味不明`なんだ」
僕の手を引き剥がしたソウシがそう問いかけると、フラフラ去りかけていたグラマーな背中に芯が一本通ったような気がした。欠伸を噛み殺しながら振り返ったマリッちさんは簡潔に、「匂い」と言った。
「空気中に残ってるドートの匂いと、足跡の向きが不一致なの」
「ふ、不一致?」
そんなことって、と僕は反射的に自分でも[アンダート・エリア]を使う。足跡の向きは爪先が左側、犯人が表通りへ進んだことを表してたけど……匂いっていうかドートの残滓みたいなのは、マリッちさんが言うように反対のほうへ点々と続いていた。そっちは表通りと違って目立たない小道へ繋がっていて、逃走ルートとしては最適なんだけど。
「えぇ……?」
足跡よ、なんで君は反対向きに跳ねてるんだ!? 偽装したにしては土の跳ね方が自然だし、ていうかそんな緻密な偽装ができるなら窃盗の事実そのものを隠せるはずだろ? これは本当に`超意味不明`としか言いようがないよ……「じゃ、あとヨロー」とウトウトを再開させて歩き去っていったマリッちさんに、疑ってごめんなさいと僕はもう一度頭を下げておいた。
「ハァ、棚全開で足跡も残してるから大した犯人じゃないって思ってたけど……こりゃそうも言ってられないかもなぁ」
「そうか?」
「えっ、そうじゃね?」
もしイノとシシの疲労と鼻の利き具合まで考慮してやってたなら手強いだろと続けるも、ソウシは「んな知能犯じゃねーよ」と断言してきた。えらくキッパリ言い切るな……ん?
「さっきの今だけどっ、もしや今度こそ!?」
「サラッと傷口抉ってくるな。まったく誰に似たんだか」
「誰も彼もお前しかいないと思いますが!?」
なんなら店で待ってる皆に聞いてみるかと、薄ら青筋を浮かべて言ってみる。どうせ`面白そうだなソレ`とか`賭けてみるか`とか適当に返されるんだろうなと思ってたけど――ソウシは微笑んだだけだった。馬鹿にするでも呆れるでもなく、ただ静かに。
「ソウシ……?」
「や、何でもねぇ」
それより足跡のトリックだと、ソウシは僕を表通りのほうへ引っ張っていく。んでもってどこからか取り出したキープアウトの黄色テープで店の前50mくらいの道を四角く封鎖し、テープの内側の地面に[オルタフリーション]をかけるようにと指示してきた。イノとシシの寝床を再現するつもりなのか。
「それならウルに詳しく聞かないと……」
「いや、完全再現の必要はない。今はただ走ると大きく砂が跳ねる地面があればいい」
イメージ的には硬めの砂浜でヨロと背中を叩かれたので、本当にそんな感じで魔法をかけてみる。レモンイエローの発光が静まってから触れてみた地面、ていうか土は、ちゃんと細かくサラサラな砂へと変わっていた。これでいいのかとソウシを仰ぎ見ると、
「じゃ、そこ走ってみろ」
「へ?」
間髪入れずに次の指示が落ちてくる。十分に置き去りをくらってる僕をさらに放置するみたいに、ソウシは「ついでに50mのタイムも計っとくかー」と囲いの向こう側へいってしまうし、なんか通行人がワラワラ集まってきてるし……なんか記録会みたいで嫌だなー。
「よーし終太郎、位置につけー」
「むぅ……はーい!」
できるだけ周りを見ないようにして、僕は従順にスタート地点に足を運ぶ。でもド真ん中を走ろうとしたら左右どっちかに寄れって言われた……一回でいいんだよね、走るの?
「んじゃ、よーい」
「っ……」
パンッ。
……ってなんでそこ手合わせ!? `ドンッ`で口で言やいいじゃんとツッコみつつ、僕はどうにか駆け出したんだけど、
「ぬぉっ」
のふのふと足場が凹んで糞みたいに走りにくい! 当たり前だよココだけ僕が砂浜にしたんだからな!? こんなんでタイム計っても意味ないじゃんという心の叫びも虚しく、僕は「20秒」というカス記録と共にゴールした。爪先を見下ろしたまま「ストップウォッチ無しでよく計れたな」って嫌味っぽく聞いてみたら「俺の鼓動正確だから」って返ってきた。さいですか。
「んなことよりコレ、見てみろよ」
「コレ、ってただの僕の足跡じゃん」
不格好な走り方だったから足跡もそれなりの並びだけどな、と言ったらソウシは溜息まじりに口を開いたけど、一拍おいたら無言のままスタート地点に向かった……けど僕には分かったぞ? -31点と言いかけて直前でブーメランになると気づいたってな!
「じゃ、次俺が走るから」
「えっ、僕の体内時計不正確なんだけど!?」
「いや別にタイムはどーでもいいし」
「だったらなんで僕の計ったの!?」
しかもこんな大勢の目の前でさとツッコむ僕をよそに、ソウシはタッと走り出す――一言で表すと、めっちゃ綺麗だった。僕と違って腕の振りが小さくて身体の軸もブレてなくて、足運びも凄い軽やかで、とても砂浜という最悪のフィールドを走ってるとは思えなかった。
「……よし見てみろ」
「見ろって、だから足跡だろ?」
それまで僕と違って記念手形レベルのレア度だって言うつもりか、と完全に油断して囲いの中を見下ろした僕は、
「……およ!?」
自分の目を三度は疑った――だって、砂の跳ね方が逆だったんだ。僕のほうが後ろ向きに跳ねていたのに対して、ソウシのほうは前向きに跳ねてたんだ。なんでどうしてとソウシと足跡を忙しなく交互に見やれば、「重心移動で走ったからだよ」と掌が降ってきて顔の振りを止められた。
「じゅう、し?」
「言っとくが普通に日本語だからな?」
「分かってるよただ漢字変換が遅れただけだから!」
「ほーん……まぁとにかく、コレは江戸時代の走り方でな。現代人みたく足だけで走ると後ろに跳ねっけど、重心を意識して走るとこうして前に跳ねんだよ」
だからあの足跡自体は超意味不明でも何でもない、と解説を終えて立ち上がったソウシをパチパチと拍手が包む。斯くいう僕も「おぉ!」と手を叩いていた。ミカンの時も思ったけど、ソウシって知ってることはマジで知ってるんだよなぁ……お? ちょっと待てこれって、
「肉盗んだ人、やっぱ凄い策士なんじゃね!?」
砂の跳ね方知っててその走り方したってことだろ、それで逃走ルート誤魔化そうとしたってことっしょ!? 沈んで輝いてまた沈んで、と自分でも嫌になるくらい落ち着きがない僕の表情を前に、今度こそ「-31点」との容赦ないデコピンが飛んでくる。曰く、担いだドートの重みと抜き足差し足忍び足のコンボが偶然重心移動を招いただけで、策士は策士でも愚策士だって。
「……疑うわけじゃないけど、その根拠は?」
「マジで賢い奴は俺らからモノ盗らねぇ」
「…………」
実際に盗られちゃってる身で言ってもなー、という僕の心の声が影響したわけじゃないとは思うけど、周囲の拍手喝采が半減した気がした。でもその二時間後。僕はソウシの言葉が、的の真ん中のさらにド真ん中を射ていたと知ることになる。
「ちゅ、ちゅいまちぇええぇえぇんもう腹が減って減って死にそうで……!」
一時間半に及ぶ仮眠+マッフルさんへの仕置き+足跡の謎解明で幾分かスッキリしたマリッちさんに再依頼したことで、僕らはそれはもう馬鹿らしくなるくらい簡単に盗っ人の住処を特定できた。犯人は、冷凍ミカン殴打事件でしょっ引かれた古着屋の店主だった。
「まさかの再犯!?」
どうもあの推理ショーのせいで来客数がガクッと減ってしまい、飢え死にしそうでもうどうしようもなかったということらしい。実際住処である古着屋はゴミだらけで、店主自身も痩せこけてて酷い有り様だけど……僕とソウシは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「餓死寸前なら酒場じゃなくて、食べ物屋を狙うと思うけど」
「ギクッ」
「あの肉は店頭に並んでる商品と違って生だから、いちいち焼いて食わねぇとだしな」
「ギックギク……」
「腹ペコだったのは信じてもいいけど――僕らの肉は狙って盗ったな?」
「……テヘッ(ノ∀`)」
腹も膨れて嫌がらせにもなって一石二鳥我ながら名案、とか抜かしやがる態度には反省なんて滲みすらしてなかったので、僕とソウシは遠慮なくその顔面に蹴りを叩き込んでやる。奥に隠されてたドートの肉はもちろん回収したけど、三分の一くらい食われてて……再びキレ散らかしたソウシが盗っ人店主の歯を全部折ってしまったとさ。




