第九話 探偵は三度現る[後編①]
謎解き神の罰が当たんぞ!――by終太郎
二人なら遠慮はいらないと堂々と前に出た僕らに、シェリーさんは「オーシャンモーニング☀」と片手を上げ、レルクも《モーシャン☀》とミニ黒板を掲げてくる。二人とも変わりなさそうだな、と思うと同時に意外な組み合わせだなという感想も顔に出てたのか、シェリーさんが何やら得意げに笑った。
「シェーレとカルタばっかじゃ華が足りねぇからな!」
いや普通に酷いな!? 出ずっぱりじゃ二人が大変だからとかじゃないんかい! 後ろのレルクも《出番はビョードーに、だ》とか書くな思ってても正しくても書くな!
「んー、やっぱこの構図が安定するな」
「へ?」
どうにか羞恥の連爆から立ち直ったらしいソウシを振り返れば、シェリーさんと瓜二つの得意笑みを向けられた。構図って、シェリーさんとレルクのコンビのことだよな? 海でも二人は話してたし仲良いってことは分かるけど、安定ってどゆこと?
「カッコの差でどっちのセリフか分かるじゃん」
「うぉおいそっちかい!」
「シェーレとカルタはどっちも黒板使ってたから、ぶっちゃけ分かりにくかったんだよなー」
「黙ろうっ、もう黙ろうよ!?」
ペラペラと裏事情を流す口を両手で塞いで一息つくと、ウルの姿が視界の端にチラついた。そういえば二人はウルのお客さんなんだっけ……のわりには彼、自分の空気ともども小さく縮こまり過ぎてる気がするけど。
「……なぁ終太郎」
「メタ発言は受け付けてませーん」
「ん、そのセリフも十分にメタだからな?」
ポンポンと僕の手を叩いて口から剥がしたソウシは、「新調したウルの鉤爪って、確か水魔法に特化してたよな?」と改めて尋ねてくる。その通りだったからコクンと首を縦に振ったんだけど……なぜかソウシは特大の溜息と一緒に、近くの椅子にどっかり踏ん反り返ってしまった。ホントどうした?
「兄弟が起きてこねぇ理由が分かった」
「ぇ、それは秘密の特訓でクタクタだったから――」
ドンッ。
「…………」
なんか、言い切る前に背中から体当たりされて壁まで飛ばされました。人間、ワケが分からなすぎると理不尽な暴力を浴びても文句すら出てこなくなるらしい。ドラマとかで電車のホームから線路に突き落とされる人ってめちゃくちゃ独白してるけど、あれフィクションだ。実際は真っ白なままチーンだよ。
「わ、悪ぃシュウタロウっ」
つい反射でマジごめんと平謝りしながら、ウルは僕を引っくり返してご丁寧に[ケアリー]を鼻にかけてくれた。ありがとうウル……でも今ぶつけたの鼻じゃなくてデコなんだ。
「言い直す、盗っ人の臭いに反応できなかった理由だ」
「へ? 反応できなかった?」
「ちょぉおおぉおソウシ!」
それ以上はっ、と半泣きで制止を求めるウルにソウシはニッコリとNOを押しつける。コイツ、さっき面白半分にハズレ推理させられたこと根に持ってんな? まぁ先が気になるからって止めない僕も人のこと言えないけど。
「その理由ってのはなぁ」
「えっ言っちゃうのこんだけ拒否ってんのにマジで言っちゃうのソウシって鬼!?」
今更デスカ。
「猪狼三兄弟が――水中戦に備えた特訓をしてたからだ」
ピシャァアアァアアァンッ!
……え? なに今の雷鳴みたいなの、外ド晴天なんですけど。しかもソウシの「水中での運動は陸でやるより身体への負荷が少ない分ハードだし、海水の塩気で鼻も鈍るだろうしな」って続いてた推理ほとんど掻き消されちゃったし。ぁ、僕が聞き取れた理由はスルーしといてくれ。
「ウルくん」
「ひょえっ」
「ちょっといらっしゃい」
ひぇっ……雷鳴ブチ落としたの、ナージュさんだった。もろに空気という名の雷撃をくらったウルはまんま叱られた仔犬で、ひょいと首根っこを掴まれると厨房のほうに連れてかれてしまう。彼女の代名詞と呼んでも過言じゃない微笑はそのままに雰囲気だけがドス黒く燃えてるこの感じ、海でジュリーさんがウルを攻撃した時以来じゃない?
「にしてもナージュさん、なんであんな怒ってんだろ……?」
「海で特訓してるって黙ってたからだろ」
「っ、シェリーさん」
長らく放置してごめんなさいと心の中で謝りつつ、`黙ってた`っていう部分について詳しく聞いてみる。と、どうもウルはナージュさんに海辺で特訓してるとだけ伝えて海中とは一言も言ってなかったみたいだ。マーメイドの彼女相手に潮の香りは誤魔化せないから仕方なくで、本当は特訓そのものを隠したかったみたいだけど……はひ?
「それってそんな悪いこと?」
《隠してたこと自体はそーでもねぇけど、ナージュの教えを断ってシェリーに特訓頼んだらしーからなアイツ》
「えっ嘘!?」
あのナージュさん一筋のウルが断ったの!? 信じられんと目を瞬く僕にレルクは《健気な仔犬心ってヤツだよ》と黒板を引っくり返し、そのままダラ~ンとシェリーさんの頭に寄りかかった。シェリーさんは「重ぇ」って伸し掛かった顎を容赦なく押し返してたけど。
「海辺で話しかけられた時は色んな意味でビビッたなー」
礼の作品制作に勤しむシェーレさんに閉め出しをくらってたシェリーさんは、西海だけじゃなく南海にもちょくちょく顔を出してたらしく、後者の浜辺で砂の城を作っていたところをウルに捕まったそうだ。
ド真面目な顔で身体ごと振り向かされて「頼みたいことがあるっ」と顔を近づけられた時は「ぇ、こいつオレ以上のナージュ馬鹿だったよな?」と軽くパニクッたとか……嗚呼うん、ウルってそういうとこあるよね。ガープの森での交尾発言を思い出した僕は目が遠くなった。
「テメェの主海に戻そうとしてたオレに水中戦教えてくれって、兄弟揃って土下座してきてよ」
「土下座……」
「お前やシェーレと喧嘩する前のオレだったら、突っ撥ねてたかもしれねぇ……アイツはナージュを母親代わりになんかしてねぇのに、勝手に勘違いして嫉妬してさ」
だから感謝はオレじゃなくて、シュウタロウとソウシにしとけって言っといた――そうニカッと笑いかけてくれたシェリーさんは王子っていうより漫画の主人公みたいで、シェーレさんに見せてあげれないのが勿体無いと思うくらいキラキラしてた。
《ま、ナージュには強くなった姿だけ見せてぇって欲張っちまった結果がアレだけど》
「アレ?」
時間になっても来ないから迎えに来たんだけど悪ぃことしたなー、と全く悪いと思ってなさそうな顔でちょいちょいとレルクが示す先。つまり僕の背後には最初、ナージュさんしか居ないように見えた。けどウルは確かにいた、車椅子に乗った彼女の膝の上にちょこんと……とぉ?
「ヤァシュウタロウ、ソウシ」
「ウルぅうぅ!?」
「全文カタカナ読みにく!」
「そうだけど違うだろ!」
なんで僕より圧倒的にデカくて男らしかったウルがっ、向こう脛くらいまでの大きさしかないファンシーなマスコットになってんだよ!? この短時間に何があったナージュさんアンタ何したんだ!? 「兄サン達モ特訓スッポカシテスンマセン」って頭を下げられたシェリーさんとレルクも―後者は面白がってる気もするけど―蒼褪めてるし!
「シェリーくん?」
「ひょわいっ」
「ウルくんの特訓に付き添ってくれたんですってねぇ、私からもお礼を言いますわ」
ナージュさん、どう見てもソレお礼を言う顔じゃないです。シェリーさん、ビビり散らすあまり足生やして逃げようとしてるじゃないですか。これまた面白半分にレルクが押さえつけてるから微塵も逃げれてないけど。
「ただこれからは、事前に私に特訓メニュー等を教えてくださいね?」
「じ、事前に?」
「ほら、海も陸に負けず劣らず危険がいっぱいですから――誰かさんのようにこの子を攻撃してくる輩が、また出てこないとも限らないでしょう?」
薄く開かれた、これっぽっちも笑ってないパールホワイトの双眸。きっとナージュさんはこの先も、ジュリーさんがウルを傷つけたことだけは許さないんだろう。シェリーさんも同じことを感じ取ったみたいで、「悪かった」と彼女に向き直る姿勢は一転してとても落ち着いていたし、肝心のウルも元のカウボーイに戻って傍らに佇んでいた。後者の表情は複雑の一言に尽きるものだったけど……おそらくは惨敗した悔しさと、尊敬する主に気にかけてもらえた嬉しさで。
《ところで、おたくら店閉めて何してんの?》
「あ……」
レルクの文字で思い出した。今僕らが解明すべきはウルの特訓のことじゃなくて、ドートの肉を盗んだ犯人のことじゃん忘れてた自分にビックリだよ! またソウシにニワトリ鼻とか言われちまうなと振り返ってみればあら不思議、パーツが違うだけで同じ表情とかち合った。さてはお前も忘れてたな? ほげっ、脛蹴られた。
《なになに面白いことか?》
「ぉ、も白いかは分かんないけど好きな類ではあるかも……」
《えっ超聞きたい!》
わー台風万歳キッズ増えちゃったよー。ぐいぐいと頬っぺに押しつけられる黒板っていうかその文字の圧に二度目の残念な目を向けつつも、僕は高級肉窃盗事件について簡単に説明していく。もしかしたら店に来るまでのどこかで、ドートを担いだ誰かを二人が見てるかもしれないし。
「そんなアホ丸出しの奴いたか?」
《ボクは見てねーよ?》
……まぁそんな都合よくはいかないよね?
「それはそうと、真面目に困ったな……」
ウルが犯人だっていうソウシの推理は外れたけど、副産物としてイノとシシが爆睡してる理由は分かった。でも同時にそれは、あの足跡をつけられるのは知人に限定されないって証明することにもなるわけで……僕は溜息とも安堵の息ともつかない空気を吐くと、ポケットからナージュさんに書いてもらった客のリストを出した。
「もうこうなったら、リストを頼りに地道に捜していくしか――」
「しゃーねぇ、猫シェリフ呼ぶか」
「えっいいの!?」
僕が初っ端に頼ろうとした時は容赦なくマイナス点つけたのに……てっきりマリッちさんは鼻が利く獣人で探索魔法の使い手でもあるから、ソウシのなかで頼るのは反則なんだと思ってた。実際ソウシも推理を外すまでそう考えてたらしく、「どんどん相棒らしくなってきたな」って嫌そうな顔された。おい何でだよ。頭のなか見透かされたみたいだからか?
「自分だってしょっちゅう僕の頭んなか読んでるくせに」
「俺はいいんだよ、ステータスだから」
「ハイハイ」
何かっていうとすーぐ`ステータス`で片付けやがってと愚痴りつつ、片手で受話器を模して[テレフォーター]を使う。冷凍ミカン殴打事件の時にお互いに魔法使ってるから、たぶん繋がるだろう……よし、ちゃんと呼び出し音鳴ってる。
「そんで? なんでマリッちさん呼ぶ気になったんだよ。僕らも[アンダート・エリア]使えるじゃん」
「地味な捜査は昔から保安官の仕事って決まってるからだよ。あと単純に面倒臭ぇ」
「最後のが本音だろ!?」
不運にも「謎解き神の罰が当たんぞ!」と僕がツッコんだタイミングで魔法がマリッちさんと繋がってしまい、
〈ナゾトキシン? 悪戯ならしょっ引いちゃうわよー〉
凄ぇ迷惑そうな応答をされた……クスン…。




