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第九話 探偵は三度現る[中編]

俺のターンは俺ルールでいく――byソウシ

 容疑者に仲間の名が並ぶって、探偵にとっては`仲間が犯人だった`パターンに次いで泣きたくなる展開だよなぁ――盗っ人のものと思しき足跡から情報を得た僕らは一度店内に戻って、その非常に宜しくない情報を整理することにした。


 盗っ人が裏口を使ったのは間違いない。足跡は一方通行分しか残ってないけど、たぶん慎重に行動したのは店に入る時だけで、出てく時はドートの巨体に気を取られてイノとシシの敷布団まで注意がいかなかったんだろう。


「棚から引っ張り出してる間に、単に布団がズレただけかもしれないけど」

「まぁ」

「誰だよマジで」

「そ、それはですね」


 ……やっぱ無理! 知人の誰かですなんて言えないし信じたくもないよ! ていうか本当にそうだったなら絶対にワケありだと思うし、僕が無理して犯人突き止める必要なくない? 再犯するような人たちにも見えないし……という僕の意見もとい逃げ道は、視界に入ったソウシの綺麗に陰った笑顔で塞がされた。そんな解決したいの!? ギルドで募集されてる紛失物とか失踪者の捜索とかは我関せずなのに!?


「だって盗まれたの、俺らの血と汗の肉塊だぜ?」

「んな生々しくせんでも`結晶`でよくない?」

「しかも老衰したドートの肉は価値が高い」

「あぁ確かレイさんもそんなこと言って……ってつまりは自分の金目の物取られたから躍起になってるだけ!?」

「おー、生きとし生ける物の本能だろ?」

「言い返せないのが悔しい!」


 そんでもって話してるうちに盗っ人に対するムカつきが出てきたことがもっと悔しい! なんて頬を膨らませていると、ナージュさんが参考にどうぞって昨日来店した客の名前を紙に書き出して持ってきてくれた。そうだこの店は街そのものが常連客みたいな感じだし、まだ僕らが知らないメインキャ……じゃなくてイノとシシが気を許してる誰かが載ってるかもしれない!


 リストの礼を言いつつ「この短時間で凄いですね」と目を丸くすると、ナージュさんは「皆さん必ずお酒を飲まれるので、お酒の名前と紐付けて覚えてられるんですぅ」と自慢げに髪を靡かせる。わーお酒って凄いなーもっと言うとナージュさんの覚え方が凄いなー、あと分かっちゃいたけど客数クソ多いなー。


「……ナージュさん、この名前の端っこに付いてる赤丸は?」


 名簿リスト自体はうんざりするくらいの文字量だけど、赤丸が付いてるのはその中の一部だ。いや一部もなにも、


「私なりに、イノちゃんとシシちゃんが警戒しないと思った方に印をつけてみたんですぅ」

「マッフルさんマリッちさんイリグさんの三人じゃん!」


 元の木阿弥っていうか振り出しに戻るっていうかこの街におけるメインキャラ枠確定っていうか!? もう自分でも何叫んでんのか分からないよ!


「……でもあの足跡が間違いじゃないなら、この三人の誰かが盗ったんだよな?」

「五人だ」

「はぇ?」


 横から覗き込んできたソウシが、「容疑者は五人だ」と繰り返した。僕は今一度リストを見直したけど、何度視線を往復させてもナージュさんの赤丸はやっぱり三人の名前の横にしか付いてない。ソウシでも見間違えってあるんだとちょっと得意げに振り向いたら、「このニワトリ頭」って人差し指で鼻を潰された。鼻の形的にはニワトリじゃなくてブタじゃない? あと僕はリストを見てから三歩も歩いてないけど、いったい何を忘れたっていうんですかね?


「忘れたんじゃなくて勘違いだ。盗っ人はあくまでもイノとシシが気を許してる奴で、リストに載ってる奴じゃないぞ」

「……ふぇ?」

「だーからもう二人いるだろ、()()()()()()()

「っ……」


 僕らの目の前って、ウルとナージュさんしかいないんですけど? ソウシの声は当然二人にも丸聞こえで、おずおずと顧みた先では四つの眼が見開いていた。


「ぃ、いやいやいやこの二人はないって!」

「なんでだ?」

「なんでも何もここ二人の店だよ!?」


 持ち出す意味ないじゃんっ、と否定する一方で僕の頭にはその`持ち出す意味`の一例が浮かんでいた。もし、もしドートの肉がこの店のどこかに隠されてて……足跡は外部犯に見せかけるためのカモフラージュだったら? まさかなって半泣きでソウシを見やれば、「探偵っぽくなってきたな!」ってサムズアップされた。こんの人でなし。いやそもそもコイツの本体ステータスだったっけ!?


「そういえば、店の中は捜してませんでしたねぇ」

「ぇ、ナージュさん?」

「酒蔵下暗しとも言いますし、一度散らばって見て回りましょうかぁ?」

「…………」


 めっちゃホワホワと辺りに花飛ばしてるけどこの人、店内にブツがある=内部犯って分かってんのかな分かってないよね!? ナージュさん至上主義のウルも「さすが姐さん名案っす!」ってやる気満々に袖捲って、さっさと奥の酒蔵に行っちゃったし……訂正(ツッコミ)し忘れてたけど本当は`灯台下暗し`で酒蔵じゃないんだよ二人とも。


「いやアイツの場合、主の酒が盗まれてねーか心配してるだけじゃね?」

「ぁ、そっか……酒?」


 そうだ酒だっ、と僕は両拳を握った。ナージュさんの酒は王都に買い手がいるほどの上物、ドートの肉と比べると分かんないけど価値は十分なはず。つまり仮に店内からドートの肉が見つかっても、それは本命である酒の紛失を気づかせ難くさせるために外部犯が仕掛けた目眩ましだったってわけだ!


「姐さん、酒蔵異常なしっす!」


 ……酒が一本でも失くなってたら、の話だけど。「よかったぁ、ありがとうウルくん」と心底安堵したようにカウンターの陰から顔を覗かせたナージュさんは、お金とチップが保管されてる金庫を調べてたみたいだ。その手前で「ワー良カッタデスネー」と不謹慎にも残念な目をする僕を、


「-31点」


 ソウシの容赦ない採点が襲う。ぼ、僕そんなにズレた推理した?


「した」


 うそーん。


「なんで酒を盗むのが目的だったら外部犯になるんだ」

「……なんででしょう?」

「俺が目眩ましを企むならもっと分かりやすくて同じカウンターにある金庫を狙うし、店内ももっと荒らしとく。ていうかドートの肉と一緒に貰ったラバドラの地酒は手付かずじゃねーか」

「仰る通りで……」


 論破キッツと静かに涙を流す僕に構わず、「ほれ、俺らも行くぞ」とソウシに襟の後ろを掴まれ引きずられていく。ナージュさんとウルは一階を中心に捜索してるみたいだから、僕らは二階かなって思ったけど、実際に連れてこられたのは屋上っていうか屋根の上だった。


「……まさか忍者よろしく瓦の下に隠してあるなんて言わないよな?」

「展開的には面白ぇけど、まずこの街に瓦屋根の建物がねぇ」

「とほほ……」


 一刀両断という名の北風が寒いよとブルブルしながら横目で相棒を窺えば、組んだ足の上に頬杖をついて店の右下のほうを見ていた。裏口より足跡、それよりイノとシシの小屋って感じかな。


「アイツら、まだ寝てるな」

「ん、ぐっすりだな」


 頷きながら、僕も身を乗り出すようにして小屋を見下ろした。いつもならウルと一緒に起き出すし、そうじゃなくてもこれだけバタバタしてたら目が覚めそうなもんだけど、二頭の鼻提灯は今もしっかりと伸縮を繰り返してる。ウル曰くの秘密の特訓とやらでよっぽどクタクタなんだろうな、と僕は微笑ましくすら思ったけど……ソウシは違うみたいだった。


「灯台下暗し、ね」

「ソウシ?」


 どこか悟ったような目つきに、余裕と納得が滲む口角……もしかして解けた? ぇ、マジで解けたのもう分かったの!? 驚愕と期待で声量アップ&早口になる僕を、ソウシがおもむろに顧みてくる。正面から見ると、彼が放つ自信のオーラみたいなのがより一層強まった気がした。


「聞くか?」

「ぇ、いいの? 前は打ち合わせもリハもすっ飛ばして本番だったのに……」

「犯人が犯人だからな」

「……へ?」


 まさか、本気の本気でナージュさんたち五人の誰かなの? 背骨が氷の棒にでもすり替わったのか、固まった姿勢のまま体温だけがどんどん下がっていく僕に、ソウシはゆっくりと推理を語って聞かせた。


    ◇◇◇◇


「んー、やっぱねぇな肉ー」

「……ウル」

「あー? どしたシュウタロウ?」


 ソウシも一緒じゃん、風呂場はこの通りピッカピカの真っ白だぞとご機嫌に振り返ったウルだけど、僕らの……ていうか僕の動揺をそのまま貼り付けたみたいな顔を見ると、すかさず何かあったと察して表情を引き締めた。「マジでどうした」と尋ねてくる声は真剣で、それでいて温かい。台風到来による学級閉鎖で興奮する子供みたいだったさっきと比べたら、今の彼は台風直撃による被害を案ずる大人だ。


「シュウタロウ?」

「っ……」


 違う、やっぱり違うよ! 僕はウルへの罪悪感で強く瞼を伏せると、ソウシを顧みて思いっきり首を横に振った。今回ばかりはどれだけ馬鹿にされたって、[同化]されたって推理なんかしないぞ! 脳を揺らしすぎたせいか、後ろから聞こえてくるウルの「ホントどうした!?」という声がブレまくってる。


「……ハァ、やっぱこうなるか」


 なんだかんだ言って、僕が拒むことを予想してたんだろうな。「今回だけだぞ」と吐かれた溜息にもバイブみたいになってる僕の頭を押さえた手にも、怒りとか軽蔑は込められてなかった。ただ呆れはふんだんに含まれてて、ソウシにはそのままポイッと横に放り投げられたけど。ゔぅ、棚に鼻ぶつけた……マジでブタ鼻になったらどうしよ?


「話があるのは俺のほうだ、肉盗んだのお前だろウル」

「っんぅぉぉいソウシさん!?」


 ブタ鼻よりもブタ箱の危機だった! お前直球にも程があるだろ衝撃すぎていろいろ吹っ飛んだわ! 絶対にワケありだから、今回はアドベンチャー探偵という名のカウンセラーのつもりで接してくれと両手を合わせて頼んでもみたけど、


「俺のターンは俺ルールでいく」


 一瞥もされないまま弾かれましたわ。


「……ぇ、オレ?」

「おー、お前が犯人」

「……えっマジでオレなのか!?」


 やっぱ負の感情を向けられるのが怖くても、逃げないで僕が探偵やるべきだったかもしれない。バトンタッチ早々に後悔する僕に構わず、ソウシは俺ルール(推理)を執行してウルを困惑・驚愕・動揺渦巻く断罪の舞台に引っ張り上げてしまった……んだけど、どうも肝心のウルの様子がおかしい気がしてならない。前の冷凍ミカン殴打事件の時の犯人も容疑をかけられた時点でかなり狼狽えてたけど、ウルのこれとは違うっていうか。


「違う違うぞっ、マジでオレじゃないぞ!?」


 どっちかって言うと、本命推理の前の前座推理でへっぽこ探偵に犯人扱いされた時の容疑者の反応なんだよなぁ。でもソウシは自分の推理に余程の自信があるのか、ウルの全身否定そっちのけで探偵オーラを全開にしている。


「定番の返しだな、もうネタは上がってるってのに」


 いやお前のそのセリフもド定番だぞ?


「へ、ネタ?」

「一つ、こんだけ騒々しいのに一向に起きてこねぇ猪狼兄弟。二つ、一方通行分しかねぇ足跡。三つ、地酒放置で肉だけ盗んでったこと」


 順に立てた指をパッと開き、その手で髪を払う姿は世辞でも何でもなく様になってるけど……今の僕は不安でしかない。大丈夫か、そんなに格好つけて? ネタとやらを聞いたウルの反応はいよいよ濡れ衣着せられた容疑者のそれだぞ?


「まず兄弟が起きてこねぇ理由は、失くなったドートの肉が奴らの腹に収まってるからだ」


 それっぽく言ってるけど要は腹いっぱいで寝こけてるってことだからな!?


「なっ、オレが抜けがけしてつまみ食いさせたってか!?」

「つまみ食いじゃねぇ本食いだ」

「そんな単語あったっけ……って違う違うどっちもしてねぇよ!?」


 なんでそうなるんだよと身振り手振りで反論するウルに、ソウシは「終太郎に聞いたけど、お前ら今秘密の特訓とやらをしてるそうじゃん?」と畳み掛ける。ここで始めてウルが犯人っぽい図星の表情を見せた。


「鉤爪を新調するほど気合入れてんなら、当然日々の疲労もハンパないわな?」

「そりゃ、まぁ……」

「そこで量も食べごたえも抜群なドートの肉をくれてやったんだろ?」


 ウルが目をつけたのはあくまでもドートの肉がもたらす満腹感と栄養で、価値は二の次。だから同じ所に置いてあった高価な地酒は持ち出さなかった、というか酒に手をつけたら流石にナージュさんが黙ってないから。


 辻褄は合ってるし、事前に教えてもらった時は普通に納得したのに……今はなんか地に足がついてない感じが拭えない。ソウシは自分で話してて違和感ないのかな、と疑問に思いつつウルのほうを見やった僕は、


「凄ぇ、オレ犯人みたいじゃん!」


 台風万歳の子供に逆戻りした態度に、顔面からズッコケた。いやいや凄いのはアンタのメンタルのほうだよ犯人扱いされてキラッキラの目をした容疑者ってたぶん初だよ!?


(まぁ、精神的に追い詰められるよりかは全然健全だし……)


 もうここまでくれば完全にシロだろうし、安心っちゃ安心だけどさと床から顔を引き剥がしてソウシを見上げれば、哀れ自信満々だった金の目が胡麻粒みたいになってた。99999のステータスでもこの反応は予想できなかったんだな。


「で? あの足跡がオレに繋がんのは何で?」

「へ、ぁ、あぁっと」


 おー、あのソウシがキラキラ好奇心に圧された挙句に僕に無言の助けを求めてきたぞ。もちろん僕は、プイッとそっぽを向いた。だってお前のターンなんだろ?


『おい終太郎クン……』

『なんだよ? 僕には足跡の説明してくれたじゃん』


 それをまんま話せばいいだろとアッカンベーしたら、頭ん中に長点一択のモールス信号みたいな電子音が返ってきた。へー思念伝達スキルでも放送禁止用語にはフィルターが掛かるんだ便利だなー、まぁ僕にも『ピーーーーッ』しか聞こえてないんだけど。


「……足跡が一方通行分しかなかったのは」

「なかったのは?」

「っ……お前があの寝床に肉運んだ時についた足跡を誤魔化すためにつけたと思ったんだよ!」

「なぁるほどな全然違うけど♪」

「敢えて言うな流石にもう分かっとるわ!」


 とうとうソウシのなかの羞恥心が爆発し、気障ったらしかった指先が結った髪が乱れるのも構わずガシガシと頭を掻く。そんなソウシの態度に反比例するように「なかなかに面白ぇ推理だったぜ?」ってウルのほうは余裕諾々だったけど、


「ウルくーん?」

「ぁ、はい姐さ――」

「お客さんが見えてますよぉ?」

「ゲッ、客!?」


 店のほうからナージュさんの呼ぶ声が聞こえるなり、ソウシと同等かそれ以上に表情が崩れてしまった。そのまま「悪ぃ続きは後でな!」とダッシュで風呂場を出ていく……あの慌てぶり、お得意さんか何処ぞの偉いさんとの商談を忘れてたとかかな? その割にはナージュさんの声、落ち着いてた気がしたけど。


「ちょっと気になるな……僕らも行こうぜソウシ!」


 未だに羞恥の爆破が止まず唸っているソウシを引きずって、僕はウルのあとを追った。本当に偉いさんの来店だったら邪魔になるだろうから、廊下とカウンターの隙間に上手いこと隠れて様子を見ようと思ってたけど――その心配はなかった。


「シェリーさんにレルク!」


 ナージュさんが一度開けて閉め直した表戸をくぐってきたのは車椅子に座ったシェリーさんと、寄りかかるようにしてその車椅子を押してきたレルクだった。

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